祭典
ついにメインヒロイン登場!!
その日、パーティーが行われていた。
勇者出立の正式な日取りが決まり、同時にエミリアとヒューイの同行も発表された。
街は3日後の出立の日まで休日に入り、お祭り騒ぎが繰り広げられる。
祭りの盛り上がりはものすごく、無礼講とばかりに朝から泥酔した人々で酷く賑わっているらしい。
もちろん泥酔者が分別をわきまえるはずもなく、衛士や騎士たちは就任して一番忙しいとボヤいているとか。
なんにせよ、活気があるのはいいことである。
こんな魔王のいる世界だ。
楽しめるときに楽しんでおくのは決して悪い事ではないだろう。
そんな中俺はというと、豪奢な白いドレスを着せられ、王城での祭典に無理矢理出席されていた。
「…………」
「もう、勇者様?機嫌直してくださいよ」
俺は不機嫌であった。
この祭典は勇者である俺と貴族たちの交流を目的としたものだ。
俺も祭典が始まって一時間足らずの間に、何人かの貴族に挨拶をされたが、どいつもこいつも俗物だらけ。
ブーランと似たり寄ったりの人物だらけなのだ。
それはもう機嫌を損ねても仕方ないというのも。
「過去の勇者は貴族について何も言ってなかったのか?」
インフラについて過去の勇者が助言したのは聞いた。
だが、誰もこの権力と金と地位に腐った貴族を叩き直そうとは思わなかったのだろうか。
「……私も人から聞いたり、物語を読んだことはありますが、過去の勇者様は……その……大らかな方がほとんどだったようですね」
「大らかねぇ……」
馬鹿だっただけなんじゃないだろうか。
『なんじゃ、悪魔のくせに俗物が嫌いなのかえ?』
横合いから茶々を入れてくるエルに、俺は心の中で返事する。
『俗物は嫌いではないが……獲物に限る』
『おう、そうじゃったそうじゃった。まぁすでに狩った獲物に興味は涌かんわな』
頭の中で不穏な会話を交わしつつ、俺は大広間を眺める。
ここは王城の中でも、特別な式典や行事を行う際にのみ使用される空間であるらしい。
その性質上、あちらこちらに無駄な金がかかっている事が見て取れた。
巨大なシャンデリアに宝石を散りばめた趣味の悪い壺。
果ては、大広間のドアじゃ純金製ときているのだから恐れ入る。
王族としての権威を示す意味もあるのだろうが、いまいち乗り切れない。
原因はここにいる貴族たちもあるだろうが、何よりも俺が気に入らないのがコレだった。
「…………まずい」
――――食事である。
これはこの祭典が始まる前からの重大な問題だ。
俺は悪魔の肉体になり、食事を摂らなくとも生きていけるが、それでもやはり食事は人生における大きな娯楽の一つである。
美味しいものを食べれば、それだけでいい気分にもなるというもの。
「塩辛いんだよな……」
シュベリアは北の海がすぐ傍にあるため、海鮮類は豊富で美味なのだ。
しかし、如何せん肉が塩漬けされたものがほとんどで塩辛い。
この世界における牛や鳥や豚といった位置づけの動物は温暖な気候を好むようで、シュベリアから遠い。
当然飛行機のような便利なものはないので、輸入中に腐らないように燻製や塩漬けしているのだ。
「勇者様はお肉がお好きなんですね?」
「誰だってそうだろう」
「そ、そうですか?わ、私はお魚も好きですけど……」
そういいながら、エミリアの視線はテーブルに飾りたてられた料理――――それも肉に釘づけだ。
「勇者様はいいですよね……」
俺を見るエミリア。
正確には俺のお腹の辺り。
「なんだ?太ったのか?」
「ふ、太ってませんっ!」
「本当か?」
俺はエミリアのお腹の肉をつまもうとする。
だが、つまめるほど肉が余っている訳でもないらしい。
「ちょ、ちょ、ちょー!勇者様!?もっとデリカシーをもってくださいっ!」
「それはこっちの台詞だ。巨乳だからって調子に乗るなよ?」
「胸は関係ないじゃないですか……」
呆れたように嘆息するエミリア。
だが、すぐに気を取り直して、爆弾を投入してくる。
「勇者様はまだまだ成長の余地がありますよ。心配しないで、ねっ?」
何が『ねっ?』だ。
それにしても、今更、本当に今更だが俺は思う。
俺は毎夜毎夜お肌の手入れやストレッチ、胸のマッサージを寝る前に小一時間ぐらいやっている訳だけど……。
『これって効果出るんだよな?』
『…………』
『まだ成長するよな?』
『…………』
返事はないが、きっとするのだろう。
エルは当たり前のことに返事をしなかっただけだ。
だって、成長しないとか、悲しすぎるじゃないか。
いろんな意味で。
俺とエミリアがくだらない事を話していると、俺とエミリアより少し年下くらいの幼さの残る少年が近づいてきた。
中世的な金髪碧眼に、華奢な身体。
ドレスを着せれば、そっくり美少女になりそうな少年であった。
「あら?ユーシェじゃないですかっ」
少年が礼をすると、エミリアは親しげな様子で話しかける。
「知り合いか?」
「ええ、私の親類にもあたる公爵家のユーシェリオです」
「は、初めましてっ、勇者様……っ。公爵家が長男、ユーシェリオ・ヴィ・アモーリアと申しますっ!」
エミリアに促され挨拶するユーシェリオは酷く緊張しているようだった。
「…………ユーシェでいいか?」
「えっ!? ……は、はいっ! もちろんです!」
緊張を解してやろうと、柔らかい口調を心掛けて俺が言うと、ユーシェリオは花が咲いたような笑みを浮かべた。
「私の事は由宇でいい。……名前、少し似てるな?」
「こ、光栄ですっ!」
俺が差し出した手を、ユーシェリオは震える手で握る。
華奢に見えたユーシェリオの手は、やはり男のものであり、小さくなった俺のものより一回り大きい。
ゴクリと俺は生唾を飲み込む。
「ぼ、僕っ……こ、子供のころから勇者様の物語のファンでっ……こんなお美しい方だとは……あ、会えて、本当にこ、光栄ですっ!!」
「過去の勇者に恥じないように頑張るよ」
そんな思ってもいないことを口にして、ユーシェリオに笑顔を向ける。
ユーシェリオは顔を真っ赤にして、慌てたように深くお辞儀をして立ち去った。
「…………驚きました」
ユーシェリオの姿が見えなくなった瞬間、エミリアが目を丸くして驚いているのに気付く。
だが、すぐにその表情を好奇心で見たし、顔を寄せてくる。
「勇者様……もしかしてユーシェみたいな子がお好みなんですか?」
「……まぁ、そうかもな」
「きゃあああああっ!」
姫にあるまじき声を上げ、興奮するエミリア。
耳元で叫ばれ、俺は顔を顰める。
「ど、どんな所がお好きなんですかっ!!」
エミリアの鼻息が荒い。
「純粋そうな所だな」
「そう! そうなんです! ユーシェ程心の綺麗な子は他にいませんっ! ……勇者様さえお望みなら、私がいくらでも協力しますからっ!!」
テンションが上がり切った様子で協力を申し出るエミリア。
こういう所は皇女といえども普通の少女のようである。
「まぁ、その時は頼む」
曖昧に俺は返事する。
「…………」
それにしても――――
ユーシェリオ。
その姿を思い浮かべるだけで心臓が大きく鼓動する。
溜まった唾液を嚥下するため、もう一度ゴクリと喉を鳴らした。
エミリアが今も興奮した様子で何事か騒いでいるが、まったく耳に入らない。
――――ゴクリッ。
それは俺ではなく、俺の内側から聞こえてきた。
『あれ程の者……そうそうおらん。まったく人間とは不思議じゃ。ここの貴族連中のようなのがいるかと思えば、同じ環境にも関わらずあの少年のようなものもいる……』
エルだった。
エルも俺と同じ想いを抱いていた。
それは性欲に似ていた。
それは食欲に似ていた。
それは恋に似ていた。
ユーシェリオ、彼は美しかった。
一目見た瞬間から心奪われた。
それ程光り輝く美しく、純粋な魂であった。
聖者の如く、一片の曇りもない光。
勇者召喚などなければ、ユーシェリオこそが勇者と呼ばれていたかもしれない。
「――――ああ」
『――――ああ』
俺とエルは一心同体。
ゆえに、焦がれる感情はただ一つ。
――――あのかくも美しい魂を汚泥に浸し、見る影も無くなるまで穢してしまいたい――――
そういった、愛だった。
「くそっ!くそっ!くそっ!!」
ブーランは一人で祭典を抜け出し、城の庭で一人地面を何度も蹴りつけながら、苛立ちを露わにしていた。
今頃彼の従者たちは主が消えたことに大慌てだろうが、ブーランはそういった事を気にする男ではない。
むしろ、自分を見失った従者どもを無能と断じ、八つ当たりに酷い罰を与えるだろう。
ブーランとはそういう男だった。
「私を無視しよってっ!!」
一時間ほど前の事である。
件の勇者とエミリアに先日の謝罪もかねて声をかけた所、見事に勇者に無視されたのである。
それだけでなく、エミリアとも会釈するだけで、言葉を交わす事ができなかった。
「~~~~~~~~っ!!!」
ブーランとはこれまでの人生において、常に主役であった。
両親から莫大な財産を継ぎ、大勢の従者を引き連れ、権力を振りかざし誰かの妻であろうとも気に入った女は強引に奪い取った。
そんなブーランにとって目の上のたん瘤というべき存在がシュベリア王家だ。
シュベリア王家は国内のみならず国外からも絶大な信頼を得ており、いくらブーランといえども、どうこうすることはできなかった。
ならばと勇者と繋がりを得るために、召喚におけるパトロンとして大金を使った。
その結果がどうだ?
勇者とは繋がりを持つどころか会話さえままならず、皇女エミリアとは微妙な距離ができてしまった。
そもそも、パトロンであるブーランにまで二週間余り勇者を城に隠していた辺りからして、何やらきな臭いものを感じる。
「――――それそも、あの女は本当に勇者なのか?」
あの傲慢な態度。
あまりにも伝承と違いすぎる。
また、ブーランは十代の頃に一度勇者を目にしている。
その勇者は、若いながら勇猛果敢で、聖人のように懐の深い人物であった。
まず大前提として、勇者召喚術式が極めて善良な人物を選択して呼び出すようにできているはずなのだ。
それはブーランがパトロンとなった折に、エミリアから直接聞いたことであった。
ブーラン自身の過去の勇者の記憶と比較しても、嘘だったとは考えにくいのだ。
そう考えると、益々勇者を名乗る女の真偽が怪しくなってくる。
もうすでに九割方で勇者は偽物であるという確信をブーランは抱いていた。
「だとすれば目的はなんだ?」
偽物を立てて、シュベリアが得をすることなど一つもない。
勇者なくして現在のシュベリアは存続できないのだ。
だとすれば――――
「流出事件……か?」
それしか考えられなかった。
今まではただ召喚術が流出した――――それでも大問題だが――――としか思っていなかったが、何かそれ以外にも仕掛けがあったのかもしれない。
なにせ、流出事件そのものが王族内部――――王妃からの可能性だとする論調が根強い。
それを事実だとするなら、地下の召喚陣そのものに細工を施されている可能性も十二分にあった。
つまり――――召喚しなかったのではなく、できなかった。
シュベリア王家は、まさかそれをそのまま公表する訳にもいかず、代役を立てた……か?
ブーランの中で次々とパズルが組み合わさり、形を成していく。
その口元に笑みが浮かんだ。
「ぐふ……ぐふふっ……これはとんでもないスキャンダルですぞ……国王よ……」
欲にまみれた醜悪な笑み。
ブーランにとって、国がどうなろうと関係ない。
ただ、自分の欲望を満たすため目の上のたん瘤を潰したい。
「そうと分かれば、まずはあの小娘にお仕置きせぬとな~」
勇者を騙る小娘。
シュベリア王家も何故あんな小娘に代役を任せたのか知らないが、それが大きな過ちだった。
ただの小娘だと分かれば問題ない。
力があったとて、あの幼さではたかが知れている。
きっとエミリアとヒューイが同行を申し出たのも、そういう事なのだろうとブーランは断定する。
ブーランは貴族の人間として、高度な教育を受けている。
それには魔術も含まれており、ブーランはそれだけの自信があった。
エミリアとヒューイの助力なしの小娘など一捻りだと、高を括る。
「待っておれよ……今晩その傲慢の仮面を剥ぎ取ってヒィヒィ言わせてやるわ……」
齢はもう七十近い。
しかし、その欲望には際限がなく、その股間はズボンの上からでも大きく膨れているのが分かる。
「ぐふ……ぐふふふ……ぐふふふふふっ!!」