序章
――――俺は掛け値なく素晴らしい。
特筆した才能がある訳でも、他者を惑わす容姿をしている訳でもない俺は、何故か生まれながら自分自身についてそうした認識を抱いていた。
曰く、俺が俺を愛すのに理由はなく、俺が俺であるだけで素晴らしいのだ。
しかし、そんな俺のこれまでの人生は華々しいものではなく、むしろ艱難辛苦の連続であった。
当然ながら自分を天才と称して憚らないにも関わらず、何ら結果を出せない俺は他者から嫌われ、疎まれ、見下された。
それは当たり前のことである。
何故ならば、この世は結果がすべて。
結果があってこそ過程に初めて意味ができ、結果の出ない過程などゴミも同然だ。
俺はいじめにあっていた。
暴力は日常茶飯事。
金を持っていけば、持って行っただけ奪われた。
クラス単位でのいじめだったので、味方はいない。
家族にも一方的に嫌われており、俺が怪我をしていても、見て見ぬふりをされた。
一つ勘違いしないでもらいたいが、俺をいじめたクラスメートも家族の事も俺はまったく恨んでなどいない。
王道とはかくも困難なものであり、これらも俺をさらに成長させるための試練であると俺は捉えていた。
その証拠に、家でも学校でも行われる俺という人格に対する否定の嵐を受けても、俺の愛は欠片も損なわれることはなかった。
話は変わるが、俺は努力を惜しんだことはない。
肉体は言うに及ばず、勉強面、芸術面、とるに足らない雑学に至るまで文字通り字が滲む程の努力をしてきたつもりだ。
肉体はいい。
やればやるだけ結果がすぐに出る。
事実、服の上からでは窺い知れないが、それなりに自慢できるだけのものを持っている。
クラスメートからの現在進行形で続くいじめにも、暴力という形でなら抵抗できるだろう。
しかし、それでは何の意味もない。
暴力で解決した所で、俺の経歴に傷がつくだけである。
さっきも言った通り、結果の出ない過程はゴミだ。
暴力は俺の理想とする結果ではない。
現時点では耐え忍ぶことこそ理想へと続く過程だ。
肉体とは違い、勉強や芸術面には大きな個人差がある。
正直に言えば、俺には才能がないということなのだろう。
どれだけ睡眠時間を削ろうとも成績は上がらず、絵画も音楽も上達する兆しすら見えない。
ちなみに勉強は小学1年から。
絵画と音楽――ギター――は中1から毎日一日も休むことなく続けている。
結果的に見れば、血の滲むような努力では全然足りなかったということだ。
命を削る様な努力をしなければならなかった。
ここに至ってさすがの俺といえども、限界を感じていた。
もちろん、自分自身にではなく、やり方についてだ。
今年で俺は17歳になる。
絵画や音楽はともかく、勉強は10年近くやっていることになる。
これから命を削るほどの努力をしたところで、世界のトップに立てる日が果たして何年後になるのか想像もつかない。
恐らくは俺が死ぬ方が圧倒的に早いだろう。
だが、諦めるという選択肢だけはなかった。
俺の今迄の人生をゴミにしないためにも、何としても結果だけは出さなくてはならない!
「…………おぉ」
――――ゆえに今。
ゴミを金塊に変える超常の法が眼前に具現化していた。
漆黒の髪に漆黒の肌。
それらよりさらに黒々とした妖気は陽炎のように彼女の周囲を漂っている。
そう、彼女。
ソレは人型の美しい女の形をしていた。
だが、奈落よりも余程底冷えするような冷気を纏った視線が彼女が人ではないことを何よりも雄弁に語っている。
――――曰く、悪魔召喚。
彼女は俺の愛の結晶である。