心の余裕が焦りの特効薬
Q. プレヴィはどうなったの?
A. こちらをどうぞ。
結構重要そうな情報を本編ではなくおまけで処理する作者をどう思いますか?
私はいけないと思う(´・ω・`)
僕は──プレヴィに対して、特に思うことはありません。
とはいえ、世間の認識は違うんでしょうけどね。今でこそあの災厄の名前を聞けば、誰だって眉をひそめますし、関係者の名前を聞けば顔色を変えます。プレヴィの存在を知る人は少ないですが、知っている人からすれば彼女は世界の敵そのものとしてしか映っていないでしょう。
それもまぁ当然です。失われた命がどれほどあったか、奪われた家がどれほどあったか……僕も毎日、患者さんの口から聞いてきましたから。
でも僕は、あんまり怒っていなくて。
むしろどうでもいいとさえ思い始めていて。
彼女のしたことは許されるべきではないですが、それを糾弾すべきとは思いつつ、僕がその任を担うつもりは毛頭ありません。
……治癒術師として、それでいいのかは、別の問題ですけど。
「ようこそおいで下さいました、ルメド様。部屋はこの先です」
「ありがとうございます。案内はここまでで十分ですので」
「はい。それでは、お気をつけて」
ソワン上層部に頼み込まれてですが……戦後の業務はずっと忙しいまま。
怪我人の処置に追われて、毎日が朝から晩までで埋まっていることも。それでも人手が足りなくて、術師の仲間達と回し合って、回し合って、ようやく落ち着いてきたのがここ最近のこと。最初の数日間なんて、何人治療したかも数えていません。たぶん相当な人数を診たはずなんですけど。
でも、最近はちょっとずつ、楽になってきました。重症の方は一通り処置が済んで、後遺症のケアや経過観察に移行できる方も増えてきて。
変わりませんね、僕も。
最初の頃の僕って、もっと、なんていうか、追い詰められてました。やるべきことが沢山あったときはものすごく焦ってあれもこれもって手を付けようとしてたんですけど、逆に山を越えれば気分的に楽になれる。
今日もこうして地下に降りていく途中ですけど、別にそんなに焦る気持ちはないんです。むしろ、なんで僕、あんなに必死だったんだろうって、自分で自分が不思議になったり。
……まぁ、答えは出てるんですけど。
ヴィクトールさんが、戻ってくれたから。それが全てなんですよ、結局。
だから、ようやく──あの業務にも。
彼女の定期検査にも、ちゃんと時間が取れるようになった。
「──あら、ルメド様。ご機嫌、いかがですか」
……プレヴィ。
*
奥の方からの声……いつもの位置からですね。
ソワン国屈指の封印魔法で幽閉しているとはいえ、あまりにも危険な存在なのでこれ以上近づけないので仕方ないんですけども。
シュヴァから聞いた話によると、確か……災厄ル・マルの討伐に成功し、ヤツが消えゆく最中、彼女ができる限りの魂を吸収しようとしていたのが確認できたんでしたっけ。おそらくは、それで一命を取り留めたとか。
ただ、彼女本人も予想外の攻撃を連続して食らったため、吸収後も動けないほどに衰弱してしまい、そこをシュヴァ率いる対魔王軍が捕獲したとか……。
「お忙しいでしょうに、ご苦労様です」
「……気遣いは要りませんよ」
「今日も検査ですか? 調べても何も分からないと思いますが」
「まぁ、そうでしょうね」
……盲目だっていうことを、たまに忘れそうになります。あっちからこっちの位置がはっきり分かっているような、こちらの様子をきちんと見ているような、そんな声の向け方をしてくるから。
本当はこんな危ない人、さっさと処刑してしまうのが正解なんでしょうけど……これまで何度も行ってきた検査の中で、何度も『興味深い主張』をされたせいで、迂闊に手が出せないんですよね。
その「主張」が本当かどうかを確かめるのが、僕の仕事なんですけど。
「……相変わらず、よく分からない魔力構成ですね。本当に憑依魔法なんてあるんですか?」
「ありますよ。前世でも見たでしょう?」
「生憎、そこの記憶は覚えていません」
「あら」
プレヴィの主張は──「今のこの体が『憑依魔法』によって憑依した、ただの一般人の肉体である」というもの。潤沢な魔力をしていた一般人に目を付け、周囲に怪しまれないようかつ暗躍を続けられるように、その肉体に乗り移った……と。
そして彼女曰く、乗っ取った少女の肉体は元々『輝くような金色の目をしていた……かもしれない?』とのこと。ですが、プレヴィ本人が憑依と同時に自分で目を潰したため、証拠は残っていないんだとか……。
「今日はどんな質問をいただけるのでしょうか。最近は同じ角度ばかりで、少し飽きておりましたよ」
「飽きさせて申し訳ないですね。でも、何度伺っても答えがブレないかを確認するのも、検査のうちですから」
「ふふ、律儀なお方」
本当に、面倒な主張です。彼女の主張が事実なら、本当の肉体は今も別の場所で休眠状態にあって、プレヴィを殺してしまうとその肉体に魂が戻り、目覚めてしまうっていうんですから。
おかげでソワン上層部では完全に意見が、『殺すべき派』と『生かすべき派』に二分してしまいました。
殺すべき派の主張は単純明快です。
プレヴィをとにかく殺してしまえば、確かに目の前の脅威は無くなる。あの災厄を引き起こした張本人ですし、被害の規模を考えれば極刑が妥当だと、そう仰る方も多くて。
封印魔法もコストだってバカになりません。数十、数百年後には維持できなくなってる可能性だってあります。憑依魔法とやらも事実かどうか定かではありませんし、もし嘘だとして背後で封印魔法の解析をされてたりしたら大問題ですし。
まぁあの封印魔法は魔法の行使も魔力の使用も封じ、その上何重にも重ね掛けされていて、解除にあまりにも要求する手数が多すぎるので、今すぐに解除されることはあり得ないんですが。
その一方で、生かすべき派の主張はとても複雑。
当然、もしこの肉体が無実の一般人のものであれば倫理的な問題もあります。ただそれ以上に、彼女を殺せば憑依が解けて元の肉体に魂が帰ってしまうことが問題です。もしそれが事実であれば、再び魔王としての活動が再開されかねない。
実際にはそのことを僕達に言う必要もありませんし、むしろそれならただ「殺せ」と言えばいいだけなので、ただ滅びたくないが故の詭弁の可能性が高いですが……嘘かもしれないということは、「本当かもしれない」という可能性を孕んでいるということ。
一つの判断ミスで世界を再びあの脅威に晒すわけにはいかないんです。それなら、今の彼女は身動きが取れない状態でこの肉体に閉じ込められているのだから、むしろこのまま生かしておくのが安全策だって。
どちらの言い分にも一理あって、結論が出ない。彼女もそれを分かっていてそう発言したんでしょうね。
憑依する前の目が「金色だったかもしれない」と付け加えたのは、金色の目が勇者シエルの生まれ変わりということが知れ渡っているソワンの人間をより惑わすためでしょうか。
それで、屈指の治癒術師であるという建前のもと、僕に検査が任されたんですから。
本当に憑依が解ければ元の肉体に戻るのか、彼女の主張は信用に値するのか、そういうことを少しずつ確かめていく作業を。
「時にルメド様、貴方は『生かす派』の主張を行っているそうですが」
「それが何か?」
「いえ。ただ、どうして? と思いまして」
……変わりませんね、彼女も。
捕まえた時から、ずっとこんな調子で。淡々としていて、丁寧で、けれど時折こうやって含み笑いを混ぜてくる。
挑発というほど直接的じゃない、けれど引っ掛かりを残す言い方を、ちゃんと選んでくる。
追い詰められた立場なのに、それを表に出さない。出さないのか、それとも本当に追い詰められたと思っていないのか。どちらにせよ、扱いやすい相手じゃないですよ。
「私の処遇について意見が割れていらっしゃるのでしょう? けれどルメド様ほどのお立場であれば、どちらかにはっきり票を投じることもできるはず。なのに貴方は、ずっと『検査が終わるまで判断は保留』のお立場を取っていらっしゃる」
「……そうですね」
「治癒術師としての慈悲、なのでしょうか? 勇者シエル様が信仰なさっていた、癒しの神のお導き、とか」
まぁ、こんな感じで。
これが挑発で、僕達を怒らせて自分を殺すよう誘導しているとも取れるのが厄介なんですよね。
実際に、僕はプレヴィを『生かす派』で考えていて、上にもそう掛け合ってますよ。
一度この国から出て行った身とはいえ、以前治癒魔法では僕以上の人材は誰一人として存在しない。災厄戦においても、僕は魔王を大きく弱体化させる魔法を考案・実行した立役者として上から認知されています。
そもそも僕は蛇の魔物と戦った国お抱えの勇者の一員ですから、今でも僕の発言権は強い。やろうと思えば、即座にプレヴィを『殺すべき』の判断に誘導することだってできるでしょう。
もし、今の問題に焦って取り組んでいたのなら、いち早い結果を出そうとしていち早い終結を選んでいてもおかしくありません。
でも……ふふ、なんでしょう。
以前みたいに焦りで頭が掻き回される感覚、僕にはもう、ほとんどないんですよ。
「僕は貴方のことを、嫌ってもいませんし、憎んでもいませんよ」
「……それは、また。聖人君子もここに極まれり、ということですか?」
「いえ、違うんです」
違うんですよ、本当に。
僕がこれを聖人君子と勘違いされるなんて、心外です。
だって僕は──貴方のことなんて正直どうでもいいんですから。
別に、隠す気もないんですよ、僕。彼女に対しては。
「貴方のおかげで、ヴィクトールさんが戻ってきてくれたから」
「……」
「それが、全部なんです。それ以外、本当にどうでもよくて」
ヴィクトールさんはこれからも旅をします。今後は対魔王軍に参加して、各地に残るボスの討伐をするつもりだと言っていました。
僕はソワン国から再度、要人としての地位を提案されましたが……ヴィクトールさんが旅をする以上、それに着いていくべきだと思っています。
となると、ヴィクトールさんは、これからも戦おうと思っている訳です。
その過程で怪我をすることもある。場合によっては……また、命を落とす可能性だって。
僕の望みはヴィクトールさんが死なないことです。あの人が生きていてくれれば、あの人が元気でいてくれれば、それでいいんです。
でも、もう戦うのを止めてくれなんて言っても、あの人は止まったりしない。困っている人を看過ごせるような人じゃないから。
だから、貴女を生かしたい理由なんてものは、至極単純なこと。
「貴女は自身の魂を奪われつつ、災厄の魂を吸収して一命を取り留めました」
「……はい」
「その吸収した魂は貴女何人分に相当しますか? 『力』を与えられたのが災厄なので、きっと人間一人分より多いと思いますけれど」
「それは……そうですが」
「ですよね。そして貴女の魂は──ヴィクトールさんを蘇生させられた実績がある」
「……!? ま、待ってください。まさか……」
「はい。貴女にはいざという時の役に立ってもらうつもりなんです」
さて、そろそろ今回の検査も終わりですね。
後は戻ってヴィクトールさんに会いに行きましょう。ふふ、ちょっと楽しみになってきました。
「これから貴女には、『ヴィクトールさんの残機』として生きてもらいますから。ね?」
検査の方は、結局、今日もこれといった進展はなし。
彼女の主張の真偽は依然として不明、元の肉体の所在も不明、憑依魔法の詳細も部分的にしか分からないまま。
上の方々には、また「現時点では判断材料が不足しているため、保留が妥当」と報告書を上げることになるでしょう。
焦るべき問題は何もありません。
万事順調です。
*
「ヴィクトールさん! ただいま戻りました!」
「ん。ルメドか、仕事は終わったのか?」
「はい! 万事順調です!」
仕事が終われば今日も向かうのはヴィクトールさんがいる療養所。
いつもは誰かしらいるんですが……今日は誰もいませんね。仕事を頑張ったご褒美でしょうか。なんだか得した気分です。
……あれ?
でも、なんだかいつもとヴィクトールさんの様子が違うような。疲れている?
身体的なものでは……ないですね。となると、精神的な……あぁ。
「ヴィクトールさん。何か困りごとですか?」
「え? ……あぁ。分かりやすかったか?」
「はい。なんだかすごく混乱してるみたいでした」
僕は治癒術師。
精神の悩みは癒せないとはいえ、解決するために動くのが筋ってものです。
とりあえずベッドの上に乗りましょう。大丈夫、僕は体が小さいからこれぐらいしてもベッドが傾いたりはしません。
ヴィクトールさんの隣にも座りましょう。悩んでいる患者さんに寄り添うのは当たり前のことですし。よいしょっと。
この際手を取ってみたりして。ちょっと距離が近い気もしますが……別に誰も見ていないので、何も問題ありません!
まぁでも正直、理由は大方見当がつきますよ。多分ディアマからの手紙ですよね。
自分の憧れの存在からの実質的なラブレター。転生したのは魔王だけかと思いきや、勇者自身も転生していて、しかも前からの知り合いだった。衝撃に決まってます。
あの後、エペはちゃんと言えたんでしょうか。続報を聞いていませんが、もう結構日数も経ってますし、流石に言えてますよね。
だから、混乱している理由と言えば、多分そのあた──
「──マージュが、勇者シエルだった……」
……ん?
「いや、驚くよな……初めは俺も、何かの冗談だと思ってたんだが」
……ちょっと予想外の情報が返ってきました。マージュ? エペではなくて?
だとすると、エペはもう告白を済ませたんでしょうか。マージュが喋っているなら、そういうことだと思いますけれど……。
……「初めは」?
「今は冗談だと思っていないってことですか?」
「……そうなんだ。驚かないで聞いてくれ。さっき、近くにいた他の治癒術師に聞いてみたんだが……」
ごくり。
「『ソワンには勇者シエルの生まれ変わりが四人いた』と、普通に言われたんだ……」
「ああ、それ僕ですよ」
「えっ」
「僕がそうです。僕が勇者シエルの生まれ変わりです」
「……えっ。はっ、えっ……んん?」
そういえばそうだった……ヴィクトールさんはこの国の過去を知らないんだった。
そりゃそうですよね。僕が初めてエスクリやマージュやエペにその事実を教えたときもヴィクトールさんだけ席を外してましたし。なんなら一貫してヴィクトールさんは勇者シエルの転生の事実を把握してなかったので、こういう反応になってしまうのもやむなしというか。仕方ないところはあると思います。
最後の勇者会議でちゃんと決定してましたし……マージュが言ったってことはエペも言ったんだろうから、僕ももう言っちゃっていいですよね。
うん。この際だし、ヴィクトールさんに教えちゃいましょう。他のシエルたちはまだ告白できてないかもしれないのであえて伏せておきますが……これから長い付き合いになっていくんですし、互いの理解を深めることは大事ですからね。
今の僕には余裕がありますから、丁度いいですし、ゆっくりお話ししましょう。
回復魔法しか使えないような僕にもできる、僕なりの精神療法です!
「(……ルメドも? じゃあ、四人っていうのは? ディアマとマージュとルメドと……あと誰だ?)」
「あれ、ヴィクトールさん? ヴィクトールさん? おーい?」
「え、ああ。えっと、ルメド……いや、その……シエル?」
「もう、今まで通りルメドでいいですってば」
こうやってヴィクトールさんと一緒に楽しく会話ができるのも、ヴィクトールさんが無事生きてくれているから。
パーティーが女性ばっかりなのはちょっと肩身が狭いですが……ほとんど自分自身ですし、そこまで気にしなくても良いかもしれません。
男同士ってことで、ヴィクトールさんと二人きりになれる状況も沢山あるでしょうし。
男のプライドを捨てた彼女達より、男同士、僕達はきっと今後末永く続く、仲の良い友人になれるはずです。
僕はこれからもヴィクトールさんを癒し続けることができるし、まだ『残機』だってある。
だから、僕はもう焦りで自分を見失うことはありません。
例え、魔王が生きていたって──僕にはもうどうでもいいんだから。
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