39恥目 父さん
「あんたら、まさか落ちたのかい?」
玉川上水からずぶ濡れのままバス停へ戻っていると、先程声をかけたお婆ちゃんが僕らに気がついてくれた。
「あそこ深過ぎでしょ……」
僕は糸魚川に落とされ、糸魚川は中也さんに突き落とされ、中也さんは僕を助けるために飛び込んでくれた。だから3人共ずぶ濡れで、髪の毛先が凍るほど身体が冷えている。
「よく帰ってこれたねぇ。あそこは自殺の名所でね、よく無理心中やなんだって人が死ぬのさ。人を喰うようにね。心配したんだよ」
「すみません。だけど死ぬために行ったわけじゃないですから」
お婆さんは「身内でも死んだのかい」と尋ねてきたが、僕は力強く答えた。
「いいえ、僕を取り戻すためです」
なんの事だかわからないだろうが、そうなのだ。
僕は僕である事を忘れないために落ちた。父さんの事を思い出した途端、力が湧いてくる。
しゅーさんと些細な事で喧嘩をしたことも、名前を聞いてムカつくのも、どこか放っておけないのも、全部繋がっている。
僕がしゅーさんの文章に救われる理由も分かった。
けれどタイムスリップの理由はわからないまま。現代の全てを思い出したわけでは無かったようだけど、今はそれでもいい。
そりも揃ってずぶ濡れのまま、通りかかったバスへ乗り込んだ。
他の乗客に迷惑がられたが、つり革を掴んで何食わぬ顔で同じ方向を見つめている。
しばらくの沈黙。
中也さんがもどかしそうに、「なあ、要。何を思い出したんだい?」と尋ねて来てくれた。
「気になりますか?」
「そうだ、クソガキ。せっかく落としてやったんだから教えろよ。あ。なあ、お前。彼女とかいた?」
中也さんはギッと糸魚川を睨んで、小さな声で「ふざけんなよ」と呟く。
「まさか。恋人なんか出来たことねぇわ」
「……そうか。なら、いいんだ」
糸魚川からの質問に答えた。これは忘れているとかでは無くて、本当に経験が無いというのを感覚で覚えている。悔しいけどね。中也さんがほっとしたような声を出すので、照れ臭くて下を向いた。ちょっと、その顔。緩んだ顔が胸を打つ。やっぱ好き。
「じゃあ、経験人数は?」
「0だよ」
「は? お前童貞なの?」
糸魚川は止まらない。何聞いてくるんだよ、コイツは!
「ばかじゃねぇの!? 普通聞くか!?」
「んだよぉ、もったいぶんなよ。んじゃ、1人でする回数は?」
「話聞けバカ! やんねーよ!」
馬鹿なのかコイツは。公共交通機関でなんちゅう質問してくんだ!
「お前、うわァ、マジか! 俺は耐えらんねェわ! うわぁ、マジでお前モテねェんだな」
「うるさいなぁ! なんつうこと聞いてくんだよ!」
僕が我慢できなくなって言い返すと、バスに急ブレーキがかかった。
体のバランスが崩れ、車内は乱れる。思わず糸魚川の足を思いきり下駄で踏んでしまい、彼は鈍い声を出した。
何ごとかと車内を見渡せば、「降りろ!」と怒鳴られてしまった。ようやっと白い目で見られている事に気付き、3人で小さくなってバスを黙って降りる。
まだ飴屋までは遠い。けれど、雪道に体を震わせながら歩くしか無かった。
「ふざけんなよ! なんで歩かなきゃ行けねえんだよ、はあ、だりィ!」
「お前が悪いんだろ!」
先が長いとわかっているので途方に暮れる。お金もないし交通手段もなくなった。
言い合う体力もなかったが、何か話さないと口も固まって、そのまま永遠に閉ざしてしまいそうになるぐらい寒い。
口数は減り、このままでは気づかないうちに1人消えてしまいそうだ。
だから僕は何か話さないと、と話を切り出した。
「……僕が思い出したのは、父さんの事なんだ」
「お父さん?」
「そう、父さん。毎日泣いてたよ」
2人は「聞くよ」と言って耳を傾けてくれた。
*
僕の出身は宮城県は三陸にある街だ。
何が有名かと言われると、多分、秋刀魚。海の街なので海鮮と言ったところだろうか。いつも海臭くて、カモメがうっとおしいほど鳴いていて、潮風が心地よい。大好きな街だ。
僕と父さんは港の近くにあった平屋に2人で住んでいた。
生活は裕福でもないけど、普通でもなければ貧困でもない。衣食住はそれなりに出来る暮らし、だった気がする。
もしかしたら、幼かった僕には何も分からなかっただけかもしれないけど。
幼稚園や保育園には行かなかった。
何故行かなかったのかは知らない。
父さんが必要ないと思ったからだろうけど、特に気にはしなかった。多分、父さん自身がかなり若かったというのもあるだろう。
僕が生まれた時はまだ19歳だったと聞いたから、そういう手続きとか必要性とか、諸々わからなかったのかもしれない。
「おはよぉ、要。お昼何がいい?」
いつもお昼近くになると寝室から出てくる父さんは、とっても優しかった。
インクで汚れた右手に、指にできたペンダコ。父さんは売れない自称小説家で、毎日書きものに没頭していた。その他に週に何回か早朝から近くの加工場へ仕事に行く日もあった筈だ。
父さんはよく自分の頭に手を置いた。
寝癖が気にならないから気に入ってると言っていた天然パーマの毛が、そこら中に抜け散らかってるのが欠点だ。
「イカぽっぽ!」
「イカはないよぉ。ちくわならあるけど、ツナ入れて食べる? あぁ、ごめぇん。冷蔵庫の中、空っぽだ。あとで買い物に行かなきゃねぇ」
起きたばかりの目を擦り、冷蔵庫を開けて昼食を作る。
決して器用じゃないし、手際も最悪。包丁で指を切って血を出すのもしょっちゅう。だけど料理が趣味だと言い張っていたのを覚えている。
僕のために作るご飯はいつも見た目が悪くて、少し間を置いてから食べられるよと言えるぐらいの味。
レパートリーは大体同じで曜日ごとにメニューが決まっていたな。
金曜日はレトルトのカレーだった。土曜日の変わりご飯はあんまり美味しくなかった気がする。
創作料理と言い張って、名のない料理を食べさせられた。
冷蔵庫が空っぽだとなれば、隣の大きな市までママチャリで買い物へ出かけた。簡単に行ける距離じゃなかったけど、なんせ父さんは運転免許を持っていなかったから。
だから籠付きのママチャリは僕らの生命線。帰りには荷物が多くて、父さんが僕を乗せたまま自転車を引いて帰った。
「父さんは疲れないの?」
「そりゃあ、疲れる、よぉ」
緩やかな坂を登ったりするので、靴は買い換えてもすぐクタクタになる。買い物の度に心配する僕に、父さんは必ずこう言った。
「父さん、足だけは強いんだ。中学生の時に宮城県の端から端まで歩いてねぇ。もうどこまでも行けると思ったなぁ」
学生の時の武勇伝を語る。僕を退屈させないように、面白おかしく話してくれた。
宮城県の端から端まで歩いた事。
自転車で関東を目指したら自転車が盗まれた事。
そして歩き回っているうちに、山で遭難をしかけた事。
父さんの足強エピソードはいくつもあった。
何度聞いても飽きなくて、毎回新鮮で。
牛乳を毎日かかさず飲んでいたから、足が強くなったと言って、僕にも必ず飲ませてくれた。
口の周りに白い髭を作って笑う日々が、少なくとも数年は平和に続いていたんだ。




