第一〇一話【来訪者XⅢ】
人の気配が完全に消え去った公園に一人の男が足を踏み入れていた。
「おまたせ、迎えに来たよ。」
男の眼下には一人の女性が横たわっており、返事を返そうとしない。・・・というより、返せないのだ。
女の目は、どこか虚ろだ。
「呪術を掛けられているね。」
男は状態を一目で看破し、今も横たわる女の額に手をかざした。
「・・・・・・・まいったね。」
女の状態を看破する事は簡単だった。しかし、男が思っていたよりも女に施されていた呪術は厄介な代物で、解呪するにしても、相当な時間と労力が必要になることを覚悟せざるを得なくなった。
(これ程の呪術を扱うとは・・・これは、古文書を引っ張り出してようやく解呪できるかどうかといったところか。)
これから、解呪に掛かりきりになると思うと、自然と深い溜息が出てくる。
「すまないね刹那、おそらく解呪には暫く時間が掛かると思うけど、我慢してくれよ。」
意識が無い彼女に男の声は聞こえていない。
今も力なく倒れている刹那の下に手を通すと、ゆっくりと彼女を抱き上げて、男はその場を後にし、男が立ち去った公園には、キラキラと輝く銀色の紙片が宙を舞っていた。
◇ ◇ ◇
パシイイイン!という乾いた音が夜の街で一際大きく響き渡った。
「自分が何で叩かれたか判る!?」
少年の目の前には、怒った顔の少女・・・依琳がいる。
突然の出来事に熾輝は言葉を失って、ただ茫然と突っ立っている。
「シキ、あんた今日は何をしていたの?」
ただ立ち尽くす熾輝に、彼女は次の質問を投げかける。
その声には怒気が含まれており、今の彼の姿から想像するのは難しくは無かった。
普段、戦闘の際にしか着ない熾輝の装備を見れば、おそらく彼が何かと戦ってきたのだろうと予想は出来る。
その事を誰にも言わずに単独で行動した事もそうだが、今の依琳はもっと別の事で怒っていた。
「女の子を泣かせたそうね?しかも、好きだって言ってくれた子を」
「・・・。」
依琳の問い掛けに思わず目を逸らしてしまう。
「信じらんない!アンタそれでも男なの!?」
彼女の言葉に言い返す事も出来ないまま、熾輝は俯いてしまう。
その態度が気に入らないのか、彼女は拳を固めて振り上げた。
今度は、平手ではなく拳が来ると身構えた熾輝ではあったが『きゃー待ってええ!』と、周りにいた咲耶達がそれを慌てて止めに入った。
怒気を纏った依琳は獣の様な表情で咲耶達の拘束をジタジタと解こうとするが、若干の理性が残っているおかげで、彼女たちに怪我をさせる訳にはいかず、本来のパワーは出していないらしい。
だが、一向に弁明すらしようとしない熾輝を見て、怒りから呆れたような表情を浮かばせる。
「・・・シキ、私、今日は帰らないから。」
「え?」
そう言って依琳は、反転してマンションとは逆方向へと歩き始める。
「ちょ、待って、依琳!」
熾輝は、マンションからどんどん離れて行く彼女を慌てて追いかけようとするが、それを遮った者がいた・・・・劉邦である。
「劉邦!どいて!依琳を追いかけないと!」
「追い駆けて、説得できる自信はあるのか?」
「それは・・・だけど!」
「だったら無駄だ。一度決めた事は絶対に曲げないのがアイツだよ。」
劉邦の言うとおりである。
その事は熾輝も判ってはいるが、だけどとそれでも放っておくわけには行かない。
なにせ、彼女にはここ以外行く当てが無いのだから。
そう思っていた熾輝であるが、次の劉邦の言葉で思わず目を丸くしてしまう。
「てなわけで、可憐ちゃん、アイツの事を頼むわ。」
「わ、わかりました。」
二人がいったい何の話をしているのかが、今の熾輝には判らなかった。
それほど、今の彼は冷静さを欠いている。
そんな熾輝の姿を見て、劉邦は思わずため息をこぼす。
「お前が帰ってくる前に、今日、依琳が可憐ちゃんの家に泊まる事になったんだよ。」
「は?いや、なんでそんな事にっ!?」
状況に混乱する熾輝の頭にゴツン!と急激に鈍痛が襲った。
思わず蹲って額を抑える熾輝と、それを見下ろす劉邦
「お前がいつまでもウジウジしてるからだろ!」
今も蹲る指揮を見据えながら劉邦が声を張り上げて言葉を続ける。
「そのシケた面を続けるんだったら、もう一発喰らわすぞ!」
ここ最近の熾輝は、林間学校が終わってからというもの、何処か覇気が無かった。本人はいつも通りにしていたつもりだったのだろうが、彼を取り巻く者からしたら一目瞭然で元気が無い事がわかった。
そして、彼らが自分を心配してくれていたのだと、ここへきて熾輝はようやく気付く事が出来たのだ。
「依琳は、お前が燕ちゃんっていう子に許してもらえるまで帰らないつもりだ。だから、何回でも謝って許してもらってこい!」
「謝るって、・・・どうすればいいんだよ。」
「知るか!そんなもんは自分で考えやがれ!」
熾輝は判らない。
今まで、喧嘩をした事が無い彼には仲直りをする方法も、どうすれば許してもらえるのかという事も皆目見当がつかないのだ。
今まで、喧嘩が出来る友達何ていなかったから。
「ちょっといい?」
悩むばかりの熾輝に声を掛けてきたのはアリアだった。
「熾輝、私が前に言った事を覚えている?」
「?」
「・・・アンタの行動で救われている女の子が居る、アンタを慕う娘達の思いには誠実に答えてあげなって話よ。」
アリアの言葉に、以前、可憐のコンサート会場で彼女に言われた事を思い出した。
言われて思い出した熾輝を見て、軽い溜息を漏らすアリアは、どこか仕方ないヤツめといった表情をしていた。
「燕はきっと傷ついているわ。男ならどうにかしてみなさい。」
ただ一言、たったそれだけを言い残してアリアは立ち去った。
(私もいつか、熾輝に謝らなきゃね。)
・・・・立ち去り際に、おそらく誰にも聞こえない声で言ったアリアの言葉の意味は、彼女にしかわからないが、表情にどこか影が差しているようにも見えた。
「あの、熾輝君、依琳ちゃんの事は、任せてください。・・・私たち、待ってますから。」
去り際の可憐の言葉に、しかし熾輝は答える事が出来なかった。
唯一、彼の視界に、心配そうにオロオロとしていた咲耶の姿が写り込み、昨日までの自分を避けるような雰囲気は、薄れているようにも感じられた。
「たくっ、女にあそこまで言わせるなよ。」
終始、自分に対し容赦なく当たってくる劉邦には、反論する事はおろか、ぐうの音も出なかった。
ただ、彼女たちの雰囲気が若干であれ、緩和された様に感じたのは、熾輝の勘違いではなく、彼が骨を折ってくれたことを熾輝はしらない。
◇ ◇ ◇
咲耶達と別れた熾輝は、自室に篭り、ベッドの上で横になっていた。
劉邦も今日は疲れたらしく、客室で既に寝息を立てている状態だ。
薄暗い部屋の中で、虚空を見つめたまま、先程の件について考え事をしていた熾輝の部屋の窓がゆっくりと遠慮気味に開かれた。
「熾輝さま、もうお休みになられていますか?」
玄関からではなく、窓から帰ってきた双刃が、ベッドで横になっている熾輝に小声で話しかけ来た。
「起きてるよ。そっちはどうだった?」
「はい、燕殿の方には異常はありませんでした。」
「・・・そう。」
双刃の報告を受けて、少なからず安心した熾輝は、一泊おいてから返事を返す。
ただ、元々燕の自宅である法隆神社には頼りになる神使が3人も居て、尚且つ力を取り戻しつつある神様まで居る状態で、敵も迂闊に手を出しては来ないだろうと思っていたので、襲撃の確率は無いと踏んでいた。
踏んでいたが、それだけの状況だけでは、彼の不安を払拭する事が出来なかったため、双刃を向かわせていた。
「それで、例の敵については?」
例の敵とは、公園で熾輝と電話越しに話した男の事である。
相手は、熾輝がどうやって刹那へと辿り着いたかまでは掴み切れていないと踏んでいたため、双刃には、再び能力を発現してもらって、敵の足跡を追わせていた。
「その事なのですが・・・」
双刃は、神妙な表情を浮かべ、熾輝にある物を手渡した。
「これは?」
手渡されたのは複数の紙片だった。
ただ、その紙片の一片一片には魔術の痕跡を感じさせる力を感じさせられた。
「申し訳ありません。どうやらチャフを撒いて行ったらしく、追跡は不可能でした。」
「チャフ?」
聞きなれない・・・というよりも、珍しいという意味で熾輝は問いかけた。
チャフは本来、ミサイルなどの追跡弾を妨害するために用いられるデコイの事であり、魔術において、そういったアイテムは高価すぎて中々手に入る代物ではないのだ。
本来、双刃の能力は物体の履歴を世界にアクセスすることで閲覧する能力だが、双刃の能力に限らず、追跡専用の能力には、同じような特性を持った異能が数多く存在している。
そういった能力からの追跡を避けるために、チャフを用いて履歴を滅茶苦茶にするやり方の実用化はされているが、先に言ったように、一般の魔術師程度で手に入る物ではないのだ。
(敵は一体、何者なんだ?)
「・・・あのぉ、熾輝様?」
考え事に耽りそうになった熾輝は、心配そうに伺う双刃の言葉に意識を連れ戻された。
「ごめん、・・・双刃、今日はもう休もう。今後の事はまた今度話し合おうか。」
畏まりました。と、一礼をした双刃は実体化を解いて、虚空へと消えていった。
ただ、熾輝にしては珍しく、考えを先送りにしたなと、違和感は感じていたが彼の頬に大きな紅葉マーク(手形)が付いていた事から、追求せず、早急に姿を消す事を選んだ。
「はぁ、どうしよう。」
双刃が消えて、再び一人となった熾輝は、燕の事を考えていた。
あの時、自分の心無い言葉で傷つけてしまった。
劉邦に相談したところ、『取りあえず土下座だろ?』と、冷たくあしらわれてしまった。
考えても答えが出ない。
ただ、彼女の泣き顔を思い出すだけで、胸が締め付けられていると錯覚するくらい痛かった――――――
翌日、熾輝は法隆神社の前までやって来ていた。




