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「…………てれる、かくす?」


 待ちに待った休日である。誰のかと言えば、ロベルトさんの、である。

 王宮警護を担当する第三騎士団所属のロベルトさんは、ほぼ毎日定時で帰ってくるのだが、実のところ一日フリーとなる休日は少ない。基本は月に二日だ。後は仕事の忙しさに反比例する。


「ろべるとさん、きょう、どするで、ですか?」

「どうするですか、だな。……イノリは何がしたいんだ?」

「ううむ、いっしょ、おさんぽ? でも、おつかれ、それなら、だいじょぶ、おうちでも」


 二人でお出かけはもちろん心躍るものだが、家で一日中だらりと過ごすのも好きだから、どちらでもいい。

 そう伝えたら、ロベルトさんは目元を微かに緩めつつ、では出かけようか、と言ってくれた。一緒にお出かけなんて久しぶりなものだから、やはり気分が浮つく。さっきはどちらでも、なんて言ったが、本当はお出かけしたい気持ちの方が強い。中央広場に咲く黄色い花は見頃だし、ロベルトさんのワイシャツも買いたいし、出店のごはんも食欲をそそる。私にとって、ビックイベントなのである。


「はい、じゃあ、したく、する」

「慌てなくてもいい」

「はぁい」


 そうは言われても時間は有限だ。支度は早いに越したことはない。私はぱたぱたと部屋へとかけていった。クローゼットからお気に入りのワンピースを引っ張りだし、それに合いそうなカーディガンを身につける。最後はロベルトさんに貰った鞄を持って完成である。所要時間は10分もかからなかった。


「したく、おわたのです」

「……そんな慌てなくても」


 しかしそういうロベルトさんもすでに支度が終わっているのだから、おあいこである。

 そんな心の声が洩れ出ていたのだろうか、ロベルトさんがこちらに手を伸ばしてきた。思わずその手をぎゅっとつかみ取る。たまーに私の頭をぺしんとしてくるのだ、軽く。最近それが照れ隠しなのだと気が付いたのだが。


「? 髪が乱れているぞ?」

「あれ、そち、でしたか」

「なんだと思ったんだ」

「…………てれる、かくす?」


 ぺしん。

 今度は速攻だった。


「……いくぞ」

「はぁーい」


 思わず笑ってしまった私は、決して悪くないと思う。






「おいし!」


 早速、出店で買った串焼きを頬張りながら、ロベルトさんと広場を歩く。鶏肉のようなものをスパイシーに味つけた串は、噛めば噛むほど味がじわりと滲み出るようで、実に美味しい。勢いよくがっつきすぎたのだろうか(恥ずかしい!)、ロベルトさんは自分の持っていた串をそっと差し出してくれた。


「……これも食べてみるか?」

「ふくざつ、きもち。でも、おいし、つみ、ないのです」


 あぐ、と噛み締めた串焼きも美味だった。こちらは豚肉に近いだろうか。脂身部分がカリカリになっていて、バジルのようなソースで味付けがされている。口の中にじゅわーと広がる肉の味と、そんな脂っこさを包みこむハーブの香りが堪らない。


「ろべるとさん、こちも、どぞ?」


 そう言いながら串を差し出して、ロベルトさんからの反応がないことに気が付く。頭の上に疑問符を浮かべながら見上げると、ロベルトさんは口元を押さえたまま固まっていた。


「! だいじょぶ? きもち、わるい、あるですか?」

「い、いや、大丈夫だ。……そうだな、少し、気恥ずかしかっただけだ」

「? なにが、です?」


 そう問うと、ロベルトさんは一瞬言葉に詰まった。そしてぽつりと、だって俺の手から食べただろう、と呟いた。先ほど、私の両手が塞がっていたものだから、串焼きをもらう際、否応にも「あーん」の状態となっていた。どうやらそれが、


「はずかし、でしたか」

「……そうとも、言うな」


 しかし、そうはっきりと言われると、悪戯心が沸くのが人間というものだ。なんせ、照れるロベルトさんは可愛らしいので。


「ろべるとさーん」

「……一体何を企んでいるんだ?」

「あーん、して?」


 ぴしり、と固まる音がした。

 じっと見つめる間にもロベルトさんの血色が僅かに良くなっていく。同時に、私の口角がにんまりと弧を描いた。ロベルトさんの葛藤が手に取るように分かる。ちょっと意地悪かなあ、なんて思いつつ、経過を見守る。


「あー……その、イノリ?」

「なんでしょう?」

「自分で、食べられるぞ」

「わたし、が、たべさせる、したい、です」

「……」

「あー、でも、いや、なら、しかたなし、なので。むり、される、やです、そのほうが」

「……そうでは、ないんだがな、」


 意識すると恥ずかしくなってしまうんだ、と目を伏せたロベルトさんを前にして私は押し黙る。なぜなら、脳内の自分が、びったんびたんと、のたうち回っているからだ。気を抜けば身体が震えそうになる。それを押さえるのに、必死だった。


「たまらん……」

「?」


 いけない。押さえきれなかった分が、口から溢れ出てしまった。


「いえ、なにも、いう、してない、ですよ?」

「イノリ」

「はい」


 私は、ぴし、と姿勢を正す。さあ、どんとこい! そんな気持ちだ。何を言われようとも私はけして動揺しない。すでに目的を見失っている気がするが気のせいなのである。

 そんな私の決意を知ってか知らずか、ロベルトさんは少し目を泳がせながら、言葉を探しているようだった。そして意を決したかのように口を開く。


「……ひ、とくち、頂こうか」


 ────私の決意は一瞬にして崩れ去った。

 心臓がきゅんと高鳴る。もはや、にやけすぎて顔面崩壊も甚だしい。少しでも隠すために手で覆おうとするが、串を持っている所為で片手しか使えない。ならばせめて遠くへ、と串をロベルトさんの方へ押しやる。

 すると。

 そっと私の手に、ロベルトさんの手が重なった。驚いて顔を上げると、ロベルトさんは、瞳にからかいの色を浮かばせながら、小さく笑った。そしてそのまま、まるで、見せつけるかのように、────食べ、た。


「!!!!?」


 ぶわあと自分の顔が熱くなっていくのを感じる。言いたいことは沢山あるのに、言葉が言葉にならない。

 未だ混乱の極みにいる私に向かって、ロベルトさんは言った。


「からかわれてばかりでは、俺の立つ瀬がないだろう?」


 その瞬間、私は自身の敗北を悟った。

 なので、脳内で白旗を振りつつ、素直にごめんなさいを言ったのであった。



しのちゃん「あの馬鹿夫婦何してんだ……」

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