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外れスキル《導き》を授かった俺、辺境の村を最強にする 〜みんなの可能性が見える力で、今度こそ誰かの役に立てる〜  作者: 冬月 しるべ
第3章 村に勝ち筋を作ろう

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第16話 北方貯水殿への道


 井戸の水位がわずかに持ち直したとはいえ、村の空気が軽くなることはなかった。


 止まっただけだ。


 完全に戻ったわけではない。

 東の副水門も仮閉鎖に過ぎず、敵がもう一度触れれば、また流れを変えられる可能性がある。


 しかも、地図片が示していたのは、その先だった。


 北方貯水殿。


 そこが敵の本命なら、ここで息をついている時間はない。


 ノアは集会所の机に広げられた地図片を見つめていた。


 東の副水門。

 地下石室。

 北方貯水殿。

 その先に描かれた、もう一つの丸印。


 線は粗い。

 だが、《導き》で見ると、地図の上に薄い光の流れが重なって見えた。


【地図片】

状態:断片

可能性:北方貯水殿への接続路記録


【北方貯水殿】

状態:未到達

危険:高

可能性:主制御施設


【次の一手】

候補:北方貯水殿先行到達

効果:主導権奪取

制限:時間少


「行くしかないな」

 父が言った。


 集会所には、もう必要な顔ぶれだけが残っていた。

 村長、父、ハンス、カイル、ミナ婆、ベルン、ディル、母。

 そしてノア。


 誰も反対しない。


 もう“様子を見る”段階は過ぎていた。


「敵は東の副水門まで動かした」

 村長が低く言う。

「なら、本命にも手をかけるつもりだろう。先に辿り着けるなら、それしかない」


 ハンスが地図片の北側を指した。


「問題は道だ。正面から行ける場所じゃない」

「たぶん、正面じゃありません」

 ノアは答えた。

「この線、途中で尾根の裏へ回っています。貯水殿へ行くための管理路みたいなものがあるはずです」

「古い水守の道、ってやつかい」

 ミナ婆が呟く。

「帳面にも似たような言葉があったよ。“北守は表から入らず”ってね」


 ベルンが腕を組んだ。


「じゃあ入口は隠されてるな」

「しかも敵もその存在を知ってるかもしれない」

 父が低く言う。

「逃げた一人がいる以上、向こうも急ぐはずだ」


 ノアの視界に、また文字が浮かぶ。


【敵本隊】

状態:接近中の可能性

危険:高

可能性:北方貯水殿合流狙い


【村側】

状態:短時間安定

可能性:半日維持可


 半日。


 残された猶予が、はっきり見えてしまった気がした。


「今日中に着きたい」

 ノアが言う。

「遅くても日が落ちる前に入口を見つけたいです。夜になると、向こうのほうが動きやすい」

「なら、行くのは今だな」

 ハンスが即答する。


「俺と父さん、ハンスさん、カイル」

 ノアは言った。

「村は村長、ベルンさん、ディルさんに任せたいです。東側副水門はまた触られるかもしれないから、見張りも必要です」

「やるさ」

 ベルンが鼻を鳴らす。

「今さら井戸を取られてたまるか」

「縄も杭も、まだ残ってる」

 ディルも頷いた。


 母は何も言わなかった。

 ただ、小さな布包みをノアの前へ置く。


「干し果物と、塩と、水」

「ありがとう」

「それと、無理はしないで」

「……できるだけ」

「そうじゃない」

 母はまっすぐノアを見た。

「帰ってくるの」


 ノアは一瞬だけ言葉に詰まり、それでも頷いた。


「帰ってくる」


 その返事を聞いて、母はようやく手を離した。


     ◇


 北方貯水殿へ続く道は、村の北をまっすぐ進むものではなかった。


 地図片と《導き》が示したのは、北西の森を抜け、尾根の裏へ回り込む細い山道だった。

 表から見れば、ただの獣道にしか見えない。

 だが、ところどころに残る石積みや、崩れかけた杭の跡が、人の手が入っていたことを物語っている。


 ノアたちは昼前に村を出た。


 先頭はハンス。

 その後ろにノア、父、カイル。


 いつもの森とは違う。

 木々の密度が濃く、斜面も急だ。

 少し足を踏み外せば、そのまま谷へ滑り落ちそうな場所もある。


「こんなところ、普通は道だと思わないぞ」

 カイルが小声で言う。

「だから隠し道なんだろ」

 父が返した。


 ノアは周囲へ視線を走らせる。


 岩肌。

 苔。

 倒木。


 その中に、わずかに残る“整えられた線”が見える。


【尾根裏道】

状態:荒廃

可能性:旧管理路


【石杭跡】

状態:風化

可能性:水守道の標識


【前方斜面】

危険:崩落気味

可能性:敵通過痕あり


「敵も通ってる」

 ノアが呟いた。


 ハンスが足を止める。

「見えるか」

「はい。最近崩れた土があります。足場を削ってる」

「急いでるってことだな」

 父の顔が険しくなる。


 やはり、向こうも北方貯水殿を目指している。


 少し進んだところで、ハンスがしゃがみ込んだ。


「また足跡だ」

「何人?」

 カイルが訊く。


「四……いや、五か」

 ハンスは地面の乱れを見て言う。

「同じ方向へ急いでる。荷は軽い」

「先行隊ですね」

 ノアが答えた。

「本隊じゃない。先に中を押さえるつもりだ」


 山道はやがて、岩壁の裂け目みたいな場所に突き当たった。


 一見すると行き止まりだ。

 だが、裂け目の奥からかすかに冷たい風が流れてくる。


 ノアの視界に文字が浮かぶ。


【岩壁の裂け目】

状態:擬装入口の可能性

関連:北方貯水殿管理路


「ここです」

 ノアが言う。


 ハンスが草を払い、岩の縁を確かめる。

 すると、自然の岩に紛れるように、半分埋もれた石扉の枠が現れた。


「本当にあったな……」

 父が低く言う。


 石扉自体はすでに半開きだった。

 誰かが先に通った痕だ。


 ノアの胸が強く鳴る。


「敵が先に入ってる」

「数は?」

 カイルが問う。


 ノアは扉の縁へ触れた。


【北方管理路入口】

状態:開放済

変化:近時通過痕あり

可能性:敵先行隊四~五名進入


「四人か五人」

 ノアは言った。

「そんなに多くない。でも、先に入ってる」

「追うしかないな」

 ハンスは迷わなかった。


     ◇


 入口の先は、長い下り通路だった。


 石で作られた階段が、緩やかに地下へ潜っていく。

 壁には等間隔で浅い窪みがあり、昔はそこに灯りが置かれていたのだろう。


 だが今は暗い。

 油灯の火だけが、狭い道を頼りなく照らしている。


 足音がやけに響いた。


 下るにつれて、空気が変わる。

 ひんやりとしているのに、どこか湿っていて、遠くから低い水音のようなものが聞こえる。


「水の音か」

 父が言う。

「たぶん」

 ノアは答えた。

「かなり大きい場所が近い」


 視界の奥で、青い線がぼんやりと伸びていた。

 石室で見た導水盤の光に似た線だ。


【北方管理路】

状態:接続中

関連:北方貯水殿


【前方】

状態:大空間接近

危険:敵先行隊滞在の可能性


 階段を下り切った先で、道は二つに分かれていた。


 左は細い回廊。

 右は幅の広い通路。


 ノアが息を止める。


 右の通路の先、床に残る泥の量が明らかに多い。

 しかも壁の角に、最近ぶつけたような金具の傷がある。


【分岐】

左:保守路の可能性

右:主通路の可能性・高


【右通路】

状態:敵通過痕あり

人数:複数


「右です」

 ノアが言う。


 ハンスが先に進む。

 その背に続いた瞬間、足元で小さな金属音が鳴った。


 からり、と軽い音。


「止まれ!」


 ハンスの声と同時に、全員が凍りつく。


 ノアは足元を見る。

 石床の継ぎ目に、細い針金みたいなものが張られていた。


 罠だ。


【足元罠】

状態:起動直前

可能性:警報用

危険:高


「敵が残していった……!」

 カイルが息を呑む。


 ノアはしゃがみ込み、針金の先を見る。

 壁の小穴へ繋がっている。

 たぶん殺傷罠ではない。

 だが、引けば奥に音が伝わる。


「警報です」

 ノアが小声で言った。

「切るんじゃなくて、先に壁側を止めます」

「できるか」

 父が低く訊く。

「やる」


 ノアは近くの石片を拾い、壁の小穴の縁へ差し込んだ。

 針金の張力がわずかに変わる。


【警報罠】

状態:解除可能

条件:張力固定→主線切断


「今です」

 ハンスが短刀で主線を切る。

 針金は緩み、そのまま床へ落ちた。


 誰も音を立てない。


 数秒遅れてから、全員が小さく息を吐いた。


「こんなのまで置いてやがるのか」

 カイルが顔をしかめる。

「向こうも必死ってことだ」

 父が言う。


 通路の先へ進むと、水音はさらに大きくなった。


 そして次の角を曲がった瞬間、四人は同時に足を止めた。


     ◇


 そこには、巨大な空間が広がっていた。


 思わず息を呑むほど広い。


 地下だというのに、天井は高い。

 石の柱が何本も立ち並び、その向こうに、青黒い水面が静かに広がっている。


 貯水殿。


 まるで地下神殿みたいだった。


 水面の中央近くには、古びた石橋が一本伸び、その先に円形の台座がある。

 さらに奥、対岸の高い場所には、巨大な石輪が半ば壁に埋め込まれていた。


 あれが本当の水門だ。


【北方貯水殿】

状態:到達

構造:大貯水空間/主水門接続

危険:高


【中央石橋】

状態:通行可

注意:露出大


【北方主水門】

状態:半固定

可能性:操作対象


 そして――石橋の途中に、人影があった。


 四人。

 そのうち二人はすでに中央の台座へ取りついている。

 残る二人は周囲を警戒していた。


 敵の先行隊だ。


 そのさらに奥、主水門の近くには、もう一つ人影が見えた。

 他より少し背が高い。

 長い外套をまとい、石輪の前に立っている。


 さらに、台座の陰にも、もう一人。


「……五人」

 カイルが呟く。

「いや」

 ノアは目を凝らした。

「六人です。台座の陰にもいる」


 視界に文字が浮かぶ。


【敵先行隊】

人数:六

構成:近接三/弓一/操作役一/指揮役一


【外套の人物】

状態:指揮役の可能性

危険:高


 その瞬間、中央台座のあたりで、金属が噛み合うような音が響いた。


 ごん、と低い振動。


 水面がかすかに揺れる。


「始めてる……!」


 ノアの背筋に冷たいものが走る。


 敵はもう、北方貯水殿に辿り着いていた。


 しかも、ただ来ただけじゃない。

 動かそうとしている。


 父の手が槍を握りしめる。

 ハンスの目が細くなる。

 カイルは短剣へ指をかけたまま、息を殺している。


 ノアは巨大な貯水殿を見つめた。


 石室も、副水門も、全部ここへ繋がっていた。


 敵は最初から、この場所を目指していたのだ。


 少しでも遅れれば、取り返しがつかない。


 ノアの視界の中で、主水門へ続く一本の線が、ゆっくり赤く染まり始めた。


 次の瞬間、貯水殿のどこかで、重い石が噛み合う音が響いた。


 ――間に合うのは、今しかない。

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