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暗躍

「お父様、勇者召喚術式の準備が整いました」


「おぉ!!ようやくかっ!」


 待ちわびたと喜びも露わに、玉座の主は満足そうに頷く。

 大陸ガイアースその最北に位置する雪の王国。

 その名もシュベリア王国。

 大陸にシュベリアありと勇名轟かす大国を統べる人物こそ、シュテンゲル国王その人である。

 齢は優に五十を超えるものの、その覇気や肉体はまったく衰えることを知らぬ偉丈夫だ。

 その証に、正妻を病で亡くしてからというもの、いなだに他国の年若い姫君との縁談話がひっきりなしにやってくる。

 シュベリアの生ける伝説である。


「お待たせしてしまい申し訳ありませんでした」


「いや、よい。こうして間に合ったのだ。気にする事ではないよ」


 申し訳なさそうに頭を垂れるのは第一皇女エミリアである。

 勝気そうな切れ長の瞳に透けるような白い肌。

 美しい銀髪はその華奢な肢体と相まって、彼女に妖精めいた印象を与えていた。

 また非常に聡明であり、父が苦手とする内政をまかされ、父共々国民に非常に人気があった。


「そういって頂けると助かります。間に合って本当によかった……」


「まったくだな……」


 二人そろって溜息を吐く。

 その様子から垣間見える安堵感は相当なものだ。

 会話の内容は勇者召喚についてのものだった。


――――ガイアースには魔王がいる。


 それはガイアースで生きるものならば、子供であろうとも知っていることだ。

 魔王軍は数十年周期で気まぐれのように人間社会に対し戦争を仕掛けてくる。

 しかし、決して人間を滅ぼすことはない。

 事実、歴史上何度か敗戦を喫しているが、最終的な大勢が決するとまるで遊びに飽きたかのように魔王軍は兵を引き上げていくの。

 そこにどんな意図があるかは未だに不明。

 歴史家たちも魔王や魔族の考えることなど考えても無駄と匙を投げている始末だ。


 だが、そんな傍迷惑な魔王軍であっても、シュベリア王国とは切っても切れぬ仲にある。

 シュベリアはほぼ一年中雪に覆われているため、ほとんど作物を収穫することができない。

 そのため、他国との交易で成り立っているのだが、その実態は相手からの一方的な援助に近い。

 シュベリアは近年に至るまで、世界で唯一勇者を召喚できる国だった。

 シュテンゲルやエミリアを含む王家は元を辿れば魔術師の家系だ。

 王家の初代国王が召喚術式を作り上げ、勇者を呼び寄せ、その結果歴史上初の魔王軍への勝利を収めた。

 ゆえに勇者を定期的に輩出し続けているシュベリアは他国からの尊敬を一心に集めている。

 勇者に助けられた多くの国、人々は作物を作ることのできないシュベリアの現状を嘆き、自ら身銭を切って援助してくれている訳である。

 だが、それは純粋な善意ではないこともまた事実。

 魔王軍がいつ現れるか分からない以上、強大な戦力となりうるシュベリアを敵に回すことなどどんな大国にもできはしないのだ。

 しないのだが――――近年になり、状況は少し変わってきていた。


「まったく……どこのどいつがっ!」


 シュテンゲル王の口から憤怒が洩れる。

 それはエミリアにしても同じ事。

 父に触発され、冷たい怒気が流れ出していた。


 そう、ほんの五年ほど前の事である。

 召喚魔術の術式がとある国に流出したのである。

 裏切り者は未だ不明。

 しかし、極めて怪しい人物はいる。

 シュテンゲル王の亡くなった王妃その人である。


「あれがそんな事をするとは思えんが……」


 シュテンゲル王は今なお王妃を愛している。

 しかし状況は王妃を黒だといっていた。


「お父様は相変わらず甘いです」


「これ! お前の母でもあるのだぞ!」


シュテンゲル王は娘を窘めるが、当のエミリアはどこ吹く風だ。


「だって……流出したアルタニア帝国はお母様のご出身ではありませんか」


 王妃は流出先のアルタニア帝国の姫だった。

 しかも王妃が亡くなったのも、流出したという噂が流れる直前だったのだ。


「そもそもまだ流出したと決まった訳ではない」


「だからその認識が甘いのです!」


 痛烈な娘の言葉にシュテンゲル王は気圧される。

 部下には決して見せられない姿である。

 アルタニア王国は五年前に確かに次の魔王軍との戦争で独自に勇者を呼び出すことを大々的に発表した。

 その時に自慢げに語られた術式の一部がシュベリア王家のものに酷似していたのもまた事実。

 情報が漏れたのは間違いないとしても、シュテンゲル王は王妃の仕業ではないと信じていた。

 王妃の死体に不審な点があるのもその疑念に拍車がかかる。

 あまりに死体が綺麗すぎた。

 苦しんだ様子はなく、むしろ幸福そうな笑みを浮かべていたのだ。

 その日は二人の二十年目の結婚記念日だったというのに……。


 ともかく――――アルタニア帝国がシュベリアの存在を煩わしく思っているのは間違いない。

 そのために、大々的に発表したのだ。

 すべてはシュベリアの求心力を弱体化させるためである。


「勇者召喚は我々の生命線だ。これがなくなれば我々は滅びる事こそ逃れても、過去の遺物になりさがってしまう……」


 結果は出し続けてこそ意味がある。

 安寧を甘受しつつ、結果が出せないのであればただの重石だ。

 シュテンゲル王は歳とともにプライドまで捨て去ったつもりはない。

 その背に背負った大勢の国民のためにも、勇者を呼び出し、結果を出すと誓っている。


「しかし、勇者様には申し訳ないですね……。一度こちらに呼び出せば、たとえ魔王軍を撃退したとしても、もう帰れないのですから」


 表情を暗くしてエミリアが言う。

 彼らのプライドとは国民のために全力を尽くす事。

 その国民に異世界からやってくる勇者は入っていないのだ。

 誇りやプライドといいつつ、結局は他人任せな自分自身にエミリアは苛立つ。


「エミリアよ。私もその気持ちには深く共感できる。なにせ私自身が一度通ってきた道だ」


 シュテンゲル王は幼少の頃に勇者出立を見守っていた。

 その時にも無力な自分に深い絶望と怒りを感じていた。


「だがな、上に立つ者としてそのような葛藤は捨てよ。国民のためシュベリアのための最善だけを考えるのだ。それに戦いが終わった後は十分すぎる褒美を与えている」


「しかし! それではあまりにも! ……いえ、申し訳ありません……」


 唇を噛みしめるエミリア。

 それを見て、シュテンゲル王は優しく諭すように言う。


「お前はまだ若い。気の済むまで悩むといい。本来はこういう役はお前の仕事だが、今回の勇者召喚における交渉は私に任せておきなさい。泥はすべて私がかぶろう。だからお前は私を見ていなさい」


「…………はい」


 エミリアは数秒おいて頷いた。

 交渉は心を鬼にしなければならない。

 覚悟のないエミリアがそれを行うことは失礼だし許されないことだ。

 だからせめて、エミリアは王に内緒で別の覚悟を決めた。

 勇者が召喚されたら、その人と共に戦場へ出てすべてを捧げる事。

 自己満足かもしれないが、そうすることこそが勇者への助けに、ひいては国のために自分ができることだとエミリアは信じていた。











 エミリアが人知れず覚悟を決めたいたその時、王宮の地下にある神殿に侵入者が入り込んでいた。

 ここは城の中でも特に強固な鍵と結界に守られていたはずで、そこを悠々と歩く人物の異常さは論ずるまでもない。

 侵入者は女性であった。

 メイド服を着込んでおり、右手には何故か箒を持っていた。

 メイド服の上からでも分かる胸の膨らみに、右目の下の泣きぼくろが艶めかしく、実にセクシーだった。


「ふっふふっふふーん♪」


 鼻歌交じりに歩くその姿は堂々としており、どこからどう見ても侵入者には見えない。

 だが、ここに入れるのは王族とその付き添いの騎士だけであり、断じてメイドが入れる場所ではない。

 メイドが階段を下って数分。

 階段が終わると、そこは開けた空間だった。

 

「へぇー」


 魔術で半永久的に灯された薄暗い明かり。

 その明かりが照らすのは祭壇と地面に描かれた巨大な陣だ。


「見ーつけった♪」


 メイドは歌うように言い、陣を数分にわたり見聞する。


「ふむふむ。間違いないわね」


 本来ならもっと見聞に時間がかかっていた事だろう。

 だが、何処かの馬鹿がご丁寧に流出した情報の何割かを公表してくれたおかげで、だいたいの当たりはつけられていた。


「まぁ、もっとも人間風情・・・・にはあの情報から何かを見出すなんてできないでしょうけど」


 経験や踏んできた場数が違うとメイドは笑う。


「さっ!とっとと始めてこんな所ずらかりますかっ」


 一通り笑い、満足すると、メイドの全身から昏い光が溢れ出す。

 パチンと指を鳴らすと、元々あった陣に重なる様にメイドが描いた陣が浮かび上がる。


「私の特性はね……反転なの♪」


 まるで隣に誰かがいるかのように芝居がかった仕草でメイドは語りだす。


「ここにあった陣の元々の特徴は召喚。それもただの召喚じゃないの。極めて善良な自分の命を投げ出してでも人を見捨てられない……そんなば~かの魂を選別して召喚するんだ♪」 


 馬鹿にしたように語りながら行使される魔術には一片の曇りもない。


「そこで私の出番なのですー♪私の特性は反転。というよりも反転させる魔術しかつかえませーん♪でも――――」


 メイドがばっと振り返る。

 無論、そこには誰もいない。

 静かに続けられる一人芝居。


「――――私が反転できなかったものは、あの人しかいない……」

 

 陶酔するようにメイドが呟く。

 その言葉通り、反転させる特性を宿した陣にひっぱられるように、召喚陣が反転していく。

 裏返る。

 だが、元々左右対称な召喚陣は見た目でそれを判別することできない。


 そして――――


「でーきあがーり♪」


 昏い光が収縮していく。

 数秒後には何も変わらない光景が広がっていた。


「ふふふ、善良な人間を選んで選別する召喚陣が反転したらどうなっちゃうんだろーねー?でも、まっ」


 メイドは任務を終え、帰還するために背を向ける。


「ノエル知ーらない♪」


 場違いな底抜けに明るい声が祭壇に木霊する。


「魔王様……ご褒美期待してますよ♪」


 そうしてメイド――――ノエルは帰っていく。

 何事もなかったかのように音もなく、誰にも気づかれることもなく。

 そこには歪んだ召喚陣が残されただけだった。


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