また、少女は黒に出逢う …3
「なあ、お嬢ちゃん。君は自分がどういう存在か分かっているのかい?」
唐突に、空中を浮遊している“黒帽子”が話しかけてくる。
「私……は、“鍵”。私の中には、人では持ちようのないチカラを持った何かが入っている、でしょ?」
「おやおや、これはたまげたね」
そう言って、“黒帽子”は何もない空中にぽんっ、というコミカルな音と共に、白い手袋を二つ出した。
しかし、その先にあるであろう腕はない。
白い手袋だけが、そこにまるで腕も手もあるかのように、マントの動作に連動しているのだ。
「自分がいかに危険で重要な存在か分かっていながら、そんなに強気に出られるのかい? お嬢ちゃん。囚われの御姫様はずいぶんと賢いようだ」
白い手袋が『訳がわからないよ』、とでも言いたげなジェスチャーをとる。
「私は……確かに巻き込まれただけかもしれないけれど、私が死なない限り、この中の“鍵”は取り出せないんでしょう?」
「まあ、確かにそうだね。君は立派な当事者だ。騒動の中心に居ると言っても過言じゃあないだろうさ。ただ……」
そう言うと、“黒帽子”は仮面……顔をゴンドラの窓ぎりぎりまで寄せてくる。
「君を想い、君の為に戦ってくれている人のことはどうするつもりだい?」
私の為に……戦っている人?
浅滅燎次のことだろうか。
それとも。“恐鬼”と戦えるような人が居るとでも言うのだろうか……。
「ああ~。そうか。そうだったね。君は忘れているのだったか。うんうん、不憫な話だよ本当に」
意味深な事を云いながら、仮面が相槌を打つ。
「忘れている……? 何を?」
確か、浅滅もそんなことを言っていたような気がする。
「お嬢ちゃんがこの街で出遭った、最も大切で、それでいて最も邪魔で、理解しえない……そんな存在のことさ」
あいつも立派な当事者だね、と言いながら、仮面が一回転する。
「誰……?」
誰のことだろう。家族のことだろうか。
それともクラスメートの内の誰かか。
「ああ、哀れだよ、君たちは。繋がっているのに、繋がっていない。矛盾に溢れた関係性だ」
そう言いながら仮面がまた一回転した。
「誰のことなの? 私が忘れているって……」
「いやいや~。それを思い出されるとオイラも面倒だからね」
“黒帽子”がゆっくりと離れて行く。
「待って! 分からないよ! 教えてよ……」
「それは無理な相談さ、お嬢ちゃん。オイラにも立場ってものがあるからね。それに、そろそろ奴が来るころ合いだ。オイラはしばらく潜むとするよ。じゃあお嬢ちゃん、また、盤上で遭おう」
そう言う声と共に、“黒帽子”の仮面、マント、手袋が順にシルクハットの中にすぽっと入って行き、残った黒いシルクハットは現れた時と同じように風に流れるかのように夜の闇に消えて行った。
「……忘れているって、言われても……」
忘れているのなら、私が自分で思い出すことは不可能ではないのか。
「ふふ、ずいぶんと困惑しているようだな、“鍵”よ」
「ッ!?」
振り向くと、窓の外に、黒いローブと、それを着ている、一人の男。
「……“支配者”……!」
「そのまま困惑し続けるといい。お前の恐怖は、お前の力だ。それが膨れれば膨れるほど、後で喰らう時の楽しみが増えるというものだ」
黒ローブが夜風になびき、男のがっしりした体つきが見て取れた。
“支配者”。この街を囲い、人々に恐怖を与えた張本人。
背筋に寒気が走る。ただ会話しているだけだというのに、この威圧と恐怖。
幾度もの絶望と恐怖を与え、見続けてきたことを、格の違いを一瞬で分からせる。
「あなたは、どうしてこんなことを……」
「理由を訊こうと云うのか? ただの人間の分際で」
五月蠅い。あなたに何かを言われる筋合いは無いわ。
「ふん、まあよい。私がこの力を持ってして、囲う理由か。そんなことは決まっている。法則だからだ」
「法則……?」
「そうだ。動物でいえば本能に近いか」
何が何だかさっぱり。
「分からなくても仕方あるまい。今の貴様はただの人質だ。私は絶対的勝利の布陣において、相手を弄び、圧倒する」
相手……。
忌まわしき逸れ者と狩人を圧倒し、破壊する。と支配者は言う。