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第14話 石室が守っていたもの


 地上へ戻ってからも、井戸端のざわめきは止まらなかった。


 石室。

 導水盤。

 北側の隠し通路。

 そして、その向こうにいた敵。


 どれも、昨日までのリトの村には存在しなかった言葉だ。


 ノアは集会所に運び込まれた紙束の前に座り、静かに息を整えていた。


 遺構から持ち帰った記録紙。

 村長の家の古い木箱から出てきた、虫食いだらけの帳面。

 井戸の深さを書きつけた古い控え。


 机の上で、それらが重なり合っている。


 父も、ハンスも、カイルも、いつものようには口を開かなかった。


 先に沈黙を破ったのは、村長だった。


「地下にあったのが、ただの隠し部屋でないのはわかった」

 白髪の村長は低く言う。

「だが、何のための部屋なのか。敵が何を欲しがっているのか。そこがまだ見えていない」


 ノアは頷いた。


 石室は見つけた。

 敵も防いだ。

 だが、核心はその先にある。


 視線を落とすと、導水盤に浮かんだ青い線が頭の奥によみがえる。

 北へ伸びる流れ。

 途中で広がった大きな空間。

 そして、石台に浮かんだ「水門」という文字。


 ミナ婆が、古びた帳面を睨みながら言った。


「この字、昔の言い回しだね」

「読めるのか?」

 父が聞く。


「全部じゃないよ。でも、ところどころはわかる」

 ミナ婆は指先で紙をなぞる。

「“水守の間”。“北の蔵”。“水位が落ちた時のみ開く”……そう読める」


 ノアの背筋に冷たいものが走った。


「水位が落ちた時……?」

「待て」

 カイルが顔を上げる。

「それって、まさか」


 ノアは昨日見た記録紙を開き、井戸の断面図と北へ伸びる細い線を並べた。


「敵は、井戸を壊したかったわけじゃない」


 自分で口にして、ようやく意味が形になる。


「井戸や水路の水位を変えて、別の場所を開けようとしてたんだ」


 村長の目が鋭くなる。


「別の場所?」

「たぶん、石室の先です」

 ノアは答えた。

「導水盤が示していた北の線。その先にある大きな空間。そこに、本命がある」


 集会所の空気が、さらに一段重くなった。


 敵は村を焼きたいのではない。

 井戸を枯らしたいのでもない。


 この村の下に眠っている何かへ辿り着くために、水そのものを動かそうとしている。


 視界に文字が浮かぶ。


【遺構記録紙】

状態:断片

可能性:導水施設関連記録


【古帳面】

状態:村内伝承混在

可能性:施設名称の記録あり


【導水盤情報】

状態:部分判明

可能性:北方水門/封蔵区連動


 封蔵区。


 敵が欲しがっているのは、ただの通路ではない。

 守られている何かだ。


「もう一度、下に行く」

 ノアが言うと、父が顔を上げた。

「今からか」

「今じゃない。でも今日のうちに」

 ノアは机の上の紙を押さえる。

「導水盤の意味をちゃんと見たい。あれはただ光ったんじゃない。まだ読めるはずです」


 ハンスが短く頷いた。


「行くなら少人数だ」

「俺も行く」

 カイルが即答する。

「昨日、矢が飛んできたんだ。次はもっと近いだろ」

「わかってる」

 ノアは頷いた。

「でも、今度は戦うためだけじゃない。石室の役目を知るためだ」


 村長はしばらく黙っていたが、やがて言った。


「いい。だが、地上の守りも落とさない。井戸の見張りは倍。北の見張りも増やす。もし敵が地上から仕掛けてきても、もう好きにさせるな」


 誰も異論はなかった。


     ◇


 その日の昼過ぎ、ノアたちは再び石室へ降りた。


 今度は戦うためではなく、知るために。


 だが、地下の空気は昨日より張り詰めていた。

 北側擬装壁の向こうに敵がいるとわかっているからだ。


 扉を開け、石室へ入る。


 中央の導水盤は、昨日より静かだった。

 青い光は消えている。

 ただ、石の表面だけが冷たく、どこか待っているような気配を残していた。


 父とハンスがまず北側擬装壁を確認する。

 今のところ、向こう側から押される気配はない。


 カイルが小声で言う。


「いないのか?」

「いるかもしれないし、離れただけかもしれない」

 ハンスが返す。

「どっちにしろ、長居はするな」


 ノアは石台の前へ立ち、昨日拾った記録紙を広げた。

 紙に描かれた線と、導水盤の紋はどこか似ている。


 そっと、石盤へ手を置く。


 冷たい感触。

 その奥で、眠っていた何かが静かに目を開ける。


【導水盤】

状態:待機

可能性:再起動可

条件:接触/同調


 ノアは目を閉じた。


 水の流れ。

 枝分かれ。

 地上の井戸。

 北へ伸びる線。

 そのもっと奥で、水を堰き止めている何か。


 ゆっくりと、石盤の縁をなぞる。


 ご、と小さな音が返った。


「来るぞ」

 父が低く言う。


 次の瞬間、導水盤の線が淡く青く灯った。


 石室の床を走る細い溝。

 壁の刻み。

 そして、石盤の中心から北へ向かって、一本の光がはっきりと伸びる。


 昨日と同じだ。

 だが、今度はそれだけで終わらなかった。


 光は北へ伸びたあと、途中で大きく広がった。


 まるで地下に、湖のような巨大な水の空間があるみたいに。


【地下水路図】

状態:拡張表示

可能性:北方貯水空洞接続


「……でかい」

 カイルが息を呑む。


 ノアの視界には、さらに文字が浮かぶ。


【北方大空間】

状態:閉鎖中

性質:貯水殿/封蔵区の可能性


【北方水門】

状態:閉

可能性:水位操作で封蔵区開放


「貯水殿……?」

 ノアが呟く。


 父が振り向く。

「何かわかったか」

「たぶん、石室は水路を動かす場所です」

 ノアは青い線を見つめたまま答えた。

「井戸の水だけじゃない。もっと北にある大きな貯水の空間と繋がってる」


 ハンスが眉をひそめる。


「敵はそこを開けたいってことか」

「うん」

「なんでだ?」

 カイルが聞く。


 ノアは一瞬、答えに詰まった。


 だが、その直後、導水盤の中心に別の文字が浮かんだ。


【封蔵区】

状態:水位維持中

条件:北方水門開放で到達可


 封蔵区。


 やはり、何かを隠している場所だ。


「水があるから入れない場所があるんだ」

 ノアはゆっくり言った。

「敵はそれを知ってる。だから井戸や水路をいじって、水位を下げて、封蔵区へ行こうとしてる」


 石室の空気が変わった。


 今までは、地下に何かあるかもしれないという段階だった。

 だが、今は違う。


 敵は偶然ここへ来たわけではない。

 最初から“その先”を狙っている。


「じゃあ、井戸は鍵だったのか」

 父が低く言う。

「村の真ん中にある、水の流れを動かすための」

「たぶん」

 ノアは答えた。

「村は、その上に作られた」


 その瞬間だった。


 導水盤の青い線の一部が、急に揺れた。


 北へ伸びる線ではない。

 そこから少し外れた、別の細い経路。


 それが、一度だけ赤く明滅する。


【第三経路】

状態:変動

可能性:外部操作中


「……っ!」


 ノアが顔を上げたのと同時に、石室のどこかで低い振動が起きた。


 ご……、と石の奥で何かが動くような音。


「何だ?」

 カイルが身構える。


 ハンスがすぐ北側擬装壁へ目を向けた。

 だが、そこではない。


 振動は、もっと深い場所から来ていた。


 導水盤の光が、赤く明滅した第三経路を強く照らす。

 それは石室の北ではなく、さらに東寄りの地下へ潜っていく線だった。


「敵、別の道を触ってる」

 ノアは息を呑んだ。

「北の擬装壁の向こうじゃない。もっと別のところから、水門に触れようとしてる」


 父の顔色が変わる。


「つまり、ここを封じても終わりじゃないってことか」

「うん」

 ノアは頷いた。

「第三経路が本命かもしれない」


 視界に文字が弾けるように浮かんだ。


【北方水門】

状態:外部干渉兆候

危険:高

可能性:水位変動発生


【リトの井戸】

関連:連動

危険:枯渇/逆流の可能性


「まずい……!」


 その瞬間、地上から縄が二度、強く引かれた。


 合図だ。


 ベルンかディルが、何か異変を感じた。


 続けて、三度目。


 引き上げの合図。


「上だ!」

 父が叫ぶ。


 同時に、導水盤の青い光が一気に暗くなり、井戸へ繋がる線だけが赤く染まった。


【リトの井戸】

状態:水位急変兆候

危険:村側異常発生中


 ノアの心臓が強く打つ。


 敵は石室だけを狙っていたんじゃない。

 地上と地下、両方から同時に仕掛けてきたのだ。


「戻るぞ!」

 ハンスが一喝する。


 四人は石室を飛び出した。


 通路を駆ける。

 石階段を上る。

 井戸口から差し込む光が、さっきより白く、鋭く見えた。


     ◇


 地上へ出た瞬間、村の空気がおかしいとわかった。


 井戸端には人が集まっている。

 だが、誰も水を汲んでいない。


 ベルンが怒鳴った。


「見ろ!」


 井戸の中だった。


 水位が、目に見えて下がっている。


 昨日まで、すぐそこに見えていた水面が、今は暗い底のほうへ遠ざかっている。

 しかも、ただ減っているんじゃない。

 下のどこかへ吸い込まれるように、ゆっくりと流れができていた。


「そんな……」

 母が青ざめる。

「井戸が……」


 ミナ婆が唇を噛んだ。


「水門だよ」

 しわがれた声で言う。

「どこかで開かれたんだ」


 ノアは井戸の縁へ駆け寄り、暗い底を見下ろした。


 視界に文字が浮かぶ。


【リトの井戸】

状態:水位低下開始

原因:地下水路流向変化

危険:継続で枯渇


 敵は、先に動いた。


 狙っているのは石室そのものじゃない。

 この村の水を支えている、もっと大きな仕組みだ。


 村長が低く言う。


「これが続けば、村は持たん」


 その言葉に、誰も反論できなかった。


 飲み水。

 畑。

 家畜。

 全部が井戸に繋がっている。


 敵は村を焼く前に、干上がらせるつもりなのかもしれない。


 ノアは拳を握る。


 石室の正体は見えた。

 だが、敵はもう次の手を打っている。


 こちらも、もう守るだけでは追いつかない。


 井戸の下にある仕組みを、敵より先に抑えなければならない。


 そのとき、井戸の底で、水がひときわ低く鳴った。


 ――村の命そのものが、戦場になった。

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