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42恥目 誰かと過ごす事


 記憶を確かめるように、父さんの話をした。

 思い出せば鮮明で、父さんの匂いすらするようだ。視界は膜を張ってゆらゆらと揺らいでいる。


「お前、ずっと1人で生きて来たのか? クソガキママはどうなったんだよ」


 クソガキママって。語呂の良さは感じたが、つっこむことはしない。


「そこは思い出せないや。 少なくも1人ではなかったよ。しゅーさんが居たからね」


 母さんの記憶はどうだろう。やはり、思い出せない。頭の後ろがギュッと詰まったように痛くなるだけで、それだけ。

違和感を感じる部分を触っても、タンコブもなく、特に異変はない。


「居たって……んま、良かったんじゃねぇの。今はその、なんとかってやつに付いてる訳だろ? ラッキーだよお前」


 そして、糸魚川はすぐに「俺のジジィはよぉ」と自分の対象の悪口を汚い言葉で吐き始めた。


 身振り手振り、ギャンギャン騒いで、地面を地団駄踏む。名古屋には帰らない! と大声で宣言までしている。


  糸魚川には悪いけど僕は自信を持って、しゅーさんで良かったと言える。今は喧嘩中だけど、それは置いておいて。


今までも、太宰治、つまり”しゅーさん”がいたから生きてこれた。


 他に苦しい事も辛いこともあったかもしれない。

 思い出せないから定かではないけれど。


 それがあるとすれば、いずれも彼を理解する事に必要な事だったんだ。旅行中のリュックに彼の本が入っていたのが証拠だ。


 方位磁石のように僕が生きる道を示して導き、どんな道も言葉という照明を照らしてくれる。その灯りのおかげで、この時代でも上手くやれている。


 記憶は忘れていても、体や感覚がその生き方を記憶している。


 やはり僕の成長は「太宰治」なくして語れないのだ。


 そして、父さんが僕にどう育って欲しいのかちゃんと思い出せたのは大きい。僕は父さんの望んだ様に育っているだろうか。いや、そんな綺麗な人間じゃないや。

 もっと丁寧に生きなきゃ、しゅーさんにも示しがつかない。


 もっとしっかりしよう。頼られる人になるために、もっと精神的に強くならなきゃ。


「ねえ、要」


 ぼやっと、物思いの耽っていると、中也さんが名前を呼んでいたようで、右腕をぐいと引かれる。


「ああ、ごめんなさい! ぼーっとしてました」


 慌てて振り返る。中也さんは肩で息をして苦しそうにし、歩くのさえ辛そうにしている。前髪をめくり額に額をつけてみると、熱はないが体調は悪そうだ。


「大丈夫ですか?」

「こんな距離、歩いた事ないから、ね」


 僕は休憩しようかと考えた。

 しかし、もう日は傾いて宿に泊まる金もない。とりあえず次のバスが通りかかるまでと、中也さんを背負う事にした。


 彼も男性だからプライドもあるだろうが、ここは我慢して欲しい。「そう言うんじゃなくて!」と顔を真っ赤にして怒っていたが、糸魚川に変わりましょうかと提案すれば、スンと黙った。


 中也さんの異変にも気づかない糸魚川はとにかく文句をぶちまけて、時々枝や葉をむしりとって暴れている。


「糸魚川、今日はどうするんだよ。さすがに店長は泊めてくんないぞ」


 少し距離が離れたので大声で問いかけた。


「知るか! お前らがなんとかしろ! ったく、どいつもこいつも……」  

 

 と、相変わらず横暴な答えしか返ってこない。


 やっぱりね。わかってはいたけど、人を当てにしかしないのも彼の才能だ。そんな僕もまた爺さんに頼んでみるかと、人を当てにしている。


 それが一番安全だと見込めばそうするしかない。背中から「絶対に許さない」と低い声が聞こえれば尚のこと、穏便に終わるよう努めるのだ。



「おかえりなさい! お風呂入れますよ!」


 日も落ちて気温が急激に下がり始める頃。


 飴屋の戸をノックすると、すぐに吉次が飛んで出てきた。

 僕らは話すのも気怠かったが、出迎えてくれた吉次に「ただいま」と返す。


 すると、温かい汁物の匂いが囲炉裏のある部屋から漂ってくる。


 玉川上水に落ちてから温かいものに触れていないので、全身霜焼けしたようなむず痒さや皮膚の赤みが見える。視覚で確認すると、余計に体は痒くなった。


 疲れ切っている中也さんを1番に、次は糸魚川、僕と順番に風呂に入った後、囲炉裏の部屋に集まる。


 店長は風呂に入った糸魚川を受け入れて、手伝いさえすれば好きなだけ居ればいいとも言ってくれた。

 正直、彼の性格が心配だ。けれど、それは僕が一緒にいる時になんとかすればいい。ぶっちゃけさ、めっちゃ不安だけどね。しばらく僕も泊まり込みになりそうだな。


 吉次と糸魚川も挨拶を済ませたし、中也さんもお風呂に入ってから調子が良さそうだ。きっと寒さと水に濡れたのが原因で、身体が怠く感じたのだろう。


 皆で吉次が作った「すいとん」を囲む。


 吉次がチラチラと何かを気にしていて、ようやっと口を開けば、すいとんが口に合うかどうかと心配していた。


 「美味しいよ」と、はしゃいで返すと、吉次はパッと明るく笑う。

 吉次は17歳になってもグレることなく、こんなに純粋なんだ。是非いいお嫁さんを貰って欲しい。


「よかったぁ、みなさんに振る舞えるのがこれぐらいしかなくて。先生も僕も栃木の生まれなのでよく食べるんです。冷えたでしょうから、温まってください」

「へぇ、ここにいると飯作るのはおかっぱか?」


 糸魚川が端で吉次を指し、おかっぱと呼んだ。人の事を名前で呼べないのでしょうか? 人には散々名乗れだの、敬称をつけろだよ言うくせになんだコイツ。


「い、いえ、要さんと僕が交代で作りますよ」

「まじかよ。要も作んのか、お前料理下手クソそうだよなぁ」


 あ、呼べた。


 言動にムッとはしたが、父さんも料理が下手な方だったから、得意とも言い返せない。


 それをしゅーさんと初代さんに毎日食べさせていると思うと居た堪れないや。仕方がないけど、料理を練習するにと金は掛かるので、僕が出すご飯を黙って食ってもらうほかないのだ。


 その後もあれやこれやと話に花が咲いた。驚いたことに、糸魚川は吉次を気に入ったようだった。


 昨日までは殴られたり、邪険にされていたから、献身的に世話をしてくれる吉次が味方に見えたのかもしれない。


 言動や態度に問題はあるけど、少しお兄さんらしくも見える。

 お兄さんなんて、よく言い過ぎか? そうだなぁ、まるで子分を従えたようだ。

 吉次と肩を組んでは、気分良く笑っていた。


 いつの間にか、すいとんの入った鍋は空になっている。

 ツルツルもちもちのすいとんは、飲み物みたいだった。


 ごぼうや人参、キノコも入って栄養満点、口が欲するというより、この優しく力をつけてくれるすいとんを体が欲しがっていた。もっと食べたかったなあ。

 

 人が多いから欲張るのも良くないけど、もっと素直に欲に従って食べたらよかった。


 少しもの足りないけど、満たされている。

 誰かと食べる食事はやはり幸せなのだと、あの竹輪の中にツナ缶を詰めただけのお昼ご飯を思い出していた。


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