運命的な再開
もう何日目だ。小さい村で二人とも会いたがっているのにニアミスしか起きない。
単純にタイミングが悪いだけ? その「タイミングが悪いだけ」がここまで続くのは流石に不自然というか。もはや芸術の域に達している。偶然を装った宇宙の意志を感じる。
ヴィっくんは本当に会いたがっているのだろうか。
会いたがっていないはずはない。この数日で何度かヴィっくんと顔を合わせたけどその度に「師匠は?」と聞いてくる。聞いてくるくせに自分からは動かない。いや動いてはいるのか。動いているけど噛み合わないのか。
師匠の方はどうだ。あっちも忙しそうにしつつも「ヴィクは元気?」とこっちに確認してくる。元気かどうかは自分の目で見ろ。数百メートル先にいるんだぞ。
この二人は一体何をやっているんだ。十八の男と数百歳のエルフが何をやっているんだ。
「流石に巡り合わなさすぎ。わたしは陰謀の匂いを感じている」
「俺も若干信じ始めてきた……」
でもそれなら話は簡単。
偶然がダメなら必然を作ればいい。
「ということで健気な妹弟子は感動の再会を演出する。ついてきて」
「感動かこれ?」
感動だよ。わたしの手柄。後で褒めてもらう約束をしてほしいぐらい。
わたしと師匠が普段使っている合流地点がある。
人に知られないような秘密スポット。これは師匠の教えだし──ヴィっくんだって昔は使っていた。
昔と場所は変わったけど……そろそろ報告もする頃合い。師匠はきっと来るはず。
つまりヴィっくんをそこで待たせておけばいい。師匠が戻ってくれば嫌でも顔を合わせる。
偶然じゃなくて仕組み。
完璧な作戦。
妹弟子の鑑。
「昔とは全然別の場所になってるんだな……」
「いろいろあって。こっち」
村の外れから森に入って少し。
わたしの足なら大したことない距離だし、ヴィっくんも体力に関しては何の心配もいらない。
道は……まぁ道と呼べるかは微妙なところ。獣道にすら届かない踏み跡程度のもの。
師匠と二人で使ってるうちになんとなく出来上がった経路だから。他の誰かが迷い込むことは基本無いし。だからこそ合流地点として成立しているとも言える。
よし。
後はこの岩と岩の間を抜ける細い隙間を通って……。
……あ。
「お、おい。これ、通るのか……? 結構、狭く、ないか……?」
「あちゃー……」
しまった。完全に失念していた。
ヴィっくんって──閉所恐怖症なんだった。
こりゃ失敗したなぁ。
小さい頃もそうだった。かくれんぼで狭い場所に隠れるのを異様に嫌がっていたような。
箱の中に潜んだわたしに「よくそんなとこ入れるな……」と引いた目で見ていたのは忘れていない。
昔はもっと広い別の場所を使っていたけど……でもヴィっくんが旅に出てからはこっちの方がずっと近道で。二人で使うならこっちの方が圧倒的に便利だし。いつの間にかこっちが定番になっていた。
師匠は背が高いけど細身だから通れるし。わたしもこのせくしーな肉体があるけど体格が普通だから通れる。ただヴィっくんは……背も高いしガタイもいい。昔のヴィっくんですら別ルートだったのに今のヴィっくんは明らかに当時よりさらに成長している。間違いなく窮屈。
「……サシナ。別の道は」
「ない」
「……本当に?」
「非常に残念ながら。ここしかない」
「……………………」
あぁ。本当に懐かしい。
手足が自由に動かせない閉塞感が苦手だと言っていたか。怖い時に逃げ出せないのが嫌だとか言っていたか。狭いだけなのに逃げ出すも何もないと思うが。
何か苦い思い出が? しかし幼馴染のサシナちゃんは何も知らないぞ。
しかしここで諦める訳にはいかない。ここで諦めたら次に出会えるチャンスはいつ?
そうなったらまたニアミスの延長戦。今度こそ宇宙の陰謀を疑う。
せっかく完璧な作戦を立てたのにルートの問題で破綻するなんて。これはわたしの見通しの甘さだ。自戒せよサシナ。
だが反省は後でいい。
ここを通るしかない。他に選択肢がない以上はここしかない。
「ヴィっくん」
「……なんだ」
「行って」
「…………」
目で促すのだ。力強く。
妹弟子の信頼と期待を全身全霊で込めて。行け。
「……っ」
「ほら」
師匠に会いたいんでしょヴィっくん。
数年分の空白を埋めたい。しかし何故か巡り合えず毎日そわそわするだけ。聞かれてもいないのに身だしなみを気にしたり。師匠の近況ばかり聞いていたり。もどかしいことこの上ない。
分かっている。わたしはずっと見ていた。
だったら岩の一つぐらい我慢してもらおう。
あ……行った。
ひーひー言っている。かっこいいお兄ちゃんの無様な姿。これは貴重。
「せ、狭……っ! サシナ、本当にここしか……っ!?」
「頑張れ。師匠が待っている。多分」
「多分!?」
多分は多分。確実とは言っていない。
でもこの時間帯なら高確率でいるはず。わたしの経験則に基づく予測。精度はそこそこ。
仮にいなかったとしても……まぁ。ヴィっくんがこの隙間を通り抜ける経験をしたこと自体は無駄にはならない。多分。
成長の機会。修行の一環。前向きに捉えてほしい。
悲痛な声が岩の間に反響しているのがちょっとだけ面白い。ちょっとだけ申し訳ない。
でも今更引き返す方が大変だと思うので頑張ってもらうしかない。
妹弟子は応援している。
心から。本当に。
……いや遅い。
もうわたし先行くよ。
*
はい到着。やっと通路抜けた。
ヴィっくんは……まだ後ろでひーひー言ってるな。
それでも師匠に会いたいから頑張ってるんだろうけど。
さて師匠は……。
……?
「──誰?」
誰かいる。
師匠? この場所を知っているのはわたしと師匠だけ。誰かいるなら師匠。そのはず。
でも……なにか違う。
雰囲気が違いすぎる。何か変な魔力も。少なくとも師匠にこんな魔力感じたこともない。
「──こんにちは。お邪魔しています」
……おっと。
プレヴィ?
あれ。おかしいな。
どうしてここにいる?
「言い残すことは? 場合によっては生きて帰せないけれど」
「えっと。そんな怖いこと言われても、困ってしまうのですが……」
何を惚けている?
わたしは本気なんだけど。
盲目で。療養中で。師匠の家のベッドの上にいるはずの人間が。
わたしと師匠しか知らない秘密の合流地点に。普通に。当たり前みたいな顔で。座っている。
いやいやいやいや。
おかしいおかしいおかしい。
ここに来るにはあの通路を通るしかない。あの幅を。あの体で。盲目で。
しかもここの場所自体を知っているはずがない。わたしは教えていない。師匠だって教える理由がない。ヴィっくんは昔の合流地点しか知らないし今の場所は変わっている。
じゃあどうやって。いつ。誰に聞いて。どのルートで。盲目なのにどうやってここまで一人で辿り着いた。
さてはテレポートの使い手?
「その武器を下ろしては頂けませんか?」
「頂けない。自分の行動を自覚してから口を開いてほしい」
嫌な勘が鳴っている。
今までで一番うるさい。振り切れてる。計測不能。
あの日──プレヴィと二人で話した時に感じた違和感。あれが今全身を駆け巡っている。あの時はまだ「何かおかしい」だった。今は違う。おかしいとかそういうレベルじゃない。
あの時告げ口すると決めた。師匠にプレヴィが隠し事をしていることを伝えると決めた。
実際師匠は聞いてくれたけど……まだ様子を見てみようって提案するだけだった。
もっとしっかり動くべきだった。わたしの判断が甘かったのか。
甘かった。きっと甘かった。
切り替えなくては。場合によってはこの人を今この場で殺す必要が出てくる。
声を出すな。表情を変えるな。何も悟らせるな。
わたしの得意分野。気配を消すこと。感情を出さないこと。
いつも通りにすればいい。いつも通りに。いつも通りに。
「──はぁっ! やっと、抜けた……っ! サシナ、もう二度とあの道は………………ん?」
「こんにちは。ヴィクトール様」
「ヴィっくん。下がって」
「えっと、悪い。これは……どういう状況だ?」
生憎だけどわたしにも分からない。そんな顔でこっちを見ないでほしい。
別にドッキリとかそんなでもないし。彼女と口裏合わせした覚えもない。
だから「え、プレヴィをここに連れてきたのか? 寝込んでたんだぞ?」みたいなことを言いたげに見られてもわたしにはどうしようもないのだ。
ほら。あまりにも驚きすぎてさっきまでの恐怖すら一瞬で吹き飛んでいる。
当たり前か。療養中のはずの人間がこんなところにいる。困惑するに決まっている。
ただヴィっくんにとってプレヴィは知り合い。スライムから助け出した被害者で襲われていた時の記憶を失った気の毒な人で。
だからきっと心配の方が先に来てしまう。
「プレヴィ……? なんでここに。体は大丈夫なのか?」
「おかげさまで。それより、ヴィクトール様──お師匠様とは出会えましたか?」
……は?
「……待ってくれ。意味が分からない。おかしくないか」
……そうだ。
なんでその言葉が出てくる?
ヴィっくんが師匠に会いたがっていることを。というかそもそも二人が師弟であることを。この人はいつ知った。誰から聞いた。ずっと寝込んでいたはずでは。
療養中にベッドの上で。この小さな村の噂話で耳に入った? 赤の他人がお見舞いに来た時の世間話程度で? それで済ませていいの?
盲目の人間がわたしと師匠しか知らない場所に一人で来ておいて──「噂で聞きました」で……いや納得できない。
「その様子だと、まだ出会えていないようですね」
「なぁ、プレヴィ。君は療養中のはずだ。安静にしているべきだし、ここにいるのは変じゃないか。それにどうしてそのことを……」
「待ってヴィっくん。何か来る」
「……え?」
微かにだけどさっきから足元が揺れてる。
地面だ。地面の下から何か来る。何か流れるような塊が。地面の中をずっと潜ってきているような。そんな何かがすぐ近くに来ている。
どんどん揺れが強くなってる。明確にこっちに来ている。ヴィっくんも気づいた。とりあえず一旦ここから逃げないと。
「……ふふふ」
じゃあなんで目の前のこの女は。
微動だにせず──
──ズバァッ……!
「な、なんだ……! スライム……!?」
「ヴィっくん!」
でかい。スライムだ。スライムが地面から生えてきた。
あの斥候とは比較にならない。こんなものがずっと地面の中に。
というか。あのスライム。中に誰かいないか。
半透明の中に……人が。細い体で長い耳の……。
「探し人は、こちらの方ですか?」
……えっ。
師匠?
*
「は……!? ど、どういう……?」
本当に。何がどうなっている?
なんでスライムの中に師匠がいる? どうして師匠が。あの斥候に捕食されていたプレヴィと同じように──いやもっとずっと大きなスライムの中に丸ごと飲み込まれていて……。
いつ捕まった? つい数時間前まで村で見かけていたのに。
どうやって? あの師匠を捕獲するだなんて。拘束とは無縁の人間なのに。
そしてそのスライムを。
どうしてこの女が使役しているのか。
二人の。数年越しの再会が。
こんな形で──
「……ッ、師匠!」
「ご注意を、ヴィクトール様。無理に近づけば──ラ・ヴァアズがお師匠様を握り潰します。それでもよろしければ」
「……!」
……っ。
卑怯な。当たり前だ。そんなこと言われたら止まるしかないぞ。
別にスライム程度いくら大きいとはいえわたし達の敵じゃあない。わたしは敵の隙をすり抜けて突き進めばいいだけだし。ヴィっくんに至ってはスライム程度に拘束されようと一切意味がない。
敵がこれだけなら正直いくらでも相手できるというのに。
でも。
今のは即ち──師匠を人質に取っているという趣旨の発言。
師匠を盾にされている。力で突破すれば師匠が死ぬ。
あのスライムで包み込まれた師匠を……握り潰すと。
「ラ・ヴァアズっていうのは?」
「あぁ、サシナ様はご存じないかもしれませんね。魔王ル・マル様が大変可愛がっておいでだった──御用達のペットです。ね?」
──きゅるきゅる♪
魔王の……ペット。
魔王……。
プレヴィはずっと穏やか。余裕がある。
人質がいるからか。あのスライムが懐いてるようにくっついてるか。自分の優位を確信しているような。
前までの「か弱い占い師」は微塵も残っていない。声の調子も話し方も。こっちを見つめる──盲目のはずの目も。
本当にその目は見えていないのかもしれないけれど。それよりもっと大事なものを見透かしてくるような目。
「ラ・ヴァアズは地面を自在に移動できます。どこまでも深く、どこまでも広く。地中に溶け込み、どこまでも広く広がっていくのです」
そういうことか。
つまりあのスライムはこのラ・ヴァアズの眷属だった。
あのスライムのボスがこのラ・ヴァアズだった。
なるほどなるほど。辻褄があった。合点がいった。最悪な結果が理解できた。
「そして今やラ・ヴァアズはこの村全域に広がっています。地面の下、隅から隅まで。魔力が充満しすぎて、逆に感知しにくくなっているでしょう? 水の中にいる魚が水を意識しないように」
だからだったのか。
師匠が捕まるなんておかしいと思っていたけれど……敵であるこのスライムは地面そのものだった。いくら隠密に長けていようと全てが死角になりうるなら隙を突くことは造作も無いし。逆に頭上を歩く敵に気づかないなんてこともあり得ない。
師匠の罠を出し抜いていた理由も。地上に罠を張っていたところで地面の下を素通りされていたから捕まえられないのは至極当然のこと。
村の周辺で生き物が消えていたのはこのスライムが食事をしていたせい。鹿の生首の断面が溶けてふさがっていたのはスライムの消化液。
師匠と二人で分析していた「移動型の捕食者」の正体がこれ。分析は合っていた。合っていたけど──地面の下にいたとは。流石に想定外。
じゃああの斥候もただの偵察でなく──プレヴィをこの村に送り込むためのものだった。
あくまで魔物に襲われたという体なら疑われることなく村の中に溶け込めるし。なんて悪魔的。いや悪魔か。
「目的は……目的は何だ。何のためにここに来た。あの言葉は嘘だったのか。村の皆には……」
「落ち着いてくださいヴィクトール様。村の方々に興味はありません。標的はお一人だけ」
……標的。
それが師匠?
初めから──師匠を狙っていた?
「かつての時代の知識をお持ちの方。数百年前の記憶をそのまま抱えたエルフ。私にとって……非常に都合の悪い存在です。消えていただく必要がありました」
なるほど。だから。
魔王軍を秘密裏に倒して回るわたし達だけれど。まさか向こうの方からこっちを補足してくるなんて。
「……!」
ヴィっくんが震えている。怒りか。恐怖か。
分からない。顔は見れない。わたしだって見る余裕がない。
でも声で分かる。押し殺している。今にも爆発しそうなのを必死に堪えている。
もし師匠がいなかったら──きっと今すぐにでも剣を引き抜き振り下ろしている。
わたしは──どうする?
隠密で隙をついてスライムを直接叩く? いや。村全域にまで広がっている個体をわたし一人の攻撃で倒せるとはとてもとても。
師匠を助け出す? どうやって。力任せにやればプレヴィの言う通り握り潰される。
逃げるのも……無理か。地面の下全部がこれだし。
師匠の命が危ないというのにこれでも冷静になれてしまうのは良いことなのか果たして。
要は詰んでいる。
完全に詰んでいる。
でもどうしてそのことをわざわざ説明?
別にそんなの黙っていればいいのに。何か他に目的が?
「……師匠を離せ。その人は、お前が触れていいような人じゃない」
「お断りします。いくらラ・ヴァアズがいるとはいえ、ヴィクトール様の実力は折り紙付き。人質がいなければその瞬間私は殺されてしまう」
「だから殺してやると言っているんだ。魔王の手先が」
「……魔王の手先、ですか。少し誤解があるようですね」
「何を……」
「私は、魔王ル・マルの力の一端を受け継いだ──新たなる魔王が一人、プレヴィです」
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