話はとんとん拍子に
『──じゃあ、サシナ仲間入りについては打診の方向性で決定だね』
「それでいいと思います。次の議題に行きましょう」
第五十二回勇者会議。
サシナを正式に仲間として迎え入れるかどうか。
その議題に思ったよりも時間を割いてしまった。
まぁ前向きな結論が出ただけよかったというべきだろう。
エペは『仲間は多い方がいい』と前向きだったし、マージュとルメドも概ね賛成寄り。リュトは「好きにしろ」と言っていたが、あれは反対ではない。エスクリも慎重……というか不満気ではあったが否定はしなかった。
私自身は──正直まだ警戒心が拭えていない。だがこの警戒心の理由は分かっている。私より先に知り合いだったという事実だけだ。これ以上自分の感情だけでうだうだいうのは時間の無駄でしかない。
結論として、サシナには打診をする。タイミングと伝え方はヴィクトールを交えて決める。
それでいい。次だ。
「──では、次の議題に移りたい」
ここからが本題。
さっきまでとは空気を変えないといけない。
サシナの件で共有した異変の話が全員の頭に残っているのは分かっている。だからこそ、次に私が何を言うかも予想がついているだろう。
全員の目がこちらを向いているのは……覚悟はできているということだと受け取るぞ。
「村人達の避難について……だ」
……反論はないな。
やはり全員が考えていたことだったか。それならなおさらここで方針をまとめておくべきだ。
「サシナとエネから聞いた話を改めて整理するぞ。村の周辺で、生物が完全に消えた区域が複数確認されている。鳥も虫も小動物もいない空白地帯。生物の死体も見つかっている」
「……絶対異変だよね」
そうだな。
サシナは案外大したことでもない、といった風に報告してくれたが……生物が完全に消失した空間が存在するなど、異変以外の何物でもない。前日まで普通に生物が確認できていたなら猶更だ。
「ヴィクの師匠……エネも独自に同様の異変を確認しているらしい。発見場所は北東、南、西とバラバラだ。法則性がない。村を包囲しているのではなく、広範囲に何かが潜んで移動していると見るべきだろう。しかも一切罠にもかかっていないそうだ」
「それは……避けてるってことかな。それとも偶然?」
「分からない。だが数百年の経験を持つであろうエネの罠を出し抜いているなら──相当な相手だな」
エスクリの問いは的確だ。普段の振る舞いからは想像しにくいかもしれないが、こういう場面でのエスクリは頼りになる。要点だけを突いてくる鋭さがある。
それだけに、この先の提案がすんなり通るかどうかが気がかりでもあるが。
「ユイヌは小さな村だ。戦える人間はエネとサシナ、それに私達だけ。村人は全員が非戦闘員で、しかも数が少ない」
つまり、もし脅威が本格的に動き出した時、この村の中で全員を守りきれるか、私は自信が持てない。
自分で言っておいて苦い言葉だ。自信を持てないことを認めるのは得意じゃない。でも根拠のない自信で村人を危険にさらすぐらいなら、正直に弱さを晒した方がいい。勇者の使命は格好をつけることではないのだから。
「だから早いうちに村人を安全な場所へ移すべきだと考えている」
「なァるほど。人数が少ない分、動けば混乱は最小限で済むって魂胆だな?」
「そうですね。脅威の正体が判明してからでは遅いですし」
「うん、ボクは賛成。村の人たちを巻き込む訳にはいかないからね」
「ぼくも賛成……なんだけど、一つだけ。避難を提案するのはぼくたちだけど、最終的に決めるのは村の人たちだよね。外から来たぼくたちが逃げろって言って、素直に聞いてくれるかな」
「ふむ……」
確かに。マージュの懸念はもっともだ。
普通に受け入れてもらえるものだったが、それは私の正義感の押し付けでしかないんじゃないか。
私達がいくら正しいことを言っているつもりでも、この村で何十年も暮らしてきた人々からすれば外から来た旅人の言葉でしかない。故郷を捨てろと言われて即座に応じる人間がどれほどいるか──私だったら容易には頷けない。
『だとすると、避難の呼びかけは慎重にやる必要があるね。押し付けにならないように、危険の根拠を丁寧に説明して……結構本格的な説得が必要かもしれない』
「ふむ……ルメド。プレヴィの移動は可能か?」
「体の方は問題ありません。歩行もできますし、馬車ならなおさら。ただ……環境がさらに変わるとなると、精神面に影響が出ないとは言い切れないですが。まぁ背に腹は代えられません」
そうだな。配慮は怠らないが、命には代えられないのだ。必要とあれば多少の無理は通す覚悟を持つべきだ。
ルメドがこうして患者の心身両面を気にかけるのは治癒術師としての誠実さの表れだろう。ただ今の状況では優先順位をつけなければいけない。
ルメド本人は、感情と判断の切り分けが少し苦手なところが見られる人間だが……懸念を口にした上で、それでも正しい選択を選べる。きっと大丈夫なはず。
「ただ、そこまで時間かけすぎていいのか? 偶然通った村にそこまでやるようなら時間なんざすぐ足りなくなるぞ」
「それは……」
「この村を見捨てられねェのは分かる。だが、やるならどこまでやるかスッパリ決めるべきだ」
……そうだ。村人を逃がしたところで森の中に何かがいる事実は変わらない。放置して旅を続けるか、時間を割いて対処するか。魔王復活の期限が迫っている以上、永遠にここに留まることはできない。
避難は一時的な安全の確保であって脅威の排除ではない。ボス討伐まで完全に終わらせるとしたら時間がかかりすぎる。この村だけで片付くならまだしも、アザールまでは他にも相当数の中継を行う必要があるんだ。
だが知らないふりをして去ることがヴィクトールにできるとは思えないし──正直に言えば、私にもできない。自分の相棒の故郷を脅かす存在を見て見ぬふりをするなど、騎士の名が泣く。
とはいえ、ヴィクトールの故郷であるこの村だけ優遇して、他の村や町については無視……ダメだ。勇者という性が全てに邪魔をする。合理的な判断をさせてくれない。むしろこれが勇者としてあるべき姿なのだが……。
「……正直、今すぐ答えが出る問題ではないと思う」
「そうか。まァオレもこれといっていい案がある訳じゃないから文句言えねェが」
「ああ。まずは村人の安全を確保することを最優先として、具体的な脅威への対処は情報が揃ってから改めて考えよう」
とりあえず、説得するのは規定事項だ。
それはそれとして、この問題もいつかしっかりケリをつける。
説得についてはどう行うか。
村で仕事や困りごとを引き受けていたから、この村で誰が取り仕切る役回りを担っているのか。そのあたりは把握しているつもりだ。
なんとか頼み込んで複数人に時間を作ってもらい、こちらも誠意を見せて対応すべきだろう。情報に正当性を持たせつつより迅速な理解を促すためにも、証言が行えて村の人間と顔見知りであるエネかサシナのどちらかを呼び、同席してもらうという方法も考えられる。
あの二人が避難に賛成するかどうかはまだ不明だが……脅威を自分の目で見ているのだから、少なくとも反対はしないだろうし、証言としても十分な効果があるはずだ。
「じゃあ、次にボクからなんだけどさ──」
む。
エスクリか。
「戦力の話。前からずっと温めてた案件があるでしょ。シュヴァの強化魔法とエペの変形能力を組み合わせるやつ」
『あ、やっと出してくれた。僕もそろそろ言おうかと思ってたんだよね』
あ、ああ。そういえば、あったな。
テスターのエスクリ、魔力タンクのマージュ、修理や改造のルメド。そして強化の私が加われば、魔王復活阻止へ向けての新たな第一歩になるのではないかという……。
「脅威の正体が何であれ、こっちの手札は多い方がいい。避難の準備と並行して──そろそろ本格的に試してみない……?」
*
……村人への説明は、今、これで終わった。
言うべきことは全部言ったはずだ。異変の内容、死骸の事実、魔物の斥候。全部事実だけ並べた。脚色なんてしていない。
あとは──返事を待つだけなんだが。
「……ふぅ」
「あー……」
「……まぁ」
……誰も、何も言わない。
余計なことを言ったか? もう少し言葉を選ぶべきだったか? いや、事実を述べただけだ。事実以上のことは何も言っていない。
私だけで来たのがまずかったか? エスクリは空回るし、マージュは緊張しやすい。リュトは態度が悪いし、ルメドはプレヴィを見ていないといけない。妥当な人選だと思うが。
ヴィクトールの師匠のエネも、時間ができたから在籍してもらった。情報の正確性については彼女が補足してくれたし、村の人間とも顔見知り。嘘をついている訳ではないと分かってもらえるはず。
だが、目の前の大人たちは押し黙ったまま、互いの顔を窺い合っている。腕を組んでいる者、目を伏せている者。村を取り仕切る立場の者が集まっているが、そうすぐに判断はできないか。
分かっている。当然だ。何十年と暮らした土地を離れろと言われて、はいそうですかとなる人間がどこにいる。私だったら無理だ。
事実だけで人が動くなら苦労はしない。正しいことを正しく伝えれば伝わるというのは、正義を振りかざす側の驕りではないのか。そんなことを思い知った機会が何度もあったはずだろう、私は。
……もう一押し、何か言うべきか。いや、ここで焦って口を開くのは逆効果だ。向こうが考えている時間を奪ってはいけない。
「……お嬢さん」
──来た。
ヴィクトールの父親だ。
どっちだ。受け入れるのか、突き返されるのか。
「正直な話、信じたくはないよ。ここらの森で変なことが起きたなんて、俺が生きてる間じゃ一度もなかったんだ」
「……承知している」
そうだろうな。
この村はずっと平和だったんだ。そんな場所の人間に突然「危険が迫っている」と言ったところで、実感が湧かないのは当たり前で──
「だがな」
……っ!
「あんたらがここに来てから、随分うちの村を助けてくれたのは見てた。力仕事も、水汲みも。頼んでもいねぇのに」
「……それは、当然のことをしただけで」
「当然のことを当然にやれる奴は少ねェんだよ」
……。
「嘘ついてまで俺たちを脅す理由があるようにゃ見えねェし──何より、お前はあいつの仲間だろう」
あいつの仲間。
たった一言だが──それがこの村でどれほどの意味を持つのか。
彼は数年も故郷を空けていたのに。それでも「ヴィクトールの仲間」というだけで信用の土台になるのか。
……やっぱり彼は、愛されて育った、普通の人間なんだ。
「エネ。お前もそう思ってんだな?」
「……ええ。私も、万が一に備えて避難するに越したことはないと判断したわ」
迷いのない声。
……やはり、この村におけるエネの言葉の重みは相当だ。同席を頼んで正解だった。
「……分かった。準備を始めよう」
──通った。
通ったのか。本当に。
「行き先は俺たちに当てがある。知り合いがいる町があるんだ」
「勿論。そのあたりは皆さんの意見を最大限尊重するべきだから」
「おう。なるべく早く……今日か明日にでも出発しよう。通り道に問題はあるか?」
「大丈夫よ。あの町に続く道には一切異常が無かった。それでも、早いうちがいいでしょうね」
「そうか。それもそうだな……よしお前ら! 準備するぞ!」
重い頷きが一つ、二つ。
まだ不安が消えていないのは見れば分かる。それでも──動く、と決めてくれた。
もっと時間がかかると思っていた。何度も足を運んで、何度も頭を下げて、それでもダメかもしれないとまで覚悟していたのに。
信じると決めたら腹を括るのが早い。
……こういうところが似ているんだよな、彼と。
「なぁ、お嬢さん」
……っ!
「あんたは残って、その問題とやらを解決するつもりなんだろ」
「……ああ。それが私の使命だから」
「そうか……」
「じゃあ、うちの息子のこと──よろしく頼むぞ」
「……はい!」
大人たちが避難の段取りを話し始めて、私の出る幕はなくなった。
荷物がどうとか、家畜がどうとか。そこから先は、この村で暮らしてきた人間にしか分からない話だ。
ただ、今日か明日にも出発してくるという話だ。貴重品もきちんと持っていくように伝えたら「別に信用してるから」などと返されたが……場合によってはこの村でさえ戦火に巻き込まれるかもしれないんだ。信用され過ぎもいかがなものか。
……あ。
そういえば。
「その……エネ殿。今回のことは……感謝する」
「あら? 改まらなくていいのに。私だって賛成だったから」
「いえ……」
……いや、怖気づいてどうするシュヴァ。
言いたいのは感謝だけか? そうじゃないだろう。
「一つ……謝りたいことが」
「謝る?」
ちゃんと言っておかないと。今しかないと思え。
この後すぐに戦いが始まってもおかしくないのだから。
「初めてお会いした日のこと。リュトが失礼をしたのは勿論だが──私も、失礼な態度を取ってしまった」
「ああ、あの時の……気にしてたの?」
「はい、ずっと」
「初対面で緊張するのは普通のことよ。私の方こそ、ちゃんと挨拶もできなかったし」
……ありがたい。
気にしていない、と。
本当にそうなのかは分からないが、責められている空気は感じない。サシナが「優しい人」と言っていたのは嘘ではなかった。
……この人が本当に訓練中は別人になるというのなら、それはそれで恐ろしいが──今はそれを確かめる場面ではない。
ただ、気にしないでいてくれるなら、遠慮なくその言葉に甘えさせてもらう。正直あの時は私も正気を保てていなかったように思うし。
あとは……。
「……もう一つ、聞いてもいいだろうか」
「なぁに?」
「ヴィクトールとは──まだ……会えていない?」
だってこれは、流石におかしいじゃないか。
私もこの村に来て、ヴィクトールが師匠に会いたがっていることは流石に理解している。エネと初めて会った以降も、ヴィクトールとは何度も顔を見合わせているし。そんな時にヴィクトールが「師匠とまだ会えていない」などとこぼしているのを確認している。
そして、エネともたまには顔を見合わせている。彼女の方も避けている様子は見られない。
じゃあ、どうして会えていない。
おかしいじゃないか?
「……そうなのよね」
……ほんの僅か、目元が緩んだ。ように見えた。
緩んだでいいのか。力が抜けたのか、堪えたのか。
一瞬すぎて判別がつかなかったぞ。判別がつかないのに、私はなんでそんなところを必死に読み取ろうとしているんだ。
「罠の設置で走り回ってる間にあの子は村のお手伝いに行ってるし、戻れば入れ違い。サシナに聞いたら何度もニアミスしてるらしいのだけど」
「……何日経ったか、確か……」
「数えないで頂戴」
まぁ、そう言いたくなるのも仕方ないか。
だが、こんな小さな村だぞ。避けようとしなければ嫌でも顔を合わせる距離じゃないか。二人とも会いたがっているはずなのに──どうして。
どちらかが無意識で避けているのか。どちらも避けていないのに何かがズレ続けているのか。
……ヴィクトールはエネのことが、好き……なんだよな。
違う。消えろ。今はそういうことを考えている場合じゃない。
彼女はヴィクトールのことをどう思って──ああやめろ! やめろシュヴァ。私がすべきは村の安全の確保であって、相棒の恋路を詮索することでは断じてない。
そんなもの、私には一切関係しないのだから。
「……きっと、会えるだろう。この村にいる間に」
「ふふ、そうだといいわね。それじゃあ私はこれで」
「ああ……」
そんな。あまりにも自然で、穏やかな笑顔ができるなら、嘘をついている……ということはないだろう。むしろ意識して会いたがっている、そのはずだ。
彼女の方も長年会えなかった弟子に会いたがっている、それは事実のはず。
……そうだ。
避難の段取りがまとまれば、プレヴィにも伝えなければ。
彼女はエネの家で保護されている身。計画から外すわけにはいかない。
ルメドとの確認も必要だが──まずは本人に話を通すのが先か。
エネの家はここからすぐだ。
*
プレヴィがいない。
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