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Lost Days  作者: 陽炎煙羅
七章 Ubiquitous grotesque~そして市街は腐朽する~
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そして偽少女は高らかに嗤う …3

 しばらく“偽”の先導に従い、中央市街の中を進む。


 今のところ、この偽物は正確な道を教えてくれている。だが、取引まがいのことをしたからといってこいつを信用するわけにはいかない。

 今は本物の戌海みたくにこにこ笑っているが、いつまたあの“黒蜘蛛”と共に俺を仕留めにくるかもしれないのだ。

 考えられるのは、おそらく今の“街”での人間側において最強であろう、鈴と浅滅が俺のそばにいるから手出しが出来ないということくらいか。分断が目的だとしたら、よりいっそう周りに気を配らなければならない。

 だが、こいつはあの時短刀一本で鈴の大鎌と互角に渡り合っていた。それだけの力を持っているのに正面切って襲いかかってこないのは何故だ?

 いやもしかして、本当にこちらの側についたのか? ……ありえない。いくら異常性の高い“恐鬼”だからといって、人間側に寝返ることなんてあるはずがない。

 とするとスパイという可能性が高いな。いやでも……。


「そんなに考えても答えなんて出ないと思うけれど?」

「ッ!?」

 前を歩いていた“偽”が突然振り返り、笑いながら言う。

「……聞こえてたのか」

「ううん。分かるからだよ。“恐鬼”はターゲットが恐怖を感じていることが分かるように出来てる。要するに、相手が今何を感じているかが大体分かるんだよ。それで、今響輝君が感じているのは、疑問」

 成程な。いちいち厄介な相手だ。

「それに、大鎌。あなた、ずいぶんと人間らしい(・・・・・)感情を抱いてるね。そんなんじゃ、そのうち虚を突かれちゃうよ」

 ついでに、といった感じで、“偽”が鈴の方を向いた。

「……余計なお世話です。あと、私は今でもれっきとした人間です」

「まあ、仕方ないよね。“恐鬼”に勝つのに最も重要なのは、相手に恐怖を抱かないことだもの。それでも、恐怖だけを感じないようにするには精神力が持たない。だから、“狩り人”は自らの感情を殺して活動する」

 “偽”が再び前を向いた。



―――――――――――――――――――――――――。


 しかし、さすがに数時間もの間、“恐鬼”やあの“大蛇”を警戒しながら歩いていると精神力が持たなくなってくる。目の前の“偽”は相変わらず道順を示しているが、信用はできない。

 だから、俺や鈴、浅滅もそれぞれ周りを警戒していたのだが、さすがにそれを数時間も続ければ身体にまで影響が出てしまう。


「もう。そんなに信用ないかな」

 無いな。微塵も無い。ここまで来てお前に裏切られて、いやそもそも信用していないから裏切りですらないが、お前に嵌められて敗北するなんて結末はごめんだ。

「そう? まあ、私は構わないけど、あなた達に勝手に消耗されたらいざ戦闘になった時きつそうだし。ちょっと休憩しようか」

 そう言うと、“偽”は左手に見えるレストランを指さした。



 レストランの中は当然、無人だった。比較的建物や内装は無事だが、窓ガラスがいくつか割れてしまっている。

 割れたガラスが音を鳴らすのに注意しながら、レストランの二階に上がった。

 そこには一階と同じく、いくつかのテーブルと椅子がほぼそのままの状態で残っている。


 俺はその中でも、一番窓から遠い席に腰を下ろした。

「どうにかあの“大蛇”には見つからずに済んだが、こうも気を配っていると頭がもたないぞ」

『おい、響輝』

 ため息をついていると、ハーテッドが話しかけてきた。

「何だよ、急に」

『ツールを使っていたからか、バッテリーの消耗が激しい。非常電源のあるところに立ち寄ったら充電してはくれぬか。それまでは休眠状態になっておく』

 そんなことか。構わないぞ、それくらい。

『……任せた』

 そう言うと同時に、ハーテッドの電源ランプが光を失った。PCでいうところの休止状態である。


 頭を休めるために何も考えず、しばらくバラフライナイフを開いたり閉じたりしながら時間をつぶす。

 鈴はレストランの厨房で食べられる物を確保している。浅滅は一階で煙草でも吸っているのだろう。

「響輝君」

 急に後ろから声がかかり、とっさにバタフライナイフを後ろに向ける。

 だが、後ろに立っていた“偽”は俺の腕手首をいとも簡単に掴んでいた。

「……放せよ」

「嫌だ」

 “偽”は面白そうに言うと、左手で俺の左手首を掴んだまま、こちらに顔を寄せた。

「ねえ、響輝君。教室で言ったこと、覚えてる?」

 その顎が俺の肩に乗せられる。

 こいつは人間ではないのに、いかにも“ただの人間の女子”のような、ハーブのような香りが鼻腔をくすぐった。

「……何が言いたい」

 今ここでこいつに抗っても構わないが、なにせこいつは今はちゃんとナビゲート役をやっている。理由がない。

「一目惚れだよ、一目惚れ。もう、乙女の純情をないがしろにしないでよね」

 もっともらしく言うその言葉にイライラがつのる。

「ねえ、響輝君。今からでもいいよ。私はずっと待っててあげるからさ。全部私に――」

「五月蠅い!」

 掴まれていた腕を振り払う。思いのほか、抵抗は少なかった。


 “偽”がそのまま一歩下がり、にやっと嗤う。

「何でそんなに力が出たのか、って思ってるでしょ。それはね、響輝君の“私”に対する恐怖よりも、一時的にイライラから来る怒りの方が勝ったからだよ。自分の邪念に対してのストレスが内から来る恐怖より強かったわけ」

 どういうことだ? とっさの事で頭が働かない。


「“恐鬼”と戦う時に戦闘を有利にしたかったら、それを忘れないで。例え恐怖が押し寄せても、他の想いでそれを上書きしてしまえば幾分か楽に戦えるわ」

 ……何か引っかかるな。だいたい、それはお前にとって不利な情報だろうが。確かに理にはかなっているが、それが本当とは限らない。

「これは本当だよ。よく言うでしょ、化け物を斃すのはいつだって人間なんだから。響輝君は私の獲物だよ。他の“恐鬼”になんか渡さない。勿論、“支配者”にだって」

 そんな空恐ろしいことを言うと、“偽”は顔に艶やかな笑みを浮かべた。

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