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外れスキル《導き》を授かった俺、辺境の村を最強にする 〜みんなの可能性が見える力で、今度こそ誰かの役に立てる〜  作者: 冬月 しるべ
第5章 村を組み直す夜

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第41話 井戸へ寄せる火


 夜が落ちるころには、村の中の流れは昨日までと別物になっていた。


 北に火消し用の樽。

 東と南に土を入れた桶。

 集会所の裏には、昼のうちに水を溜めた石槽。

 井戸のそばには、いつも通りの風景を装う母とミナ婆。


 変わっている。

 だが、変わっていることを見せすぎない。


 ノアは集会所の前に立ち、夜の村をひとつずつ見渡した。


 北の柵。

 東の補強。

 南の裏道。

 中央の集会所。

 そして、井戸。


【リトの村】

状態:夜間配置ずみ

可能性:役目の維持で初動安定


 まだ完成じゃない。

 けれど、昨日の夜よりずっと戦える。


 その確信だけが、胸の奥で静かに熱を持っていた。


「来ると思うか」

 父が隣で低く問う。


「来る」

 ノアは即答した。

「昨日は見に来た。今日は試しに来る」


 父は短く頷く。

 もう、言い返さない。

 ノアの見方が当たると知っているからだ。


     ◇


 最初の異変は、音じゃなかった。


 匂いだ。


 焦げる前の、乾いた草が熱を持つ匂い。

 風の流れの中に、ほんの少しだけ混じっている。


 ノアは顔を上げた。


 北の空は暗い。

 東も、南も、まだ灯りは見えない。


 だが、視界の端に赤い線が走った。


【北外れの藁束】

状態:火種あり

危険:高

可能性:時間差の着火


「北だ!」

 ノアが叫ぶ。


 ほぼ同時に、北の畑の向こうで火が上がった。


 ぼっ、と短い火柱。

 次の瞬間、その横の藁束へ燃え移る。


「火だ!」

 北柵の前でベルンが怒鳴る。

「布持ち前! 水はまだ使うな!」


 村の男たちが走る。

 布を持つ者、土を運ぶ者、火を踏み散らす者。

 昨日決めた役目どおりに、迷いなく分かれる。


 いい。


 その動きが見えた瞬間、今度は東で火が上がった。


 さらに、半拍遅れて南でも。


 三つ。


 ノアの背中に冷たいものが走る。


「散らしてきた……!」


【北外れ】

状態:火

可能性:正面圧


【東柵脇】

状態:火

可能性:補強崩し


【南の物置】

状態:火

可能性:人流分散狙い


 井戸へ寄せる火だ。


 人を慌てさせる。

 水を欲しがらせる。

 井戸へ足を集める。


 昨日、斥候が言っていた通りだった。


「ノア!」

 村長の声が飛ぶ。


「井戸は動かさない!」

 ノアは叫び返す。

「北はベルンさんのまま! 東はディルさん! 南は近い家から布を回して!」


 その瞬間、母の声が村の中央に響いた。


「水はこっち! 井戸へ来ないで! 石槽から回すよ!」


 集会所裏の石槽の前に、すでに桶が並んでいる。

 母が順番を決め、若い村人たちがそこから水を汲んで北と東へ走っていた。


 井戸じゃない。

 裏の貯め水から回している。


 ノアは息を呑んだ。


【石槽】

状態:使用開始

可能性:井戸の代わりに流れを受け持てる


【母】

状態:集中

適性:水番

可能性:人の流れを散らせる


 通ってる。


 井戸に人が寄っていない。


     ◇


 北の火は、ベルンがすぐに押さえた。


 大きく燃え上がる前に布で潰し、土を被せ、火の走る向きを切る。

 正面を見ていた男たちも、勝手に井戸へ走らない。


「北は持つ!」

 ベルンが叫ぶ。

「次見ろ!」


 東ではディルが補強板をどけ、わざと火の回り道を作っていた。

 風の向きを読んで、燃え移る前に切る。


「ここに来る! 土!」

 声は大きくない。

 だが、必要な場所にだけ届く。

 若い村人が即座に動く。


 南の物置前では、カイルが二人の子どもを先に家へ押し戻し、自分は火の手の脇へ回った。


「そっち行くな!」

 怒鳴る。

「表からじゃ届かない、裏から潰せ!」


 誰もが昨日より速い。


 何をするか決まっているからだ。


 ノアは中央を走りながら、その全部を見た。


【村人たち】

状態:動揺あり

可能性:役目維持で崩れない


【井戸周辺】

状態:平常維持

可能性:敵の狙いを外せる


 いける。


 火は散っている。

 だが、村は散っていない。


 そのときだった。


 井戸のすぐ裏、薄い影の中に、細い赤線が二本走った。


【井戸裏】

状態:人影

危険:高

可能性:混乱に乗じた接近


「来た!」


 ノアは反射的に走る。


     ◇


 井戸裏の影から出たのは二人。


 昨夜の潜り役と同じく、軽装だ。

 火の混乱で井戸が空くのを待っていたのだろう。


 だが、今夜は違う。


 井戸の前には誰も群がっていない。

 だからこそ、その二人の動きだけが浮いた。


「母さん、下がって!」

 ノアが叫ぶ。


 母は井戸の縁から離れる。

 だが慌てない。

 桶をひとつ蹴り倒し、わざと石畳の上へ水を広げた。


 井戸裏から飛び出した一人が、その濡れた石に足を取られる。


「っ!」


 そこへ横からカイルが飛んだ。


「遅い!」


 短剣の柄が男の手首を打つ。

 刃が落ちる。

 もう一人が井戸へ向かって踏み込む。

 だがその前へ、ミナ婆が長い柄杓を差し出した。


 武器じゃない。

 ただの柄杓だ。


 けれど、その先が男の膝裏へ綺麗に入る。


「うおっ!?」


 男の身体が泳ぐ。

 ノアはその瞬間に肩からぶつかった。

 井戸の縁へ届く前に、身体を横へ弾き飛ばす。


 石畳へ倒れた男が、腰の笛へ手を伸ばす。


【井戸裏の敵】

状態:伝達意図あり

危険:高


 ハンスの矢が飛んだ。


 笛のすぐ横へ突き刺さる。

 男の手が止まる。


「次は外さない」

 高台からの冷えた声だった。


 もう一人はカイルが押さえつけていた。

 短剣の切っ先が喉元へ当たる。


「動くな」

 低い声。

 だが、昨夜よりずっと迷いがない。


 ノアは息を切らしながら井戸を見る。


 井戸のそばは荒れていない。

 縁も、水面も、まだ守れている。


【井戸周辺】

状態:接触未遂

可能性:平常維持成功


 防いだ。


 ちゃんと、防げた。


     ◇


 火はそれから程なく収まった。


 三か所とも、燃え広がる前に押さえ込めた。

 北の藁束は半分焼けたが、畑にも柵にも広がらない。

 東の補強も無事。

 南の物置も、板が一枚焦げた程度で済んだ。


 村の中に、荒い息だけが残る。


 誰もが疲れている。

 けれど、昨日みたいな“何とか助かった”という空気じゃなかった。


 違う。


 防ぐべき形で、防げたのだ。


 村長がゆっくりと井戸の前へ歩いてくる。


「……守れたな」

「はい」

 ノアは答えた。

「井戸に寄せられなかった」


 母が濡れた石畳を見下ろし、静かに息を吐く。


「火を散らされても、井戸へ来なくて済んだ」

「石槽が効いたね」

 ミナ婆が言う。

「樽も、ちゃんと働いた」


 ベルンが北から戻ってくる。

 袖は煤だらけだ。

 だが口元には、少しだけ笑みがあった。


「悪くない」

「北は?」

 父が問う。

「大丈夫だ。向こうも踏み込んではこなかった。火の様子とこっちの動きだけ見てた」

「やっぱり試しだな」

 ハンスが言う。


 ノアは井戸裏で押さえた二人を見た。


 こいつらは火をつけた側じゃない。

 火で散らしたあと、井戸へ入る側だ。


 役割を分けている。


【敵の動き】

状態:火/潜入の分担あり

可能性:井戸への誘導手順が固定化


 固定化。


 つまり、次も似た形で来る可能性が高い。


 そのとき、縛られた男の一人が、ふいに低く笑った。


「変えたな」

 ノアが眉をひそめる。


「何をだ」

「村の流れを」

 男は井戸を見たまま言う。

「昨日の村なら、火をつけた時点で終わってた」


 父の顔が険しくなる。

 だが、男の言葉は続いた。


「けど、まだ足りない」

「……何」

「井戸を守っただけだ」

 そこで初めて、男がノアを見た。

「次は、人を寄せるんじゃない。人を抜く」


 ノアの背筋が冷たくなる。


 人を抜く。


 火や水じゃない。

 人そのものを狙うのか。


【敵次動】

可能性:役目持ちの切り離し

危険:極高


 村長も、それを聞いて目を細めた。


「井戸番、水番、見張り……そういう役を持ち始めたからこそ、そこを抜けば崩れるってことか」

「そういうことだ」

 ハンスが低く言う。

「次は村の流れじゃなく、流れを作る側が狙われる」


 ノアはゆっくり拳を握った。


 守り方が形になった。

 だから敵も、そこを見て次を変えてくる。


 なら、こっちも変え続けるしかない。


     ◇


 夜の終わり、井戸の水面は静かだった。


 けれど、その静けさはもう“何も起きていない村”のものじゃない。


 役目ができた。

 流れが変わった。

 敵もそれを見た。


 ノアは井戸の縁へ手を置き、冷たい石の感触を確かめる。


 地下のこと。

 村のこと。

 散っている系譜。

 守るために必要な役目。


 全部が、まだ途中だ。


 それでも今夜、ひとつだけ確かなことがある。


 この村は、変えれば応える。


 人も。

 物も。

 流れも。


【リトの村】

状態:火への初動対応成功

可能性:役目の重ね掛けで防備上昇


 役目の重ね掛け。


 その文字を見て、ノアは小さく息を吐いた。


 井戸を守る人がいる。

 水を回す人がいる。

 火を消す人がいる。

 前で止める人がいる。

 その全部が噛み合えば、村はもっと強くなる。


 父が隣へ来る。


「どうする」

 ノアは北の暗がりを見たまま答えた。


「次は、人を守る形も足す」

 父は短く頷いた。

「わかった」


 東の空が、ほんの少しだけ白み始めていた。


 火を寄せても、井戸には寄らなかった。

 なら次は、人を狙ってくる。


 それでも、もう昨日までの村じゃない。


 ノアは井戸から手を離した。


 ――守る形は、もうひとつ先へ進もうとしていた。

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