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外れスキル《導き》を授かった俺、辺境の村を最強にする 〜作物も農具も村人も、可能性をつなげれば村ごと強くなる〜  作者: 冬月 しるべ
第3章 村に勝ち筋を作ろう

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第13話 壁の向こうから来た敵


 北側の擬装壁が、わずかにこちらへ押し返された。


 ぎり、と石が軋む。


 幅はまだ指二本ほど。

 だが、その隙間の向こうに、灯りが揺れた。


 敵だ。


 しかも、もう目の前まで来ている。


 ノアの喉がひりつく。

 石室の青い光が、床の溝を淡く走っていた。

 その冷たい明かりの中で、四人は息を殺して構える。


【北側擬装壁の向こう】

状態:接近

人数:二~三名

装備:灯り/短刃/金具類

可能性:開放試行中


「下がれ」

 ハンスが低く言った。

「開いた瞬間を取る」


 父が槍を握り直す。

 カイルは短剣を逆手に持ち、壁の右側へ回った。


 ノアも一歩下がる。


 戦うしかない。


 だが、ただぶつかるだけじゃ駄目だ。

 ここは狭い。

 この石室の構造そのものが、まだ味方になるかもしれない。


 視界の中で、擬装壁の継ぎ目に文字が浮かぶ。


【北側擬装壁】

状態:押圧中

可能性:半開放で停止

弱点:支点ずれ


【壁際水路溝】

状態:乾燥

可能性:足場妨害可


【導水盤】

状態:微弱起動中

可能性:流路一時開放の余地あり


 導水盤。


 その文字が目に残る。


 だが、確かめる余裕はない。


 擬装壁が、さらに押し開かれた。


 今度は手首が通るほどの隙間。

 向こう側から鉄具が差し込まれ、梃子のようにこじられる。


「固ぇな……」

 壁の向こうから、男の声がした。

「だが昨日より動いてる」

「向こうも触ってるってことだ」

 別の声が返す。

「急げ。先に入られたら終わりだ」


 ノアの背中を冷たい汗が伝う。


 敵も焦っている。


 それはつまり、ここにあるものがそれだけ重要だということだ。


 石の継ぎ目が、もう一段ずれる。


 隙間から、男の片目がこちらを覗いた。


 その瞬間、ハンスが動いた。


 槍の石突きが、隙間に突き込まれる。

 鈍い悲鳴。


「うぐっ!」

「いるぞ! 中にいる!」


 叫びと同時に、壁が強引に押し開かれた。


 半身だけ先に飛び込んできた男へ、父が槍を突き出す。

 男は咄嗟に短剣で受けたが、狭さのせいで体勢が作れない。


「カイル!」

「わかってる!」


 右へ回っていたカイルが、一気に踏み込む。

 短剣の柄が男のこめかみを打ち、敵兵の身体が大きく傾いた。


 父が肩で押し返し、そのまま石壁へ叩きつける。


 男は崩れ落ちた。


 だが、隙間の向こうにはまだ灯りが二つ揺れている。


「引け! 中に入るな!」

 向こうから怒声が飛ぶ。


 次の瞬間、細い刃が隙間の中へ突き込まれた。


 ノアは反射的に身を引く。


 刃先が頬のすぐ前を掠め、冷たい風だけが残った。


「っ……!」


【敵兵】

状態:警戒上昇

構成:前衛二/後方一

可能性:狭所牽制優先


 正面から押し込まれたら、人数で不利になる。


 石室の中に入らせてはいけない。


「父さん、壁を広げさせないで!」

「わかってる!」


 父とハンスが左右から槍の柄を差し込み、擬装壁の開口を押し返す。

 だが、向こうも必死だった。

 金具が軋み、石がまた少しだけ動く。


 このままでは、いずれ開けられる。


 ノアの視界が、床を走る青い光へ向いた。


 導水盤から北側の壁際へ伸びている細い線。

 その終点近く、壁際水路溝に、新しい文字が浮かんだ。


【壁際水路溝】

状態:導水待機

可能性:短時間放水可

条件:導水盤の再操作


 放水。


 足元を濡らせば、この狭い場所では敵の踏み込みが鈍る。


 ノアは中央の石台へ駆けた。


「ノア!?」

 カイルが叫ぶ。

「少しだけ時間をください!」


 導水盤の縁へ両手をかける。


 冷たい。


 昨日より、ずっとはっきりと反応が返ってくる。

 水の流れ。

 分岐。

 この石室へ続く、細い導きの線。


 右へ回す。

 違う。


 中心を押し込み、左へ半回転。

 さらに手前へ引くように力をかける。


 ご、ご、と石の中で何かが噛み合った。


【導水盤】

状態:局所起動

可能性:北側流路開放


 次の瞬間、壁際の溝へ水が走った。


 最初は細い筋。

 だが、それは一気に広がり、擬装壁の足元へ流れ込む。


「水!?」


 向こう側から驚いた声が上がる。


 石の隙間から、冷たい水が敵の足元へ流れ出したのだろう。

 踏ん張りが鈍る。


「今だ、押し返せ!」

 ハンスが低く吠える。


 父とハンスが同時に力を込める。

 擬装壁が、ぎりぎりと元の位置へ戻り始めた。


「くそっ、滑る!」

「下がれ! 一度引け!」


 向こうの怒声が乱れる。


 カイルが、隙間へ落ちた金具を蹴り飛ばした。


 甲高い音が通路の向こうへ転がる。


 その一瞬の混乱で、擬装壁がさらに閉まる。


 あと少し。


 だが、そのとき。


 隙間の向こうから、矢が一本飛んだ。


「ノア!」


 父の声と同時に、横から強い力がぶつかる。


 カイルだった。


 矢はノアの肩を外れ、背後の石柱へ突き刺さる。


「大丈夫か!」

「……うん」

 息が詰まる。

 だが、かすってはいない。


 カイルは顔をしかめたまま、すぐに前を向き直る。


「礼はあとだ。今は閉めろ!」


 ハンスが短く頷いた。


 父の槍の柄が、壁の継ぎ目へ深く差し込まれる。

 てこのように押し返す。


 重たい音。


 そして、擬装壁が一気に閉じた。


 どん、と鈍い衝撃が石室に響く。


 向こう側から何かがぶつかったのだろう。

 だが、壁はもう開かない。


 床を流れていた水も、細い筋へ戻っていった。


 荒い息だけが、その場に残る。


     ◇


 しばらく、誰も動けなかった。


 最初に口を開いたのは父だった。


「怪我は」

「ない」

 ノアは答える。

「カイルのおかげで」

「……そうかよ」


 カイルは短く息を吐き、ようやく肩の力を抜いた。


「今のは、さすがに危なかったぞ」

「ごめん」

「だから礼と謝罪はあとでいいって言っただろ」


 その声が少し震えていて、ノアは今さらみたいにぞっとした。


 矢があと少しずれていたら、終わっていた。


 ハンスは擬装壁に耳を当てる。


「三人以上はいるな。すぐには離れない」

「向こうも、この壁を挟んで様子見してるか」

 父が低く言う。


 ノアは導水盤を見た。


 青い光はまだ淡く残っている。

 その線の一部が、擬装壁の向こうへ続き、さらに北へ伸びていた。


 視界に文字が浮かぶ。


【北側擬装壁の向こう】

状態:敵滞留中

人数:三~四名

可能性:再突破試行あり


【導水盤】

状態:局所起動維持

可能性:流路制御続行可


 まだ終わっていない。


 ここで撤退するか。

 それとも、この石室でもう一つ何かを掴むか。


 その答えを出す前に、ハンスが石室の端でしゃがみ込んだ。


「こっちを見ろ」


 灯りを向けると、北側擬装壁の脇に、細い石の溝が彫られていた。

 ただの装飾ではない。

 溝は導水盤の線と繋がっている。


 そしてその先に、小さな窪みがあった。

 円の中に、三本線とは違う印が刻まれている。


【壁際窪み】

状態:未使用

可能性:封鎖補助機構

関連:導水盤連動


「まだ何かある……」

 ノアが呟く。


 導水盤の光は、そこでも弱く反応していた。


 押すだけではない。

 水の流れを変えて、擬装壁の開閉そのものを制御する仕掛けかもしれない。


「できるか」

 父が聞く。


 ノアは一度だけ頷いた。


「やってみる」


 導水盤へ戻る。

 今度は、北へ伸びる線を意識する。


 水の流れ。

 扉。

 石の継ぎ目。

 封じるための古い仕組み。


 ノアは石盤の縁をなぞり、壁際の窪みへ片手を触れた。


 冷たい。


 その瞬間、視界の中の線が一本に繋がった。


【封鎖補助機構】

状態:応答可

効果:北側擬装壁固定強化

必要:導水盤同調


「これだ……!」


 導水盤を左へ半回転。

 窪みを押し込む。

 そのまま石盤中央へ手を置く。


 青白い光が、さっきより強く走った。


 壁際の溝を伝い、北側擬装壁の輪郭へ光が集まる。


 次の瞬間、擬装壁の内側で、がこん、と重い音が鳴った。


 石の噛み合う音。

 何かがはまった音。


【北側擬装壁】

状態:固定強化

可能性:短時間突破困難


 向こう側から、すぐに衝撃が来た。


 どん!


 だが今度は、壁は揺れただけだった。


「止まった……」

 カイルが低く言う。


 もう一度、衝撃。


 それでも、壁は開かない。


 向こうで怒鳴り声が上がった。

 だが、その声もさっきより遠い。


「突破を諦めたか」

 父が言う。

「少なくとも、しばらくは」


 ノアはようやく大きく息を吐いた。


 封じられた。


 完全ではない。

 だが、この石室だけは、今こちらのものにできた。


     ◇


 緊張が少しだけ緩んだ、そのときだった。


 導水盤の光が、さらに北へ伸びる線の先で一度だけ強く脈打った。


 ノアは顔を上げる。


「……まだ先がある」


 青い線は擬装壁の向こうだけではない。

 石室の床下、もっと深い場所へ潜るように続いている。


【地下水路図】

状態:部分表示

可能性:第三経路存在

関連:北方大空間接続


「第三経路……?」

 ノアの声がかすれる。


 ハンスが目を細めた。


「この壁の先だけじゃないってことか」

「うん」

 ノアは頷く。

「敵が来た道とは別に、もっと大きい繋がりがあります。この石室自体が、その途中みたいなものです」


 父が低く唸る。


「つまり、ここを守っても終わりじゃない」

「はい」

 ノアは青い線を見つめた。

「でも、逆に言えば……ここが中心でもある」


 導水盤。

 石室。

 擬装壁。

 そして、さらに先へ続く経路。


 敵が欲しがっていたのは、宝そのものではないのかもしれない。

 もっと大きな“道”か、“流れ”か、この場所を動かす仕組みそのものか。


 その考えが浮かんだ瞬間、石台の縁に、また別の文字が現れた。


【導水盤】

状態:部分起動

可能性:北方水門連動

備考:完全起動には別条件あり


「水門……?」

 ノアは息を呑む。


 ただの地下室じゃない。

 ただの隠し通路でもない。


 これは、どこかと繋がった施設だ。


 敵が本隊まで動かして欲しがる理由が、少しだけ見えた気がした。


 ハンスが静かに言う。


「ここで長居はするな」

「そうだな」

 父も頷く。

「敵が別の道を知ってるなら、ここに増える可能性もある」


 その通りだった。


 壁は封じた。

 石室も見た。

 導水盤も起こした。


 これ以上は欲張るべきじゃない。


 ノアは最後に、北側擬装壁を見た。


 向こう側からの気配はまだ消えていない。

 だが、今すぐ突破されることはない。


「上へ戻りましょう」

「うん」

 父が答える。


 四人は石室を後にした。


 青い光は、扉を出る頃には少しずつ弱まっていた。

 それでも導水盤の中心だけは、まだかすかに灯り続けている。


 まるで、この場所がまだ眠りきっていないみたいに。


     ◇


 地上へ戻ったときには、井戸端に集まっていた村人たちが一斉に顔を上げた。


「どうだった!?」

「下に何があった!?」


 村長が一歩前へ出る。


 ノアはまだ冷たい手のまま、はっきりと言った。


「石室がありました」

「石室……」

「ただの空洞じゃありません。導水盤みたいなものがあって、地下の通路に繋がっていました」

「敵は?」

 父が続きを受ける。

「北側の隠し通路から接触してきた。だが、石室側は封じた」


 ざわめきが広がる。


 井戸の下。

 敵との接触。

 石室。

 導水盤。


 どの言葉も、村人たちの日常から遠すぎた。


 けれど、もうそれが現実だった。


 ノアは空を見上げる。


 朝の光は井戸端を照らしている。

 だがその真下で、敵と繋がる道はまだ続いている。


 石室は、ただの隠し部屋じゃない。


 この村の水の流れと、

 敵の狙いと、

 まだ見えていない北の大空間――

 その全部が、ここに繋がっている。


 ノアは拳を握った。


 ――次は、この石室が何を守り、何を動かす場所だったのかを暴く。

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