例えば少年の場合 …7
いったい“支配者”は何を考えている?
確かに、俺が目を覚ました浜辺で“狗”を斃した時に、祗園鈴は言った。
『“狗”によって自分と俺の存在が支配者知られてしまった』と。
だが、何故いきなりこんなところに現れた?
“鍵”を逃がした俺を真っ先に殺しに来たのか、はたまた幾度か交戦しているらしい鈴にとどめを刺しに来たのか。
「さあ……、どちらもではないですか?」
鈴が教室を出ながら言う。
「“支配者”は試合好きです。自身は戦闘狂ではなく、むしろ傍観し、達観し、卑下し、見下すだけ。盤上の駒を転がしていいように操って戦うモノです」
傍観者……いや、ゲームマスターか。
「気取りだと言っています。自身の隔離した空間でもだえる獲物にちょっかいを出すこともままあります。要するに、解らないのです」
またか。また分からない、仕方のないと逃げるのか。
……なんだ? 俺は何を正義感の強い奴みたいなことを考えているんだ?
おかしいぞ。こんなキャラ、俺ではない。
「先ほどあなたに言ったように、“逸れ者”は“鍵”の影響を色濃く受けます。今回の“鍵”戌海琴音の持つ“鍵”の持つチカラは、琴瑟調和。簡単に言うと、皆を仲良くさせる能力です。戦闘には全く使えないチカラですが、なにせ元のチカラが大きすぎる」
チカラ……。
「“鍵”にはそれぞれチカラが宿っています。魔法とか呪文とか、そういうものではなく、単に体質の延長線上にあるような能力です。あなたはかなり歪んだ性格をしているようですが」
バレてるし。
「“鍵”の影響を受け、あなたの人格はかなり負担を負っています。少々角が取れてしまっているのでしょう」
それも世界の法則ってやつで受け入れろ、と?
「強制しているわけではないです。ただ、あなた自身、もう運命の歯車に組み込まれてしまっている以上、逃げることは出来ませんがね」
そう言うと、鈴は自虐的に笑った。
―――――――――――――――――――。
高校の昇降口周辺には、幸い、恐鬼どもはたむろしていなかった。
「居場所が把握されかけている以上、私たちには隠れるという選択肢はありません」
私達って。俺を巻き込むなよ。
「巻き込みまふっ……」
「………」
「………」
おう、どうでもいい場面で舌噛みやがったぞこいつ。
「…………」
鈴が顔を伏せている。
「おい、大丈夫か? さては、舌を噛み切ったな。馬鹿め」
「ッ!」
冗談の通じない鈴がきっと顔を上げた。目じりに光るものがある。そんなに痛かったのか。
「わ、わたしはっ」
話すのも億劫そうだな。大丈夫か? 俺もたまに舌噛むからな。痛いぞあれ。
「あ、あなたなんかに、ばかにされるよふっ……!」
染みるんだよなこれが。口内炎になったりするし。
「い、痛いでふ……」
「最初から素直に言えよ全く。大丈夫か?」
そう言いながら、俺は仕方なさげに鈴の頬を撫でてやる。
……ん?
撫でてやる?
「あ……」
何をやってるんだい? 巽野響輝。持ち前のブリザードライはどうしたよ?
「や、やめてください、強すぎま……あうっ」
鈴が銀色の髪を振り乱しながら顔を振って逃れる。
「……あれ……」
「『あれ……』じゃないでふよ……」
『大丈夫か?』って。何だよそれ俺のキャラじゃねえし。
「な、なんで急に優しくなるんです……痛っ」
まずった。俺は今確信した。
俺は今、やはり、確実に、性格が丸くなりつつある……!
『大丈夫か?』
「言うなあああ!」
「も、もう……何でそんな、撫で、ななな撫でたりなんか……」
不味いぞ。なんか勘違いしてるのが一人いる。
「おい鈴……」
「な、なんですか」
…………。
「どうでもいい場面で舌、噛むなよ」
「~~~~!」
じゃきん。
なんだまたミスったのか? ついには大鎌まで出てきたぞ。
やはり俺は性格が調整しきれていない状態にあるようだ。
というかさっきは誤解を解く場面じゃなかったのか俺よ。
なんで煽るようなことを言った。
性格変化という名の人格崩壊か。情緒不安定か。
「巽野さん、いや、響輝さん」
「……何でしょうか?」
「今から、龍ヶ峰総合病院に向かいます。走ります。よろしいですか?」
「はいなんなりと」
「では、私より遅く着いたら、首を刈ります。よろしいですか?」
「はいなんなり……え」
鈴が身を素早く翻し、道路を駆けていく。
え?
俺死ぬじゃん。終わりじゃん。じゃんじゃん。
『響輝』
「何だ? ポンコツハーテッド」
『お前が、悪い』
「……」
はあ……。
……よし、走るか。
……全く。
何の冗談なんだ……。