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外れスキル《導き》を授かった俺、辺境の村を最強にする 〜みんなの可能性が見える力で、今度こそ誰かの役に立てる〜  作者: 冬月 しるべ
第八章 継ぎ目の外

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第54話 見せない見張り


 黒い石は、朝の光の中でも冷たかった。


 集会所の卓の上。

 昨夜、北東の石柱の根元に置かれていたそれは、布の切れ端の横に並べられていた。


 丸い。

 黒っぽい。

 川で擦れたみたいに滑らかで、村の土や山の石とは少し質が違う。


 ノアは指先でそっと触れた。


 冷たい。

 けれど、ただの石を触った時の冷たさじゃない。

 掌の奥へ、細い針みたいな感覚だけが残る。


 火床の向こうで、ハンスがそれを見ていた。


「投げ返したくなる顔してるな」

「少し」


 父が腕を組む。


「返したらどうなる」

「向こうが欲しいのは石じゃねえ」

 ハンスが即答した。

「こっちの動きだ」


 ベルンが眉をしかめる。


「じゃあ黙って持っとくのか。気味悪ぃぞ」


 その通りだった。


 石ひとつ置かれただけなのに、向こうがこちらを見ている距離が急に近くなった気がする。


 ノアは石を見たまま言った。


「返さない」

「追わねえのか」

「追わない。今は動かない」


 集会所の中が静かになる。


 村長が低く問う。


「理由は」

「焦った顔を見せたくない」

 ノアは答えた。

「動いた分だけ、向こうに渡る」


 ディルが短く息を吐く。


「もう気づいたこと自体は向こうも知ってるだろ」

「うん」

「じゃあ何が違う」

「どこまで読んだかは、まだ渡してない」


 ハンスが小さく頷いた。


「それでいい」


     ◇


 昼前、ノアは石を持って井戸のそばへ行った。


 母とロッタが水樽の数を見ている。

 ミリアは今日は近寄るなと言われたらしく、少し離れたところでエンツと薪を数えていた。


 ノアは井戸の縁に石をそっと置いた。


 その瞬間、胸の奥がひやりとした。


 視界の端で、水面がほんのわずかに揺れる。

 風じゃない。

 桶も落ちていない。


 静かな水の奥で、何かが一度だけ細く返った気がした。


 ノアは息を止める。


「ノア?」

 母が怪訝そうに見る。

「どうしたの」

「……井戸のそばには置かない方がいい」

「その石?」

「うん」


 ロッタが石と井戸を見比べた。


「何かわかった?」

 ノアはすぐには答えなかった。


 全部は言わない。

 それはもう決めている。


「近づけすぎない方がいい」


 それだけ言って、石を布で包み直した。


 母はそれ以上聞かなかった。

 ただ、包んだ布の上から石の形を見て、静かに頷いた。


     ◇


 午後、北の納屋裏で、ハンスは新しい見方を決めた。


「立つな」

 最初にそう言った。


 ベルンが眉をしかめる。


「見張り置くんじゃなかったのか」

「置く」

 ハンスは淡々と答える。

「でも、立って睨む見張りは置かねえ。向こうが見るからだ」


 父が低く言う。


「じゃあどうする」

「混ぜる」


 薪を運ぶ者。

 柵木を見に行く者。

 薬草を摘むふりで森の手前まで出る者。

 外れへ寄りすぎる子どもを見に行く者。


 どれも、今の村なら不自然じゃない動きだった。


「行く理由を持ったやつを、ずらして出す」

 ハンスが言う。

「見るのは石柱じゃねえ。その手前と、その先へ向かう気配だ」

「気づかれたら」

 ロッタが訊く。

「気づかせるな」

「雑」

 ディルが呟く。

「雑でいい」

 ハンスは肩をすくめた。

「雑に見える方が拾いにくい」


 ノアはそのやり取りを聞きながら、四十六話の夜を思い出していた。


 読まされた線。

 見せられた本命。

 傷だけを持っていかれた死体。


 向こうは、わざと見せる。

 ならこちらは、わざと混ぜる。


     ◇


 夕方、最初に北東の外れへ出たのはディルだった。


 手には縄。

 壊れかけた柵を見に行く顔をしている。

 そのあと少し間を空けて、ベルンが薪束を担いで別の道から出た。


 誰も走らない。

 誰も振り返らない。


 村の中はいつも通りに見える。


 井戸では母が札を上げ、ロッタが石槽側へ動く。

 集会所ではエンツが火床を見て、ミリアが空の椀を運ぶ。

 リサ婆は洗った布を干していた。


 暮らしが回る。

 その中へ、見張りを混ぜる。


 ノアは井戸のそばに立ち、その全部を見ていた。


【リトの村】

状態:表面平常

可能性:監視混入中


 その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。


     ◇


 日が落ちる少し前、ベルンが戻ってきた。


 薪束を肩から下ろし、何でもない顔で井戸の水を飲む。

 それから、ノアのそばを通りすがりに低く言った。


「今日のとこは動きなし」


 少し遅れてディルも戻る。

 縄を手にしたまま、集会所の壁へ背を預けた。


「こっちも同じだ」

「何かあった?」

「何もない」

 ディルは答えた。

「何もないのに、何もない感じがしない」


 それで十分だった。


 向こうも出てこない。

 そのかわり、気配だけが消えない。


     ◇


 夜、黒い石は集会所の火床から少し離れた棚の上へ置かれた。


 布に包んだまま。

 誰も触らない。

 けれど、捨てもしない。


 ノアは火の番をしているエンツの横で、その石を見た。


「気になる?」

「うん」

「怖い?」

「少し」

「俺も」

 少年は火床を見たまま言った。

「でも、見ないふりする方が怖い」


 ノアは少しだけ笑った。


「そうだな」

「じゃあ、見てるだけ?」

「今は」

「そっか」


 エンツは薪を一本だけ寄せた。

 火が静かに形を整える。


 棚の上の石は、何も言わない。

 けれど、そこにあるだけで充分だった。


 ノアは棚の上の石から目を離し、井戸のある方角を見た。


 暗くて何も見えない。

 けれど、森の向こうにもきっと同じように、こちらを見ている何かがある。


 なら急がない。


 もう、見えたものにすぐ飛びつくことはしない。


 その夜、井戸の水面は一度も鳴らなかった。


 ただ、棚の上の黒い石だけが、火の届かない冷たさを残していた。

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