これで謎解明?
……重い。
いや、プレヴィ自身が重いという訳ではなく……この状況が、酷く重く感じてしまう。
背中でおぶられている彼女の体温はひどく低い。スライムの体液で全身が濡れたままだから当然だが、それ以上に長時間魔物に消化されかけていたというのが大きいだろう。呼吸が浅くて不規則なのがどうにも気がかりで仕方がない。
腕に抱えて走れば速いかもしれないが、意識が朦朧としている人間をそんな風に運べば内臓に負担がかかる。一番はこうして背負って走ることだろう。
つまり私は。
一早く村まで戻って彼女をルメドに早く診せるべきなのだ。
エネとサシナは村周辺の再調査に向かった。
斥候が一体いたなら、他にもいるかもしれない。それを確認するのは隠密能力に長けた二人の方が適任だ。いくらサシナが確認したとはいえ、新たな手先が来ている可能性を否定できないし、師匠であるエネも一緒であれば確実性も増す。
代わりに、強化魔法や人一人楽々抱えあげられる私がプレヴィを村へ運ぶ。
役割分担としては妥当な判断だ。
「……護衛、を、雇っていた……のですが」
……っ。
プレヴィか。急に何を。
「そのひとが……気づいたら、いなく、なって……」
「落ち着け、無理に喋ろうとしなくていい」
確かに、彼女がどうしてここにいるのか、いつ襲われたのか、敵はどれだけいたのか……聞きたいことは山ほどある。ただ、それを無理に聞き出すべきじゃない。
助け出した時点で意識も曖昧だったのだし、何かを伝えようとしてくれているのは分かるが、今は体力を温存させるべきだ。
「はぁ、はぁ……は、い……」
「大丈夫だ、今はゆっくり眠っていてくれ」
……しかし。
護衛を雇っていた。その護衛がいなくなった。そして襲われた。断片的すぎる。
そもそもプレヴィはセティで合流した占い師だが……気づけばいなくなっていた。
それが何故今、ユイヌ付近で見つかるんだ? それはつまり、セティからユイヌへ向けて移動していたということだよな。それだと、またしても彼女の行き先が我々と被っていたということになる。そんなことがあり得るのか?
盲目だというのだから、護衛を雇っていたのは何もおかしいことではない。だが、その護衛が消えた。逃げたのか──それとも魔物に狙われて先に殺されたのか。もし殺されたのならどうして彼女は捕食されただけに留まった? 彼女と彼女の護衛に何の違いがあったのか分からない。
服や髪が多少消化されていたのもあるが……数日前に捕食されたプレヴィはどうして完全に五体満足を維持できている? 多少欠損をしていてもおかしくなかったが、そこまで消化は進んでいない。
……魔王軍の斥候スライムの中、だぞ。
偶然飲み込まれたのか? 意図的に入れられた可能性はないか?
もしかしたら魔物の目的は、彼女の捕食ではなく──運送することだったのでは?
考えれば考えるほど分からなくなる。
情報が足りない。推測で補おうにも、手がかりが少なすぎる。
「……何を考えているんだ私は! 人命を助けることが今の定めだろう、シュヴァ!」
彼女がどうしてだとか、敵がどうだとかも重要だが。今一番重要なのは背中にいるこの小さな少女が一命を取り留められるよう全力を尽くすことだけだ。
彼女は護衛ごと襲われてしまった純然たる被害者であって、一刻も早く治療が必要な人間なんだぞ。私は彼女を安全に運ぶという役目を全うすべきであり、個人的な疑念を整理する時間は後でいくらでもある。
「……見えた!」
エネの家だ。
やっと村に戻って来……ん?
──「ヴィクくんのお父さん。性格は結構違ったけど、やっぱり親子って感じだったね」
──「村人からも人気でしたね。どっちかというと村のやんちゃ小僧って感じでしたが」
──「この村って本当に勇者シエルの正確な伝承が伝わってるんだね。びっくりしたよ」
──「……自分の故郷の感想を言われるのは、ちょっと恥ずかしいな……」
ヴィクトール。エスクリ。マージュ。ルメド。
エネの家の前にあの四人が……ああ、そうか。
父親への挨拶と母親の墓参りを済ませて、その次に師匠の家に来たということだな。
でもエネは私たちと一緒に出ていったから留守で。入れ違いになってしまったと。
──「ヴィクくん……緊張してるの? 師匠さんって怖い人だったり?」
──「ヴィクトールさん、そんなに確認しなくても、どこも見た目変じゃありませんよ」
──「そ、そうか? いや、な。勝手に出て行った弟子が、数年ぶりに師匠と会うんだから、ちょっと気を付けておくべきかなと思って……ほら、服とかに汚れがついてるかも……」
──「う~ん……ヴィク! ノックしたけど、返事がなかった。留守みたいだよ」
──「え? ……そう、なのか。今は……いなかったか」
……ヴィクトールが、分かりやすく緊張している。
彼がこんなにぎこちないのは初めて見た。声が少し上ずっているし、否定の仕方も雑だ。
普段のヴィクトールなら軽くいなすか、笑って流すところだ。それができていない。
いやでも、きっと大丈夫だ。
人がいつまでも恋をするとは限らない。今の彼は、かつての師匠以上に今の相棒を大事に想っているかもしれない。そもそもというか、恋愛感情を抱く彼なんて、今でも想像できない。
別に「好きな人とこれから会う」からじゃなくて、「負い目のある自分がこれから師匠と会う」という状況に引け目を感じているだけかもしれないしな。
……ああいや、今はそれどころじゃない。
むしろ、ここにいてくれて丁度助かった。
「ルメド!」
「あっ、シュヴァ……! ……って、どうしたんですかその人!」
急患だ!
……あとヴィクトールはこっち向くな! 彼女、服が溶けてるから!
*
「……なるほど。どうして彼女がここにいるかは分かりませんが、すぐに処置が必要ですね」
「ああ。とりあえず部屋に入ろう。許可は後で取る」
場所はエネの家をそのまま使わせてもらおう。
仮にも裸に近い恰好のまま、何の遮蔽物も無い場所で処置を行う訳にはいかないし、ここまで衰弱している彼女を風邪を吹きすさぶ屋外に晒し続ける訳にもいかない。
エネには無断だが……緊急性があると知れば彼女もきっと理解してくれるだろう。
ここで無断侵入はできないと嘆くより、まずは彼女の命が優先だ。
「患者が女性ですので、できれば同じく女性の方にお手伝いほしいんですが……シュヴァ、協力してくれますか?」
「勿論だ」
「ありがとうございます。他の皆さんは……外の見張りをお願いできますか」
「分かった。任せろ……もう目は開けていいか」
「まだダメだからね、ヴィクくん」
ヴィクトールはさっきからプレヴィの姿を見ないように気を配っているが……それでも心配が声に滲んでいる。彼もプレヴィがどうしてここにいるのか気になっているだろうが……それ以上に彼女は、これまで何度も協力をしてくれた現代の非戦闘職の人間。
そんな彼女が唐突に衰弱した状態で現れたのだから、心配しない方が無理と言うものだ。
安心しろ、ヴィクトール。
彼女を死なせはしない。
──ガチャ……バタン
さっきもリュトと入ったエネの家だが……中は質素ながら清潔で薬草の匂いがする。
エルフの住居というのはどこもこうなのだろうか、それともエネの性格が反映されているのか。薬草とはいえ、エネの職業柄そこにあるのは、人を害する類のものだろうが。
……いや、今はそんなことを観察している場合じゃない。
「とりあえず、情報のすり合わせをしましょう」
「ああ………………ん? 治療の手伝いは……?」
「あ、それは別にいいです。このために入ってきてほしかっただけなので」
えっ。
……いやまぁ、そうか。
別に服があろうがあるまいが、直接見ようが見まいが、ルメドにとっては怪我や衰弱した肉体を回復させるぐらい造作でもないのか。
となると、私とを部屋に招き入れたのは──ヴィクトールがいない空間を作りつつ、サシナに着いていってヴィクトール達側の情報を知らない私に対し、簡易的な情報のすり合わせをするため。向こうは伝言をしに行ったリュトのおかげで、こちらの情報がある程度見当ついているだろうし。
……じゃあリュトはどこに行ったんだ。
いやまぁ、別の場所に一時的に逃げているんだろうが。あんなに動揺してたのに、ヴィクトール達にそのままついていってもう一度エネと合流なんてしたくないだろうしな。
「ヴィクトールさんのお父さんと挨拶をしてきましたが、おそらく本当の親子で間違いないです。顔つきも似ているところがありましたし、簡易的な診断で血縁であることもこっそり確認しました」
「そうか」
「ええ。また、この村ではヴィクトールさんの名前は結構知られていて、多くの大人が『やんちゃ小僧のヴィクトール』として記憶していました。幼少期をこの村で過ごしたのは確実なようです」
「……」
「さらに、この村では勇者シエルの正確な伝承がしっかりと残っていました。おそらく、当時を生きたエネさんが正しい歴史を教えたのでしょう。ヴィクトールさんの知識の大本はこの村で確定かと」
なるほど。
つまり、ほんの数時間この村にいただけでそこまでの情報が分かる……それぐらいには、この村で一般的なことなんだな。
会議の議題にも上がっていたように、ヴィクトールを何か異質な存在ではないかと怪しむ話があったが……そうではなく、ヴィクトールの師匠及びヴィクトールの故郷そのものが特異なものだったということなんだ。
……正直、ほっとしたぞ。
ヴィクトールが実は怪しい立場の存在なのでは……なんて疑いたくなかった。
それは他の仲間たちも同じはず。疑問を抱えていたこと自体が全員にとって苦しかっただろうし、それがこの村に少し滞在しただけで解消された。
……安堵と、それまでの葛藤への虚しさが混在しているような気分だ。
「これらの情報はエペが整理して、念話で共有してくれました」
「そうか、エペが……」
「はい。エペがそこまでヴィクトールさんに疑念を抱いていたとは知りませんでしたが……確かに、あの人には謎が多いですし。同時に、それが解消されて、僕も結構安心してます」
そうだったか。
ルメドはあの晩の会議で眠っていたから知らないんだな。エペがヴィクトールへの疑念を募らせていたことを。疑問を持つことと疑うことは違うし、エペの感情も正当なものだったが、あの会議に参加していた全員がそれに複雑な思いを抱えていたことも事実。
ただ、そのエペが自分で「ヴィクトールの疑念はほとんど解消された」と考えているあたり。やはり彼もヴィクトールの謎を自分で納得できる証拠が欲しかったんだろう。
じゃあ、今度はこちらも、分かっていることを報告しておこう。
「リュトからも聞いているだろうが……エネはヴィクトール及び前世の我々の師匠でほぼ確定だ。魔王軍のことを認知しているらしく、少なくとも悪人ではない」
「……! そうですか!」
「プレヴィはサシナが偵察で発見した魔王軍の斥候に捕食されている状態で見つかった。プレヴィには護衛もいたそうだが、そちらの足取りは掴めず。殺されてしまった可能性もある」
「それは……」
「現在、サシナとエネは新たな脅威が来ているか把握するため、二人とも再度偵察に出ている。場合によっては、魔王軍にこちらの動きが知られた可能性もある」
とりあえず、分かっていることはこれぐらいか。
私個人としては、彼女達も勇者会議に招き入れ、魔王軍の次の動きに対抗するための共同戦線を築き、さらなる準備を推し進めるべきだと考えているが。そこから先の話は、他のシエル達とも要相談になる。
残りの不明要素は意識が快復したプレヴィから再度聴取する形で集めていくことになるな。
「彼女の容態は?」
「命に別状はありません。回復魔法で体力は戻せますが……意識が戻るには少し時間がかかると思います。消化液による皮膚の損傷も軽度ですが……個人的には精神的な衝撃の方が心配ですね」
……当然だな。
力を持たないただの一般人である彼女が、護衛を失った混乱。捕食された恐怖。意識のない間に消化されていたという事実。
……目覚めた時の彼女の心理状態を考えると、すぐに事情聴取という訳にもいかないだろう。
「目覚めるまでは村で保護。それ以上の判断は情報が揃ってからになるでしょう」
「……そうだな。今の段階では何も断定できない」
プレヴィはなぜここにいたのか。
魔物はプレヴィをどういう意図で狙ったのか。
そして──この村に魔王軍の斥候が来ていたという事実は、何を意味するのか。
一つずつ、順番に。
彼の故郷で、彼の過去と、私たちの前世と、魔王軍の影が一つの場所に集まり始めている。
偶然だと思いたいが、偶然にしては出来すぎている。
外のヴィクトールにも報告をしてこよう。
元々補給のために立ち寄ったこの村に、滞在しないといけない理由ができてしまったのだから。
「……あれ。今、変な魔力が……」
「? どうした、ルメド」
「いや……気のせいですね。スライムを飲んでいたのか、プレヴィさんの体内に魔力が残留していたみたいで」
*
もう日が傾いてきている。
いつの間にそんな時間になっていたんだ。村に着いてから、ずいぶん色々なことがあったから……感覚がおかしくなっているのかもしれない。
「プレヴィは……どうだった」
「ルメドの処置が効いた。今は眠っている。しばらくはこの村で保護してもらうことになるだろう」
「そうか……」
ヴィクトールの声も、少し低い。
まぁ、そうだろうな。彼女は謎の多い存在ではあるが、それ以上に無視できない程度には関わってしまっている。その人物がスライムの中から出てきて、ボロボロの状態で眠っているとなれば……。
「斥候の件は聞いたと思うが……エネとサシナは様々な可能性を考慮し、地域一帯の隠密調査に出ている。斥候が来ていた以上、次は本隊が来る可能性もある。この村に、危機が迫っているかもしれない」
「……」
彼からすれば非常に悩ましい展開だろう。
時間が無い我々にとって逸早くアザールへ到着することは何より優先すべき急務のはずなのに──個人的にそれより優先したい、故郷の危機という可能性が出てきてしまった訳だから。
数か月後の世界の平和か、いつ起こるか分からない故郷の危機を天秤にかけられて、普通の人と同じように悩んでいるんだ。
故郷に寄るルートを決定したのが自分自身だからか、自分の都合でパーティーの足並みを止めてしまってはいけないとも考えているのだろう。
しかし。
悩んでいるのは君だけではない。
「水臭いじゃないか。残ろうよ、ヴィク」
「故郷が心配なんでしょ? ヴィクくん」
「……エスクリ、マージュ」
その通りだ。
いくら急ぐ必要があるとはいえ、身近な脅威を捨て置く訳にはいかない。もうすぐ襲われるかもしれない人々がいると分かっていて、それを無視してまで強行しようと考えられるほど、勇者というものは効率的にできていないのだ。
「ヴィクトール」
「……シュヴァ」
「君が故郷を大事に想う気持ちは当然のものだ。遠慮するな」
「……!」
フッ、そんな驚いた顔なんてしてみせて。
私がこんな事を言うのは意外か? 随分薄情者だと思われたものだ。
「急ぐ必要があるのは分かっている。でも、身近な脅威を見過ごして先に進んでも、後ろが気になって本領を発揮できないだろう。違うか」
「……違わない」
……さっきまで、エネと対面することを想像していて狼狽えていた姿が嘘みたいだ。
そうだよ、君はやっぱり、私の相棒としての顔が一番似合っている。
「ありがとう、皆。本当に……助かる」
「礼はいい。新しい情報が入り次第、改めて方針を決めよう」
だって、当たり前のことじゃないか。他の皆もそう思ってる。礼を言われるほどのことじゃない。
今ここにいないリュトや、プレヴィを治療中のルメドだって、君がそう言えば着いてきてくれるさ。
……だから、そのきりっとした顔のままでいてくれよ。
こちとら、君に思い人がいるだなんて衝撃的な話を聞かされてから気が気じゃないんだ。
なぜこんな気持ちになるか分からないが……エネが戻ってきた時、君が見たこと無いほどデレデレするようであれば──直々に渇を入れさせてもらうからな!
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