そして偽少女は高らかに嗤う …5
「じゃあお前……」
既に詰んでいたのか、俺の盤上は。
「ううん。違うよ。確かに響輝君は今私にチェックメイトされた状態だけど、それだけだよ。まだ負け試合は終わっていない」
“偽”が鼻歌を歌いながらこちらを見続ける。
「……成程。やっぱり、取引ですらなかったか」
取引もへったくれもあったもんじゃない。俺の命が詰んでいる状態だっていうのなら、それをダシに俺を脅せばいいだけのことだ。
「いやいや響輝君。取引は取引。“これ”は保険だよ」
まさに生命保険だよ、と“偽”が言う。笑えねえ。
「最初は、それで響輝君を永遠に眠りから覚めないようにしようかなって思ってたんだけど、どうもしっくりこないから、これは保険にとどめておくことにしたんだ」
気まぐれで人の命を弄ぶなよ。迂闊に睡眠もとれやしない。
「……て、あれ? 響輝君。二回って言ったよね?」
そうだとも。俺の夢に“お前”が入り込んで“お前”という存在が夢の中に存在したのは、今までの俺の人生の中で、確かに二回だ。
「……ふうん、へえ。それで、答え合わせでもする?」
「するまでもないな」
“偽”が少し嬉しげに微笑を浮かべた。
「……よく分かってるんだ、響輝君。そうだよ。性悪説とか、性善説と同じ。“恐鬼”は確かに見えざるモノだけれど、確かにそこに存在する。人が感情を持って生まれたその瞬間から、その人の感情が暴走しないようにそれを喰らう。それが本当の“恐鬼”のあるべき姿」
何度も似たようなことを言われたからな。誘導尋問のつもりだったのか?
「……“私”は嘘はつかないよ」
質問の答えにはなっていないが、まあ言いたいことは伝わる。
この“街”にいる人間の数だけ“恐鬼”も存在する、とはつまりそういうことだ。
「……さて。十分休めたよね、響輝君」
まあな。胡散臭い話をされて頭はあんまり回復してないが。
「私の所為じゃないよー。響輝君が私の独り言を聞いたのが悪いんだよ」
濡れ衣はよせよ。
そう言うと、俺は椅子から腰を上げた。
「響輝さん」
「……なんだよ」
一階に降りると、鈴が鎌の刃を手入れしていた。
「あの“偽”のこと、信用するつもりですか?」
するわけないだろ。何だよいきなり。
「だって、普通に会話してるところを見てるとそうは思えないんですよ。てっきり心を許してるものなのかと……」
「それは無いな。ただ、あいつは俺の一部……要するに記憶の一欠片だからか。妙に敵対する必要性を見失ってしまうんだよな」
「それこそ相手の狙いでしょうに。響輝さんは冷たい時も角が取れている時もどっち道欠点があることに変わりはないんですね」
鈴がため息とともに失礼極まりないことを呟く。
「ただ響輝さん。これだけは忘れないでください。暴走した“恐鬼”というものは、あまりにも残酷で、卑怯でずる賢く、最もひねくれた手段で目的を喰らいます。騙されないでくださいよ」
何をそんな真摯な顔で言うか。そんなことくらい分かってる。
「そうだといいんですけれど……」
それでも鈴は心配そうな顔でこちらを見ていた。
分かっている。むしろ、分からないのはあの“偽”だ。何を考えているのか全く分からない。
「確かに、あの偽物が何の目的で動いているかはわかりません。ただ、一つ言えるのは、絶対に、いかなる理由があろうとも、“恐鬼”を信用してはならないということです」
それは絶対条件か? お前の習慣ではなく。
「絶対条件です」
そう言うと、鈴はレストランの外を確認した。