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外れスキル《導き》を授かった俺、辺境の村を最強にする 〜みんなの可能性が見える力で、今度こそ誰かの役に立てる〜  作者: 冬月 しるべ
第5章 村を組み直す夜

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第40話 見せる村、隠す井戸


 夜が明けても、村の緊張は解けなかった。


 北外れの見張りはそのまま残され、井戸のそばには母とミナ婆が立っている。

 集会所の灯りだけが消え、代わりに村のあちこちで小さな火が起き始めていた。


 朝の支度だ。


 けれど、いつもの朝とは違う。


 誰もが、井戸を見ている。


 水を汲むためじゃない。

 次に狙われる場所として、見てしまっている。


 ノアは井戸端に立ち、石の縁へ手を置いた。


 冷たい。


 昨夜、ここは村の側から地下へ返した。

 その事実は消えない。

 だからこそ、このまま“特別な場所”にしてしまうのは危険だった。


【リトの井戸】

状態:応答ずみ

弱点:人の流れが集まりやすい

可能性:依存の分散で露見低下


 依存の分散。


 それだ。


「ノア」

 父が後ろから来る。

「少しは休め」

「まだ無理」

 ノアは首を振った。

「次に来たら、向こうは井戸に人を集めにくる。だったら、その前に村の流れを変えないと」


 ミナ婆が井戸の縁を撫でながら言う。


「守るだけじゃ足りない、かい」

「うん」

 ノアは頷いた。

「井戸を守るんじゃない。井戸に集まらない村にする」


 母が顔を上げた。


「どうやるの」

「まず、水を分ける」


     ◇


 集会所の机に、ノアはもう一度村の見取りを広げた。


 井戸を中心に集まる朝の動き。

 水桶を持つ者の足。

 火を使う家。

 家畜小屋へ運ぶ水。

 子どもが走る道。


 いつもは“生活”として流れているものが、今は全部“狙われる動線”に見えていた。


【村の朝】

状態:井戸中心

弱点:人流集中

可能性:水の置き場分散で流れ変更可


「水樽を出す」

 ノアが言う。

「家の前に一つずつじゃなくて、北、東、南に分けて置く。朝のうちに井戸から先に移しておけば、昼と夜は井戸に寄る人を減らせる」

「そんな数、あったか?」

 ベルンが眉をひそめる。


「空樽なら倉にあります」

 ディルがすぐ答えた。

「酒樽の古いやつも使える。漏れるのは布を噛ませればいい」

「じゃあディルさんは樽の確認」

「任せろ」


「北はベルンさん」

 ノアは見取りの端を指す。

「敵はまた正面を試す。けど、今度は火で散らすかもしれない。だから北の火消し役を最初から置きたい」

「布と土を持たせる」

 ベルンが即答する。

「水は運ばせない」

「うん、それでいい」


 村長が腕を組む。


「井戸番はどうする」

 母が答えた。

「私は立つ。でも昨夜みたいに、前に出る役じゃない」

 ノアは母を見る。

 母はまっすぐ見返した。

「水の流れを決める役に回る。誰に、どれだけ、どこへ出すか。それなら井戸のそばにずっと立たなくてもいい」

「……危なくないか」

 父が低く言う。


「危ないよ」

 母はあっさり言った。

「でも、昨日触ったのが私だって向こうに知られたなら、隠れるだけじゃ足りない。役を変えるしかない」


 ミナ婆が頷く。


「井戸のそばに立ち続ける女は、目印になる」

 しわの深い指で机を叩く。

「だったら水番にするんだよ。井戸に立つんじゃなく、村に水を回す側にね」


【母】

状態:冷静

適性:水番

可能性:村内の水流整理に向く


 ノアは息を吐いた。


 見えている。

 でも、それを言葉にしなくても、もう村の側が役目を選び始めていた。


     ◇


 樽を運ぶ音が、朝の村に広がった。


 ディルが倉から引っぱり出した古い樽に、布を詰め、縄で縛り直す。

 若い村人たちが二人一組で抱え、北と東と南へ走る。


 母は井戸端から離れ、集会所の横へ座った。

 そこへ水樽の置き場を決め、桶の数を数え、水を回す順番を書き出していく。


 ミナ婆は井戸のそばへ残った。

 だが目立たない。

 洗い物をする婆さんにしか見えないように、布を広げ、桶を置き、普段の朝みたいな風景を作っている。


 村長は中央で人を振り分ける。


 ノアは走りながら、その全部を見る。


【北の水樽】

状態:仮置き

可能性:火消し・応急用に有効


【南の水樽】

状態:仮置き

可能性:避難時の集中防止


【井戸周辺】

状態:平常偽装中

可能性:注目分散


 平常偽装。


 その言葉に、ノアは少しだけ目を細めた。


 守るために隠す。

 隠すために、いつも通りに見せる。


 それももう、村を組み直す一部だった。


     ◇


 昼前、別室に移していた斥候の一人が、ふいに口を開いた。


「無駄だ」


 縄に縛られたまま、乾いた声で言う。


 集会所にいた父とハンスとノアが振り向いた。


「何がだ」

 父が問う。


「井戸を隠したつもりでも、火を回せば人は水へ来る」

 斥候は笑わなかった。

 ただ知っていることを言う顔だった。

「村ってのは、そういうもんだ」


 ノアはしばらく黙っていた。


 その通りだ。

 火をつけられれば、水が要る。

 怪我人が出れば、水が要る。

 家畜が暴れれば、水が要る。


 だから敵は井戸へ流れを集める。


「だったら、井戸の水じゃなくてもいいようにする」

 ノアが言うと、斥候の目が初めてわずかに動いた。


「何?」

「水が欲しい時、最初に井戸へ行く村なら、お前らの思い通りになる」

 ノアは机の上の見取り図へ目を落とす。

「でも、井戸に行かなくても回るなら、流れは変えられる」


 その瞬間、視界の端で細い線が走った。


 集会所の裏。

 古い倉小屋。

 その床下。


【倉小屋の床下】

状態:埋もれた石槽

可能性:水の隠し置き

条件:板を外す


 ノアは顔を上げた。


「……まだあったのか」


     ◇


 倉小屋の床板は、思ったより簡単に外れた。


 ディルが工具を持ってきて、古い釘を浮かせる。

 板をどけると、その下には浅い石組みの槽が埋まっていた。


 今は空だ。

 だが形は残っている。

 井戸水を一時的に溜めておくには十分な大きさだった。


「昔の貯め水だね」

 ミナ婆がのぞき込む。

「干ばつの年に使ってたやつだよ。もう潰れたもんだと思ってた」

「潰れてない」

 ノアは石槽の縁へ触れた。

 ひびはある。

 けれど、まだ使える。


【石槽】

状態:古い

可能性:二十人分の水を保持可能

条件:布詰め/半日以内の使用


 二十人分。


 大きい。


「これを使う」

 ノアは言った。

「井戸から直接集めない。昼のうちにここへ移す。火が出たら、まずここから回す」

「井戸を表、水を裏へ分けるってことか」

 ハンスが言う。

「そうです」

「悪くない」

 父も頷いた。


 母が静かに石槽を見つめる。

「だったら井戸番だけじゃなく、水番も分けられるね」

「うん」

 ノアは答えた。

「井戸を見る人と、水を配る人を分ける。ひとつの場所に全部を集めない」


 村長がゆっくり息を吐く。


「……本当に、村の形が変わるな」

「変えないと守れない」

 ノアは言った。


     ◇


 夕方、村の中の流れは昨日までと別物になっていた。


 井戸は井戸のままそこにある。

 けれど、人は集中しない。

 水は樽と石槽へ分けられ、火消しの布も、土を入れた桶も、北と東へ置かれた。


 見張りも、走り役も、井戸番も、水番も、それぞれ持ち場を持つ。


 村はまだ弱い。

 だが、弱いまま同じ形でいることはやめた。


【リトの村】

状態:流れ変更中

可能性:井戸依存の分散

備考:敵の誘導に対する抵抗上昇


 ノアは北の空を見た。


 まだ灯りは見えない。


 だが、来る。


 今夜か、明日か、それともその次か。

 敵はきっと、もっと荒く、もっと露骨に、この村の流れを掴みにくる。


 その前に、こちらは形を変える。


 ひとつずつ。

 村の中の役目を、流れを、水の置き場を、守り方を。


 父が隣へ来た。


「どう見る」

「まだ足りない」

 ノアは答える。

「でも、昨日よりはずっと戦える」

「そうだな」

 父は北の空を見たまま頷いた。


 ノアは拳を握る。


 地下で見たことは、もうただの秘密じゃない。

 地上で形にして初めて意味を持つ。


 だったら次は、もっと噛み合わせる。

 もっと守れる形にする。


 村の中で、散っていた力を。


 ――水の流れが変わった夜、村はもう一段、戦う形へ近づいた。

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