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屈辱

 シュテンゲルとのけいやくが終わった後、俺には王城の中の一室が与えられた。

 魔王についての詳しい話はまだ後日ということだ。

 エミリアは俺と話したそうにしていたが、疲れた事を匂わす発言をすると、すぐに引き下がった。


 それにしても、気になることが多々ある。

 その最たるものは、シュテンゲルやエミリアの態度だ。

 普通王様や皇女というのはもっと威厳のあるものだろう。

 だが、俺の前の二人にはそんな様子はなく、むしろ自分たちの立場が下であるかのような振る舞いだった。

 まさか普段からあのような振る舞いという訳もあるまい。

 つまり、相当追いつめられているのだ。

 何としても俺に勇者をやってもらわなければならない程に。

 それが魔王とやらによるものか、それ以外かはまだ分からないが。


「いい加減出てきたらどうだ?」


 そして、二つ目の懸念。

 それは己が内側にあった。


『なんじゃ、気づいておったのか?』


「当たり前だ」


 気づかないはずはない。

 自分の中に宿る異物に対しては特にだ。


「お前とはもう会うこともないと思ったたんだがな……」


『まったく……命拾いしたわい……』


 ふぅーとわざとらしく悪魔・・は嘆息する。

 姿こそ見えないが、確実にアイツであった。


「なんでここにいる?」


『ここは我の身体じゃぞ?異物はそっちの方じゃ』


「馬鹿言うな。もう俺のもんだ」


 言い合いながら、どうにかして消せないか考える。

 鬱陶しい上に気持ちが悪い。


「どうしてこんな状況になってるんだ?」


『恐らくはメフィストフェレスによる術式が中途半端だったということじゃろ。この世界への召喚術式に阻害されたのじゃ』


 ある程度想定通りの答え。

 それにしても、そもそもなんで俺がこの身体の中にいるのか。

 悪魔の言い分によると、元々この身体の中に俺の精神を入れるつもりだったみたいだ。

 俺は立ち位置を入れ替えてくれとは言ったが、俺をこの悪魔にしろなんて一言も言ってない。


『面倒じゃったか……あるいはその方が面白そうじゃったからだろうのぉ……』


「なるほど、さすがは悪魔ってことか……それと俺の心を読むな!」


 文字通り俺と悪魔は一心同体らしい。

 そのくせ俺には悪魔の心が読めない。

 最悪である。


「ところでお前を消すにはどうしたらいい?」


『……最低な奴じゃ……そういうのは口に出すもんではないぞ?』


「ああ、そうだった。心の中で思えばいいんだったな」


 そう言いながら、俺はひたすらに心の中で悪魔に対する呪詛を呟いた。


『ああ、もう!やめいっ!気分が悪いわっ!』


「そりゃ良かった」


『この悪魔めっ!』


「悪魔ですけど何か?」


 軽口を叩きながら、俺は悪魔の処遇について真剣に思考を巡らす。

 どうやら、非常に残念だが現時点でこの悪魔を消す術はないようだ。

 ならば、その方法が分かるまでは利用するのが最善だ。

 俺としても、悪魔になったばかりで、右も左も分からないというのが実情である。

 しばらく飼っておくのも悪くない……かもしれない。

 幸いなことに、身体の主導権はこちらにある。


「悪魔について知っていることをすべて話せ。有益な情報があったら、お前を消す方法が分かっても消さないでやってもいい」


『嘘つけっ!頭の中では消す気満々ではないか!!』


「…………」


 ああ、うぜぇ……。

 しばらく飼うのも悪くない……あれは撤回する。

 百害あって一利なし。

 さすがは悪魔である。

 この様子では根掘り葉掘り聞いても、自分の価値をなくさないためにあまり話してはくれないだろう。

 少しづつ聞き出していくか、もしくは自分自身で経験を重ねていくしかない。


「さっきシュテンゲルと契約した時にお前何かしたか?」


 それが三つめの懸念。

 悪魔の力を振るう際に、誰かに操られているように感じた。

 それがこいつの仕業となると、危険度はグッと跳ね上がる。


『あまりに初々しかったので少し助力した程度じゃ。何、心配せずともアレは悪魔の本能のようなものよ。おいおい慣れるじゃろうて』


 助力はできるのか。

 やはりこいつ危険である。

 消さねば。


『……そうやって揚げ足を取るのはやめてくれんか?どれだけ性格が悪いんじゃ……』


悪魔おまえに言われたくねーよ」


 お互い様だ。


『それはそうと悪魔悪魔連呼するのはやめてくれんか?我にだって名ぐらいある』


「ほぅ?ポチとかか?」


『……貴様が本気で我をペット扱いしようとしているのは分かった』


 悪魔の声は震えていた。

 

『こんな屈辱……生まれて…初めてじゃぁ……うぅ……』


 泣いていた。

 号泣していた。

 実体のない存在でも泣けるのかと俺は驚いた。

 心は全く痛まなかった。


「うわぁ……泣いてる……」


 そのマジ泣きにただただドン引きしていた。

 だが、いつまで経っても泣き止まない悪魔に、さすがに鬱陶しくなった優しい俺は仕方なく要望を聞いてやることにした。


「……名前なんて言うんだ?」


「……へっ?」


 へっ?てお前……。


「だから、名前だよ」


「…………ウェリエル」


「ウリエル?」


「ウェ・リ・エ・ルじゃ!よりによって天使と間違うでないっ!」


 うわっ、言いにく……。


「ウリエルでよくね?」


「絶対ダメじゃ!」


「じゃあエルで」


「…………仕方がないのう」


 言葉と裏腹に、エルの声は嬉しそうだった。

 チョロイ悪魔もいたものである。

 とりあえず当面は適当にコミュニケーションを重ねて情報を引き出していくしかなさそうだ。

 頭の中に響き渡るご機嫌な声に鬱になりながら、俺は妥協した。













『右じゃ!』

 

 ガキン!と物凄い音を響かせながら、鉄と鉄がぶつかり合う。

 羽毛のごとき軽さの肢体で縦横無尽に駆け回りながら、俺は眼前の騎士・・に頭上から再び剣を振り下ろす。

 それは何の技もなく、ただ力任せに振り下ろされた剣。


「ぐっ!」


 だがそのまるで初心者が振るうが如き剣に、百戦錬磨であろう騎士は背筋を凍らせる。

 少女の細腕から繰り出せれる斬撃を防ぎきることができないでいる。

 一瞬の拮抗の後、騎士は堪え切れずバランスを崩す。

 こうなれば、いかに熟練の騎士といえど隙だらけだ。

 晒された首元に俺は無心で剣を振り下ろし――――


「――――!?」


 首を両断する寸前で剣を制止させる。


「……お、お見事です……」


 騎士が掠れた声で呟く。


「わー!!」


 遠くからエミリアの声が聞こえた。

 興奮に頬を紅く染めながら、こっちに拍手をしている。

 空気が弛緩した。


「ふぅー」


 俺は剣を脇に収める。

 すると、エミリアが風のような速さで近づいてくる。


「す、すごいです!!」


 皇女のくせにはしたなく息を荒げて俺に賛辞を贈るエミリア。

 俺は一先ず彼女を落ち着かせてから、騎士に視線を送った。


「大丈夫か?」


「は、はい。問題ありません」


 ついさっきまで死の恐怖に晒されていた騎士は、すでに己を取り戻していた。


「私の完敗です。さすがは勇者様」


 そう言いながら、騎士は兜を脱ぐ。

 現れたのはほとんどの男が生きるのが嫌になる程の美男子だった。

 エミリアの専属騎士であるヒューイという男である。

 二十代前半という若い身ながら、シュベリア最強の騎士との呼び声も高い才能の塊である。


「まだまだ鍛錬が足りないようです。先ほどのご無礼どうかお許しください」


 ヒューイは俺に対し、騎士の礼をとる。

 一挙動がこれほど絵になる人物というのを俺は初めて見た。

 そのままヒューイは俺の手の甲に口づけをする。

 男にキスされて喜ぶ趣味はないが、人に跪かれるというのは悪い気分ではなかった。

 ちなみに無礼というのは、これから魔王討伐に向かう俺に対し、ヒューズが鍛錬の師を申し出たことだ。

 もちろん俺は拒絶した。

 俺の師を名乗るなど身の程を知れと、それはもう罵詈雑言の限りを尽くしたものだ。

 ヒューイとしては、俺の身を案じた結果だったのだろう。

 ヒューイは困った顔を浮かべ、俺に一勝負申し込んだ。

 その結果がこれである。


 ヒィーイの思惑としては、俺を怪我させないくらいに負かし、この世界の危険さを教え込もうとしていたのだろうが、俺には無用の産物であった。


『まぁ、悪魔じゃしのう』


 エルの言う通り、この悪魔の肉体はものすごい性能を秘めている。

 魔力はいくらでも湧いてくるし、軽くジャンプしようとしただけで垂直に五メートルは飛べる。

 拳大の石を握るだけで粉みじんにし、壁ドンで城の壁を一部破壊してしまった。

 これらでもとんでもないが、これでも全然本気ではないのだ。

 本気を出したらどうなってしまうのか。

 そもそも本気を出す場面があるかすら謎である。


「あ、あれれ?勇者様?汗をかいていらっしゃるのでは(棒)」


「は?」


 エミリアの奇妙な棒読みで俺の意識は浮上する。

 汗などかいているはずがなかった。

 なにせ、この悪魔の肉体はどんな環境にあっても、暑さも寒さも感じず、常に適温に保たれている。

 少なくとも俺はここ数日汗をかいてなどいない。

 そもそも、この雪の国であるシュベリアで汗をかくなどそうそうないだろう。


「よろしければ勇者様……お風呂などいかがですか?」


「…………」


『ああ……なるほどのぅ』


 俺とエルはほぼ同時にエミリアの思惑を察した。

 俺がここシュベリアにやってきて、今日で一週間。

 その短い期間であっても俺が骨身にしみて分かった事がある。

 それは――――


一緒・・にお風呂いきましょう?」


 ――――このエミリアという皇女は俺に重度のコミュニケーション過多だということ。

 

 実際、それは俺ですら辟易とさせていた。

 いくら俺が傲岸不遜な態度をとっても、エミリアには可愛らしい子供の行いに変換されてしまうのだ。


 壁を破壊した→お茶目さん♪

 気に入らない貴族を殴り飛ばした→こんな可愛い女の子に意地悪する貴族が悪い!

 シュテンゲルに罵声を浴びせる→お父様、大人げないですわ♪


 もう狂気の域である。

 最初こそエミリアを遠ざけようと辛辣な態度をとっていたのだが、欠片も効果がないどころか、都合のいいように脳内で変換されてしまうので、諦めの境地に突入していた。


『それにしても意外じゃのぉ……お主なら構わず殴り飛ばすと思っておったわい』


「ふんっ」


 確かに俺はある程度必要な力は得ている。

 しかし、それを思うがままに振るうのでは獣と同じである。

 俺が目指すのは高みであり、そこに相応しい素晴らしい己だ。

 ゆえに、ある程度の寛容さは必要であると心得ている。










 心得ている――――のだが、


「わぁー!勇者様のお肌スベスベですねっ!」


「――――っ!あぅ…っ!」


 泡立った石鹸のついた手で、俺の玉の肌を無遠慮に撫でまわすエミリア。

 まだまだ慣れぬ女の感覚に、俺はまともに抵抗もできない。


「や、やめろっ!」


「えー?ちゃんとキレイキレイしないとダメですよ?」


「子ども扱いするなっ!」


「うふふ、可愛いっ」


 まったく言葉が通じない。

 こんな屈辱は生まれて初めてである。

 怒りがわき、少し身の程を教えてやろうかと思ったその瞬間――――


「――――っ!?やめっ!」


 俺が無意識のうちに閉じていた両足を割り開こうと侵入しようとする手の平。


「ここも綺麗にしないと♪」 

 

 エミリアが耳元で囁く。

 無論エミリアも全裸であり、お互いの肌は完全に密着していた。

 背中にはエミリアの平均よりも大きな膨らみを俺は感じていた。


「ほーら。開きましょうねー」


 石鹸で滑りのいい手が股の間の容易に滑り込んでくる。

 エミリアは手が進むたび、呼吸を興奮で荒くしている。


「や、や!ああっ!」


「勇者様!勇者様ー!可愛いですーっ!!」


 エミリアが股間に石鹸を塗りたくる様に擦った瞬間、俺の背筋に電気が走った。


「ああああああああああっ!」










 俺は自室のベットの中にいた。

 息を荒げ、時折痙攣する身体。


「う…ぐぅ…あ…あぁ……」


 俺は幼少期以来初めて泣いていた。

 そして、泣きながらいつの日かエミリアに復讐する事を胸に誓う。


『…………』


 泣いている俺をエルがドン引きした様子でじっと眺めていた。


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