信じてるから、信じさせて
……返事はなし、か。
まぁ、そうだろうね。「隠し事を話せ」なんて、こんな状態で言われて即答できるほど冷静でもいられないと思う。ましてヴィクは師匠の命を天秤にかけている真っ最中なんだ。簡単に口を開ける訳がない。
分かっている。分かっているんだけど……時間がない。
このまま膠着を続けていても、状況は良くならない。プレヴィが何を見ているか分からない以上、長引けば長引くほどこっちが不利になる。
「……? さっきから何を?」
当然だけど念話が送られてないサシナだけは事情が分かっていなさそう。
正直彼女もまだ信用していいか迷ってるけれど……でもさっきヴィクの命令に従ってたように見えるし、多分敵じゃないよね。
他のシエル達はどうだ?
僕から一方的に作戦を説明した形になるけど……皆、元は同じ一つの人間だったんだから、意図を理解してくれてると思う。
ただ、いかんせんあのメンバーはヴィクと敵対することに抵抗がありそうだからなぁ。
──「(ヴィクと戦うってこと? ……今エペが手元にないのに?)」
──「(ま、まぁ。ヴィクくんのためになるなら、負けるぐらいぼくは別に……)」
──「(あァー……そういうことか。完全に理解した。そういうことな)」
──「(えっ! まだ皆の回復終わってないんですけど……!)」
──「(……結局ヴィクトールを一人にするのか。彼がいいなら構わないが……)」
……うん。
まぁ、大丈夫そうか。
僕一人の判断で全員の命を賭ける訳にはいかないとは思っていたけど、まぁまぁある程度理解できてるっぽい。
要はヴィクの師匠の命を助けるために、ここは一度やられたフリをするってだけの……「ヴィクとは完全に敵対せず、表面上は向こうの要件を満たしますよ」って体を維持するって作戦だけど。
まぁ理解できてそうならいいよ。僕としては文句なし。
『皆、聞こえるかい。さっきの作戦の話、聞いてくれていたよね』
……反応は見えない。
当たり前だ。声を出したらプレヴィに聞かれるかもしれない。でもしっかり聞こえているはずだ。
分かってそうだから詳しい説明は省くよ。
『とにかく。了承してくれるなら──ヴィクへの敵意を示すフリをしてほしい。声に出して。「まだ諦めてない」とか、「絶対に許さない」とか、そういうの』
これなら一石二鳥だ。
今の状況がプレヴィに監視されていたとしても、ヴィクへの敵意はシエル達がまだ抵抗の意思を持っているように見える。殺し合いの命令は継続中で、まだ決着がついていない──そういう絵面になる。
だけどこの面子がヴィクに対して敵対意識を持つ訳がない。そういった発言をすることがそれ即ち僕にとっての、了承の合図になる。
外の人間には分からなくて、このパーティーの中でなら通用する合言葉のようなもの。
……だから早く。誰か。
誰か一人でも声を上げてくれれば。
「あァー……」
……!
リュト!
「上等じゃねェか。前々からテメェには因縁があったんだ。言ってる意味分かるよな?」
……よし!
やっぱり彼女は状況の理解も感情の飲み込みも早い。必要とあれば、長期的な利益のために一時の感情を無視する判断が取れる。
肩はもうルメドの治療が済んだみたいだ。今すぐにでも動けるって顔してる。
つまり、今の宣言は──この作戦に協力するっていう、暗黙の了解。
それを僕とヴィクの両方に伝わるように、ちゃんと言ってくれた!
「そ、そうだよ! 剣は手元にないけど、まだボクはやれるから……!」
「ヴィクくんっ……ぼくもまだ、やれるよ! 今度は、当てたりもするよ!」
「……ヴィクトール。私も退かない。退く訳にはいかないんだ。いいな?」
「えっと……最悪僕も戦いますからねっ! ちょっとぐらいは爪痕残してやりますよ!」
よし。全員、応じてくれた。
誰一人躊躇しなかった。迷いはあったかもしれないけど、声にした瞬間にはもう決まっていた。
これが了承の合図。作戦の準備は整った。
問題は「えっなんか急に全員やる気満々。ヴィっくんに何か恨みでも?」みたいな顔してるサシナだけど。
彼女には今の全てが、シエル達が本気でまだ抵抗しようとしているようにしか見えていないはず。
彼女がどう動くかは分からない。ヴィクの味方であることは間違いないけど、この作戦を知らない彼女が変に動いたら台無しになる可能性だってある。
……そこはヴィクに任せるしかないか。彼女の扱いは、幼馴染の彼の方がずっとよく分かっているだろうから。
念話の対象を切り替えよう。
今度はヴィクだけに。
『ヴィク。聞こえてるね』
「(……ああ)」
『皆の了承は取れた。あとは、君だけだ』
「(……)」
『繰り返すけど、君が「話す」と約束してくれないと、この作戦は無駄になる。全員の命を賭けるんだ。信用の材料が無いまま拘束を解いて、「はい負けました」なんて芝居はできないよ』
厳しいことを言っている自覚はある。
でもこれは譲れない。僕個人の問題じゃない。エスクリの命も、マージュの命も、リュトもシュヴァもルメドも──全員の命がかかっている。
君が打ち明けると言ってくれないと、僕はこの拘束を解く気になれない。
「(……分かって、いる。分かっているんだが……)」
……何かに迷っている。
言葉を探しているのか、言っていいかどうかを量っているのか。
師匠のことが気がかりなんだよね。
話す行為そのものがプレヴィに察知されたら、エネの命が──そう考えているに違いない。
分かるよ。その逡巡は理解できる。
でも、時間がないんだ。ここで決断してもらわないと、作戦は進まない。
『ヴィク。君の──自身が魔王ル・マルの生まれ変わりだという告白。あれがとてつもなく重い物だったことは理解している』
「(……)」
『でも君の恐怖症、正義感、勇者シエルへの憧れ。これらは魔王ル・マルにあり得ないものだよね。説明してほしい。分かるかな』
「(……分かる)」
『大丈夫。全員わざと負けてくれる。その後、処理をするからなんて名目で茂みに移動しよう。そうすれば多少は聞こえないはずだよ』
「(はず……)」
『完全な安全は保証できない。それは認めるよ。でも、君が一人で全部抱え込んだまま動くより、こっちの方がエネを救える可能性は高いと思うんだ』
剣が喋りだすなんて不可思議な状況に加えて、極限状態での判断の強要。
でも、自分の立場が未だ不透明なものも、僕が疑う理由も彼には理解できるはず。
圧迫しているのは分かっている。追い詰めているのも分かっている。
でもこれは脅しじゃないんだ。本当に、心の底から──
『君を信じたい。そのために、話してくれ』
「(………………分かった)」
……短く。掠れた声で。
でも確かに、今──同意した。
もう、後戻りできない。
『ありがとう』
この瞬間から、僕はこの作戦の実行責任を負うことになる。
判断が正しかったかどうかは、結果が出るまで分からない。でも、少なくとも彼は応じてくれた。それだけで、今は十分だ。
プレヴィに監視されてる可能性なんて考えなければ、こんなややこしいことしなくていいんだけど。でも、万が一に備えて最善の行動をとらなきゃいけないからね。
きっと、大丈夫なはず。僕だって君を信じたいし、事情さえ分かれば君の師匠を助けるために最善を尽くすから。
君が憧れた──勇者シエルとしてできるだけ頑張るよ。
『この後、僕は拘束を解除する。剣になった僕を使うなりしてくれていいから、君は戦って。その次は──』
だから、僕を信じて、僕を信じさせてね。
*
「流石ヴィっくん。鮮やかな勝利アゲイン。ところどころ不自然な気もしたけど」
上手くいった……のかな。
気がつけば、全員が地面に転がっていた。
剣に戻ってヴィクに使われた僕には、さっきまでの人型の時みたいな自由はないけれど。それでもある程度周囲のことは分かる。
武器の無いエスクリはあんまり違和感なく倒されてくれた。演技というより、攻撃された衝撃でそのまま本当に気を失いかけてる……かもしれない。大丈夫だよね?
マージュは結局一撃も当てないまま、即座に距離を詰められてドン。戦意は見せられたと思うけど、倒れた姿勢が妙にリアルで心配になる。息はしてるよね? してるよね?
リュトは壁際に叩きつけられた体勢のまま。両肩の脱臼はルメドに治してもらったはずだけど、その上からもう一発もらってるんだから、普通に痛いはずだ。歯を食いしばって耐えてるんだろうけど。
シュヴァは膝から崩れた形で地面に伏している。鎧を失った状態で攻撃されるのは相当堪えたんじゃないか。最初の仲間としての意地で声一つ上げなかったんだろうけど……ごめんね、本当に。
ルメドだけは……。
「こここ降参です! ま、参りましたぁっ!」
「はぁっ……はぁっ……」
うん。
まぁ。
はい。
ルメドは……それしかできないからね。
何はともあれ皆、上手くやってくれた。
一番不安だったヴィクの裏切りの可能性も……少しは安心できる結果だった。ちゃんと手加減してくれたし、本気で殺すような気配は見せなかった。本当にプレヴィの手先で、このチャンスを大々的に生かしてやろうって風ではなかったと思う。
サシナは違和感に気づいてそうだけど。
別に明言したりはしないし、表向きはちゃんとした戦闘に見えていたはずだ。
「……サシナ」
「なに? 次の指示?」
「皆を拘束しておいてくれ。俺は向こうで、色々準備してくるから」
「何の準備? まぁ了解。サシナは従います。ではでは」
いや本当に怖いな。
彼女は確定で元勇者シエルだろうし、さっさと情報共有しておいた方が良かったか。
でもとりあえずはこれで、ヴィクが茂みの方まで移動してくれそうだ。
「……それにしても、丈夫な剣だな。エペは」
『今のこれは独り言って体だよね? 丈夫な自覚はあるよ』
「すげぇ使いやすかったし、いつもの剣と違って壊れそうな気配が無かった」
『怖い怖い怖い』
もしヴィクが本当に敵だったら、戦闘の流れで僕ごと破壊されてたのかな。
さっき拘束が成功した時点でそれはあり得ないか。
というか、普段は普通に使うだけでも剣が壊れそうだったのか。だいぶセーブしてたの?
元魔王の肉体はやっぱりとてつもないというか。
剣として握られるのは、まぁいつものことなんだけど……ヴィクの手は全然違った。
力の入り方が違う。指の太さも、掌の温度も、握りの深さも。正確さや技術重視のエスクリと対照的に力任せと暗殺術の両立っていう相変わらず訳の分からない振るい方だった。
エスクリはスピード重視だから柄の先端寄りを軽く持つ癖があるけど、ヴィクは柄の真ん中をがっちり握り込んでて。手の大きさが違うから当然なんだけど、すっぽり包み込まれてる感じがする。
こっちの方が安定する、なんて口が裂けてもエスクリには言えないけどね。比較の問題であって優劣の問題じゃないからね? 絶対に言わない。墓まで持っていく。剣に墓は無いけど。
一歩、また一歩と戦闘跡地から遠ざかる。
ヴィクの歩幅は大きい。エスクリの倍近くあるんじゃないかな。
「とにかく、勝った。勝ったぞ。どう見ても勝ったはずだ」
『っていうアピールだよね』
君が勝てば、エネは自衛のための殺せない防衛線に変化する。
勝ったことをアピールするのは問題ないはず。
プレヴィの監視範囲がどこまでなのかは分からない。
もしかしたらもう見られていないかもしれないし、まだ見られているかもしれない。
占いがハッタリでも、他に監視手段を持っている可能性は否定できない。
スライムを使役していた以上、あの手の生き物を偵察に使っている可能性だってある。
だからこそ、できる限り遠くまで離れたい。音が届かない距離まで。
念話じゃなく声で会話ができる距離まで。
視界が緑に遮られ始めてきたな。
木の枝が頭上を覆って、地面には下草が膝丈まで伸びてる。
ここまで来れば……多分、大丈夫。
多分、としか言えないのがもどかしいけど。
『……ここなら、誰にも聞こえないと思う』
「……ああ」
茂みの中。
戦闘跡地の喧騒はもう遠い。
シエル達の声も、サシナの気配も、ここまでは届かないはずだ。
聞こえるのは葉擦れの音と、ヴィクの呼吸だけ。
二人だけの空間。
剣と、その持ち手。それだけ。
『……』
「……」
……来ない。
分かってる。分かってるよ。急かしちゃいけない。
ここで「早く話して」なんて言ったら、せっかく決まりかけた覚悟が折れてしまうかもしれない。彼は約束してくれた。話すと言ってくれた。
だから、待つ。
待つしかないんだ。
剣の身分で「居心地が悪い」なんて感覚があるのかは分からないけど。少なくとも今感じているこのむず痒さは、それに近いものだと思う。
握られている手からもヴィクの体温が伝わってくるし。何かを話そうとして、言葉にならなくて、飲み込んで、また探して。その繰り返し。
もし彼がここで「やっぱり話せない」と言ったら……作戦は破綻する。
彼をやっぱり信用できないと判断せざるをえなくなって、今この状況から僕一人でもヴィクを抑える必要が出てくる。
……駄目だ。そういうことを考えるのは。
信じると決めたのは僕だ。なら最後まで信じないと。
「……エペ」
柄を握る力が変わった。
ぎゅっと。さっきより強く。
何かを振り切ろうとしているのかな。言葉にできない何かと、今この瞬間も戦っているのかもしれない。プレヴィでも師匠でもない、もっと内側にある──彼自身の何かと。
僕にはそれが何なのか分からない。推測はできても、確信は持てない。だって僕は剣だ。人の心の奥底を覗き込む機能なんてついていない。
でも──待つことはできる。
彼が言葉を見つけるまで、この手の中で、黙って待つことだけは。
「……えっと、恐怖症とか、正義感とか、シエルへの憧れが、おかしいって話だったよな」
『うん』
……決めたんだね。
握り直した手の震えが止まっている。さっきまでとは別人みたいだ。
迷いが消えた訳じゃないかもしれない。
でも、迷いごと飲み込んで、その上で口を開くと決めた。
『その言い方だとやっぱり……まだ話していないことがあったんだね?』
「……長くなる。本当に長い話になるし、多分俺を憎むかもしれない。それでも、だな?」
『大丈夫。何が来ても、受け止めるから』
今度は小声じゃない。声に出した。
それだけで、もう後戻りはできないって、彼自身が一番分かっているはず。
これから聞くことが何であれ、僕は、ちゃんと聞く。
聖剣エペとして。
勇者シエルの欠片として。
そして──彼の旅に同行してきた、一振りの剣として。
「──俺は」
この一言から……彼の真実が、始まる。
想定外の内容が来ることは覚悟済み。
願わくは、その内容が──彼の潔白を証明するものであるように……。
*
「──という、訳、なんだ」
『……えっとー』
「すまない。本当にすまない。ずっと喋れなくて。でも喋れなかったんだ。許してくれ」
『あ、いや……うん』
「これだけは、喋ると、嫌われるんじゃないかって。そう思って、怖くて、言えなくて」
『それを、ずっと抱えてたんだよね。流石にこれを言わせたのは僕が無神経だ。ごめん』
とんでもないこと聞いてしまった……!?
そ、そりゃ……隠したくもなるし、嫌われるのかって不安になって言い出すのを渋るよ!?
なんだなんだ。彼は魔王でありながら──魔王軍最大の被害者じゃないか。
誰がどの口でヴィクに「信用できないから隠してること喋れ」なんて言えたんだ。
僕だ。
僕に口なんてないけども。
「これで、俺を、信用してくれるか。師匠を助けるために、俺は作戦に参加していいか」
『はい。もの凄くはい。全部疑問解けた。全然信用できます。よろしくお願いしたいです』
ごめんなさい。
ヴィクは最初から最後まで信用できる人でした。
実はプレヴィの手先なのかと疑ってしまいました。
本当にごめんなさい。
君が一人で抱えてきたものを、ここで全部聞いてしまったこと。
楽になったかなんて聞けないし、聞いていいのかも分からないけど。
もう、君は一人じゃないから。
僕達が、絶対に最後まで一緒にいるって誓うからね。
もうちょっとだけ引っ張らせていただきます。
彼の秘密は一応ちゃんと決まっているので。
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