今日の収穫は鹿二頭
偵察からいざ帰還。
異常なし。今日も平和。
それがいいことかは分からないけれど。
ユイヌに戻って来てからもう数日が経つ。
師匠が忙しくなってから魔王軍の拠点への破壊工作は一時休業。となればわたしの仕事は定期的な偵察。村の周辺を巡回。怪しい気配がないか確認のみ。それだけ。
あの斥候のスライム以降。新たな魔王軍の動きは確認できていない。
一体だけの偵察要員だったのかそれとも深追いを避けているのか。判断材料が足りない。
わたしには分析する頭がないのでそのあたりは頭の良い人たちに任せている。適材適所。
状況を整理しておこう。
空いた時間で理解を深めるのは時間の最も有意義な使い方の一つ。
スライムの中から出てきた占い師の人──プレヴィ。
意識は戻ったらしい。ただ記憶がないとのこと。何も覚えていない。
どうしてあんなところにいたのか。誰に襲われたのか。全部白紙。
これは強敵。せっかく助けたのに何も覚えていないなら犯人が分からない。
体の方はもう問題ないとか。頭の中身だけが空っぽ。なんとも不便な状態。
今はエネの家で保護されている。師匠の家が臨時の診療所になってしまった。小さな村の宿命と言うべきか。師匠は何も言わなかったけど……まぁ師匠はそういう人。
「──サシナ! 戻って来てたか!」
「戻った。今日の偵察も無事終了」
おお。
ヴィっくんの出迎えとは。これまた新鮮。
「そうか、疲れただろ。何かできることはあるか?」
「ほう? 言ったな?」
ヴィっくんが連れてきたパーティーの面々はプレヴィや魔王軍についての続報が出るまでユイヌに留まる方針で動いている……らしい。臨時のお客様に村もほくほく状態。
おそらくヴィっくんのことだし故郷の安全を確認したいのだと思われる。本来は旅を急がないといけないらしいけど。魔王軍が迫っている可能性があるとなれば迂闊に出発もできない。ヴィっくんは情に厚い人。無情にはなれないのだ。
もしプレヴィの記憶が戻れば何か分かるかもしれないという期待もあったり?
わたしも妥当な判断だと思う。詳しくは分からないけど妥当かどうかぐらいは分かる。多分。
しかし悲しいかな。こうして偵察を続けているけど何も新情報は手に入らない。
今日も動植物が賑やかな森の中を駆け回っただけ。
見つかったのは鹿が二頭。仲睦まじくてわたしは非常に満足だが。
偶然見つかったあのスライムの斥候以上のものはずっと見つからない。
もしかしたら本当に脅威は存在しない。こうして注意を逸らしヴィっくんを村に留めておく作戦なのかも。
だとしたら狡猾。魔王軍はかなり上手い手を考えたと言える。
「もし一か月以上問題が見つからなかったら、俺達は旅に戻ろうと思ってる。あまりここで時間を割きすぎる訳にもいかないし」
「妥当な判断。確かに一か月も帰郷すれば十分か」
「そうだな。補給だけのつもりなのに、一か月は滞在する予定を立てちまった」
「そして一か月後再び分かれる。わたし寂しい。ぐすん」
「うっ……い、いや。その手には乗らないぞ」
……チッ。
流石に引っかからないか。
情を引き出して何か約束事でもふっかけてやろうかと思ったけれど。
師匠にもっと上手い演技を習っておくべきだった。
ただ。
どちらかというと可哀想なのは……。
「それで、サシナ」
「ん?」
「師匠は、その……どうなんだ?」
「……まだ会えてないの?」
これだ。
確かに師匠は毎日早朝から村を出ている。魔王軍の動きを警戒してるから。より早く敵を発見するための罠の設置に力を注いでる。
わたしは罠を仕掛ける技術がないし発想もない。暗殺術は教わったけど罠術は専門外。わたしにできるのは走り回って目を光らせることだけ。
おかげで師匠は時々夜まで戻らないこともある。あの広い範囲に一人で罠を張り巡らせているのだから当然といえば当然。数百年のベテランでも体は一つしかない。
そしてそのせいか。
ヴィっくんは未だに愛しの師匠と再会できていないらしい。
「……そうなんだよ。俺、結構毎回緊張してるんだけど……」
「師匠はたまに村に戻ってきている。それでも出会えていない?」
「……そうなのか!?」
「可哀想に。幼馴染の健気な姿勢に涙が出そう」
師匠も師匠とはいえずっと偵察と罠の設置に時間をかけている訳ではない。
警戒を怠りはしないけれどそれでも人間……というかエルフ。疲れるものは疲れる。戻って来て休んだりするのも当然のこと。
しかし戻ってくるたびにヴィっくんはいない。一昨日は村人に呼ばれて東の畑にいた。その昨日は力仕事を任されて忙しそうにしていた。久しぶりの帰郷に心が揺れて頼み事を断り切れないと見た。おとなしく師匠の家にずっと居座っておけばいいのに。
「毎回惜しい。すごく惜しい。あと少しずれていれば会えていた」
「……なんで、教えてくれなかったんだよ」
「まさかここまでニアミスを繰り返しているとは思わず。流石に何度かは顔合わせしているかと」
「……ぐっ」
ヴィっくんが黙ってしまった。
怒っているのか呆れているのか。それとも別の何かなのか。
わたしには判別がつかない。ただ耳の先がちょっとだけ赤い。
これは怒りの赤ではないと思う。多分。
……まぁ、運が悪いだけ。
二人とも村のために動いているのだから、タイミングが噛み合わないのは仕方がない。ヴィっくんは知らなかっただけで、師匠もきっと同じことを思っている。
すれ違いはすれ違い。悪意も怠慢もない。ただの巡り合わせ。
そんなに師匠に会いたいなら村を出なければよかったのに。
過去の己を恨むがいいぞ。
*
戻って来ても師匠がいないとまるでやることがない。
偵察。報告。待機。偵察。報告。待機。
わたしの日常は基本このローテーションで構成。指示待ち人間の鑑と呼んでほしい。
師匠からの新しい指示もない。ヴィっくんから何か頼まれた訳でもない。
ヴィっくんたちが何か急いでいるのは知っているし魔王軍が動いている可能性を警戒しているのは知っているけれど。あのパーティーにも多分深い事情があるだろうし聞く気はない。
つまり。次の偵察の時間まで特にやることがなくなった。
となると。この空いた時間は完全にわたしの自由。
自由と言われても特にしたいことがない。これがいつもの困りごと。
「とりあえず散歩でも」
散歩は体力の維持に良い。偵察で走り回った後の整理運動としても悪くない。
そう自分に言い聞かせないと歩く理由すら見つからないのはどうかと思うけれど。まぁいいか。
小さな村だから一周するのにそう時間はかからない。
ヴィっくんの仲間たちもこの村にすっかり馴染んでいるご様子。あちこちでそれぞれ何かしているのが目に入る。
仲間というものは面白い。同じ集団にいるのに全員やっていることがバラバラ。統率が取れていないとも言えるし各自が自分の役割を理解しているとも言える。
多分後者。ヴィっくんの仲間なのだからきっとそう。
……おや。
あの二人は……エスクリとマージュか。剣士と魔法使い。
──「じゃあエペ。次の勇者会議には……」
──「……うん、そうだね。ヴィクくんを支えるためにも……」
……何をしているんだあれは。
剣に……話しかけている?
エスクリが剣を膝の上に乗せて真剣な顔で語りかけている。
マージュもそれに相槌を打つように頷いたり時折剣に向かって口を動かしたり……一種のお手入れ? 最近のトレンド?
剣士には剣を相棒として扱う文化があるとは聞いたことがある。わたしは武器使い捨て流派だからよく分からないけれど……しかし二人がかりで剣に話しかけるのは初めて見る光景。
仲が良いのか。それとも二人とも少しおかしいのか。
両方かもしれないな。
エスクリ。
所謂ナルシスっぽくてちょっと自信過剰なとこのある子。あとヴィっくんの周りに誰かがいるとちょっとだけ目つきが変わる。気のせいかもしれないけれど──気のせいじゃないと思う。わたしの勘は割と当たる。
マージュ。
こっちは少し控えめだけれど、よくヴィっくんの近くにいる。朝ごはんの時も隣の席を確保していたし。夜は何か書き物をしながらヴィっくんの方をちらちら見ていた。ヴィっくんと仲がいいのだろう。微笑ましい。
「あっ、サシナさん。お疲れ様です。偵察はどうでした?」
この子は……ルメド。僧侶。
エネの家の方から出てきたということは……プレヴィの看護をしていた?
よく見れば手に洗い物らしきものを抱えている。
当たり! ビンゴ! ……多分。
「異常なし。鹿二頭を視認。元気そうだった」
「えっ、鹿ですか……? まぁ、よかったです。何事もなくて」
ルメドの印象は──礼儀正しい。声をかけてくれるのもありがたい。
話し方にも所作にも育ちの良さがにじみ出ている。わたしとは違う種類の人間。
ただなんとなく。この人はいつも少しだけ急いでいるように見える。焦っているというか時間に追われているというか。歩くのが速いとかそういう物理的な話ではなく、もっと内側の何か。
「プレヴィの様子はどう?」
「体の方は問題ありません。ただ、記憶は……焦っても仕方ないので、毎日少しずつ診ていくしかないですね」
「すごい。毎日面倒を見続けるの大変では」
「いえ、僕にできることですから。これぐらいは」
休めていないのでは。治療に熱心なのは立派だけれど、倒れたら元も子もないと思う。
まぁ言っても聞かなさそうな顔をしている。きっとそういう人。
向こうの井戸にいるのは……シュヴァ?
──「お嬢さん、ヴィクの仲間だろ? そんな無理しないでも……」
──「まさか、無理なんかじゃない。私が助けたいからしてるんだ」
──「良い子だねぇ」
彼女は一番ユイヌの村人の人助けに熱心な人。
人助けと言っても頼まれごとを率先して引き受けるだけだけど。
初対面で切りかかってくる人でもあるけれどきっと悪い人ではない。
よくリュトと喧嘩しているのも気になる。
リュトは基本的にシュヴァと離れた場所。あるいは師匠と離れた場所に出没しやすい。
人とつるみたがらない。まさに孤高の存在というか。自分本位というか。
でも子供に優しくしてるとこを見たこともあるし。自分は優しい人じゃないと言い張っているだけなのかも。
そういえばどうしてあんなに師匠を怖がっていたんだろう。やっぱり知り合いだった?
師匠に何をされたんだろう。訓練で殺されかけたとか言っていた気がするけれど──まさか。
いやでも訓練中の師匠ならやりかねない。訓練中の師匠はそれぐらい怖い。「師匠」と「訓練中の師匠」で別の種類の生き物の可能性があるぐらい落差を感じるときもある。否定できないのが辛い。
全員バラバラ。やっていることも。居場所も雰囲気も。
でもなんとなく。この人たちには共通する何かがある気がしている。
分かりやすいのは目の色。あのきらきらした金色の瞳。
それだけじゃない。もっと漠然とした説明のしにくい何か。
空気というか気配というか。自分と似たようなものを内側に抱えている感じがする。
別に確証がある訳じゃない。勘。わたしの勘は割と当たるけれど、勘は勘。
ただ一つだけはっきりしていることがある。
この人たちは善意でこの村にいてくれている。
ヴィっくんの故郷だから。ヴィっくんが心配しているから。
それだけの理由で、自分たちの旅を止めてこの小さな村に留まっている。
急がないといけない旅の途中で立ち止まることを選んでくれている。
わたしにはそういう判断ができない。誰かのために自分の予定を変えるという発想がそもそもない。
だからそれができる人たちは──すごい。
ヴィっくんはいい仲間を見つけたらしい。
ちょっとだけ……安心。
*
今日も今日とて偵察偵察。
もうほとんど日課日課。今日もヴィっくんと師匠のニアミスは続いている。
「……」
いつものルートをいつものペースで。
足音を殺して気配を消して森の中。声を出すなんて言語道断。これだけはどれだけ繰り返しても飽きない。飽きるとか飽きないとかではなく感想を持つ類の作業ですらないのかもしれないけれど。
このまま何も見つからなければ村は平和。それはそれでいい。何か見つかればヴィっくんが大手を振って行動に移せる。どちらに転んでもわたしのやることは変わらない。走って見て戻って報告。単純明快。
魔王軍の気配は今日もない。
いつも通りの森。いつも通りの道。風が吹いて木が揺れて草が揺れて。罠も異常なし。師匠が仕掛けたものはどれも正常に機能している。触れた形跡もない。
何も起こらない日々がまた一つ積み重なる。平和の重ね塗り。贅沢なこと。
「……」
偵察は毎回同じコースを辿るのが基本。師匠の教え。
同じルートを通ることで微細な変化に気づきやすくなる。新しい足跡。折れた枝。踏み荒らされた草。そういうものを拾うには比較対象が必要で。比較対象を作るには同じ道を繰り返し歩くしかない。
地味だけど大事な作業。派手なことは師匠に任せる。わたしは地味担当。
東の尾根沿いを回って。北の沢を渡って。西の杉林を抜ける。
罠の確認も兼ねているから一つ一つ丁寧に見ていく。糸が切れていないか。仕掛けが作動していないか。落ち葉で埋もれていないか。
師匠の罠は精巧にできている。わたしには真似できない。もしわたしに「罠の才能」があれば協力できたのかもしれないけど……ないものはない。きっと勇者シエルにもそんなことはできなかったということ。
細い糸と小さな鈴と……あとよく分からない薬品を組み合わせたもの。仕組みを聞いても半分ぐらいしか理解できなかった。残り半分は「師匠だからできること」で片付けている。それでいい。理解できないものを無理に理解しようとするのは時間の無駄。
「……!」
あ。足跡。
これは……鹿だ!
多分昨日か一昨日のもの。このあたりに住んでいる個体。
この前見かけた二頭かもしれない。あの──わたしとヴィっくんみたいに仲良しの。
師匠の罠は野生動物が引っかかってもすぐ外せるようにできてある。この鹿ももしかしたらひっかかった経験があるのかもしれない。
しかし他に不審な痕跡はなし。人間の足跡もなし。魔物特有の地面の変色もなし。
クリア。問題なし。ここまではいつも通り。
「……」
木漏れ日が気持ちいい。こういう天気の日は偵察も悪くない。
師匠が罠を張ってくれているおかげでわたしは走り回るだけで済んでいる。楽と言えば楽。ありがたいと言えばありがたい。
ただ。何も見つからない日が続くと──本当にこれで意味があるのかと思わなくもない。
偵察そのものに疑問を持っている訳ではない。師匠がやれと言ったからやっている。ただ思うものは思う。一時になったら思考は止められな……。
……おかしい。
変に思考に余裕を割けすぎている。
本当に集中しているなら思考は偵察一本に固定されるはず。
五感の何かしらが今仕事をサボっている。
……耳か?
聞こえない。妙に静か。
自分の心音しか聞こえない。
本来集中して耳を澄ますべきなのに──それをする必要がなくなってしまっている。
おかしい。
偵察中は自分の気配を完全に消しているから周囲の音が際立つのはいつものこと。
木の葉が風で擦れる音。枝がきしむ音。そういうものは聞こえる。聞こえるけれど。
でも──違う。いつもと違う。
鳥の声がない。
ここは普段なら梢の上から何かしら聞こえてくる区域のはず。
さえずりとか羽ばたきとか。枝を渡る音とか。
朝方はとくに賑やかで偵察のたびに頭の上がうるさいなと思っていたぐらいなのに……今日はそれが全くない。
虫の音もない。地面を走る小動物の気配もない。
葉が風に揺れる音だけ。それ以外が何も聞こえない。
生き物が全くいなくなっている?
……間違いない。
視界の届く範囲に生き物の気配がない。わたし以外の命の気配がこの一帯から綺麗に消えている。
自然にこうなることはない。動物は理由もなく一斉に姿を消したりしない。何かに怯えて逃げたか。何かに追われて逃げたか。
あるいは……。
「……!」
……っと?
ああなんだ。鹿の生首か。匂いがしないから変だと思った。
報告案件だ。
感想やご意見をお待ちしていますのでよろしければ……(´・ω・`)
ブックマーク・評価・リアクション等も、可能であればぜひお願いします。大喜びしますので。




