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第九話・・早池峰神社・・

第九話・・・早池峰神社・・・



カッパ淵から県道160号線を、40分ほど山道を走った先に、早池峰神社がある。


途中、神遣神社にて山に入る挨拶と、

これからの取材の成功を三山の神々に祈った。


この神社にはこんな伝説が残されている。


ある時、母神様が三人の娘を連れて、

この神社にお泊まりになった時、

母神様に大神様がこう申された。

「遠野には、早池峰山、六角牛山、石上山という三つの山があるから、

娘たちにそれぞれの山を守ってほしい」

そしてさらに

「早池峰山が一番高く景色も良い山だから、

霊華の授かった娘に守らせてほしい」


次の朝、母神様は娘たちに

夢の御告げを知らせその晩眠りについた。


夜中、末娘が長女の胸の上に霊華が授かっているのを見て

横取りしてしまった。

次の朝、母神様は娘たちを見て、

末の娘に霊華が授かっているのを見て、

末娘に早池峰山を、次女に六角牛山を、

長女に石上山をそれぞれ守らせることに決めた。

長女の名前はオロク。

次女の名前はオイシ。

末娘の名前はオハヤと言った。

遠野の女たちは、

その妬みを畏れて今もこの山では遊ばない。」(参考資料 鈴木サツ昔話集 )


神遣神社は、よほど気をつけて行かないと

見逃してしまいそうなほど、

周りの景色に溶け込んでいて、

神社というよりも小さなバス停のような不思議な造りで、

山に棲むモノノケたちが、

早池峰神社にお参りに来るバス停のように感じられた。


道路の脇に滑り止めの砂を入れておく小屋が見えるが、

それがかろうじて目印になるくらいで、

木々の勢いが増す時期は、

よほど注意していないと見つけるのが大変なのではないかと思った。


「この真っ直ぐな道は天国まで続きそうだね」

福ちゃんが神社前の道を見つめながら言った。

「さっきバス停があったから、ここまでバスが登って来るみたいだね」

一人が来た道を振り返りながら言った。


一人の言葉に、私が感じたモノノケのバス停という考えも、

まんざら嘘ではないような気がして嬉しかった。


「天国へのバス停・・カミワカレ・・遠野らしくて良いかもね」

私の言葉に福ちゃんが

「僕はまだやりたいことがいっぱいあるから連れて行かないでくれぇ」

と言いながら一人にしがみついている

「はっはっはっ!ではその願い叶えてやろう」

一人が腰に手を当てて、

まるで天国の門番気取りで、福ちゃんの頭を撫でている

「二人とも、漫才はそのくらいにして、さあ!次行くわよ」

車に戻ろうとすると、目の前を、1台の路線バスが通り過ぎて行った。


早池峰山は標高1917メートル、

北上山地の最高峰で権現信仰の霊山である。


1300メートル付近は、

氷河時代を耐え抜いた高山植物の宝庫で

早池峰高山植物帯として特別記念物に指定されていて

ハヤチネウスユキソウが有名である。


早池峰山は前方にそびえる薬師岳の影となり

その全容を里から拝むことはできない。


「優しいけど険しい形だよね」

福ちゃんがフロントガラス越しの早池峰山を見つめている。

「早池峰山って、へ、の形に似ているわよね」

わかりやすく、山の形を表現するには、

ひらがなの、への形がぴったりだと私は思った。

「はなちゃん、もう少し美しい表現にしてくれないかな」

元山岳部で山を愛する一人が言う。

「じゃあ一人はどんな形がぴったりだと思うの?」

「へ」

その答えに三人とも爆笑してしまった。


目の前には、先ほどからの私達のやりとりを、へ、とも思わずに

流れるような曲線が美しい

早池峰山の尾根が見えていた。


「この川を渡った、あの杜の中が遠野の早池峰神社みたいだね」

福ちゃんが指差した先には、

鬱蒼とした杜が見えるばかりで、

早池峰山もそうだが全体を見ることは難しいそうだ。


どうやら早池峰の神様は、

よほど恥ずかしがりやなのかもしれない。

座敷カッパのたっちゃんが、

自分達を、早池峰の神様が優しく見守ってくれていると

教えてくれたこと思い出して、

きっととても美しく控えめな女神様なのだと思った。


神社脇には廃校になった旧大出小中学校がある。

ここには座敷わらしが住んでいて、

特別に部屋も用意されている。


近日中に、ふるさと学校として公開されるそうだが、

係の方にお許しをいただき、

神社と学校の間の道に車を停めさせていただいた。


階段を登ると早池峰神社と書かれた山門があり、

その脇にお不動様が祀ってあった。


夫婦のイチイの木の下から山水が流れている。

山門をくぐり杉木立の中をしばらく歩くと

早池峰神社のオヤシロが見えてきた。


ちなみに遠野の早池峰神社と

大迫の早池峯神社の違いは漢字の峰と峯で区別してある。

古からの決まり事のようであり、謂れはわからない。


お社の前は周りの杉木立の影響だろうか、

そこだけまるで、スポットライトを浴びているように明るい。


さっきのバスでやってきた神々が、

そこかしこで宴会でもしていそうな明るい気が漂っている。


しかし時折神殿の方から吹いてくるひんやりとした空気が、

ここが神社で御神域であることを気づかせてくれた。


山の形には険しさと、優しさが同居しているような

独特な雰囲気があるが、

やはりこの神社全体も同じなのだと思った。


「はなちゃん。早池峰神社は東西南北の登山口にそれぞれあって、

つまりそれぞれの郷の入り口にあるらしいから、

四つの神社があるらしいんだ。

元は円仁さんの開いた妙泉寺というお寺だったそうだよ」

福ちゃんがガイドブックを見ながら教えてくれた。


西の登山口・・大迫・・元池上院妙泉寺の早池峰神社

東の登山口・・江繁・・元新山堂の早池峰神社

北の登山口・・門馬・・元新山権現の早池峰神社

南の登山口・・上附馬牛・・元持福院妙泉寺の早池峰神社

更に山頂には奥宮が祀られている。


「どうしてそんなにいっぱい神社があるのかしら?」

私が福ちゃんに問いかけると、

しばらく考えた後

「それだけ大切にされてきた山なんじゃないかな。

資料によると、

古くから早池峰山は神々が宿る霊峰と捉えられていて、

死後魂がこの山に登ると信じられていたらしいよ。

それから古代から山岳信仰の聖地で、

男子は成人に達すると

七日間身を清め白衣に白袴を着けて早池峰登山に出かけ、

ようやく一人前と認められるらしい。

女達は早池峰神社の夏祭り迎えるまでは、

早池峰の神様に素顔を見せるのは畏れ多いと、

農作業するときは布で顔を覆って

野良に出かけたと書かれているよ」


目に見える世界と、そうでない世界、

その存在の有無は別として、

両方の世界でそれぞれに

大切な役目を果たしてきたであろう早池峰山。

古の人々は、

その重要性を深く理解して、

各登山口に神社を置き守護してきた。


福ちゃんの言葉を聞きながらなぜか、

私の心にそんな言葉が浮かんできた。


「ところで福ちゃん、

遠野の三山にはそれぞれ同じ神様が祀られているの?」

「いやそれぞれ別みたいだよ。

早池峰山の御祭神は瀬織津姫命。

六角牛山の御祭神は速秋津姫命。

石上山の御祭神は速佐須良姫命。

と書かれているよ」

「ちょっと待って!

私その神様達の名前をどこかで聞いたことがある

・・・・確かどこかで・・・」


しばらく考えて

「わかった!思い出した!」

私の母、松恵美は、

祖母の影響か神仏をとても大切にしていて、

毎朝仏壇に般若心経を、神棚では大祓祝詞を唱えていた。


母の説明によると、大祓祝詞は、

これを唱えれば全ての罪穢れが祓われるという。


私は、有り難い祝詞で、

難しい言い回しと長い文章に、

どうしても馴染めないままでいたが、

祖母や母が「オガミサマ」と言って大切にしていたので、

いつしか私も隣で聞きながら覚えてしまっていたようだ。


その大祓祝詞の中に、

この三人の姫神様は確か登場していた。


そのことを福ちゃんに伝えたら

「わかった!調べてみるよ」と返事をくれた。


門前の小僧のなんとかで、

母が毎日唱えている祝詞を

いつの間にか私も覚えてしまっていたらしい、

そのことに驚きながら、

信心深かった祖母と母に心の中で手を合わせた。


東北の夕暮れは予想以上に早く。

山びとに遭っては大変だと早池峰神社を後にした。


だんだん遠くなっていく早池峰山。

またいつか訪れる日を思いながら、

私はカッパ淵での、

座敷カッパのたっちゃんの言葉が、

どうしても気になっていた。


・・・ナカマダカラ・・・


今まで見えなかったものが見えたり、

聞こえるはずのない声が聞こえたり、

遠野に来てから体験した

さまざまなことを思い出しながら、

たっちゃんが言ったことと、

何か関係があるのだろうか?


続石の夢の始まりは、

一人から借りたあのトヨの占いの書だった。

私はとにかく初めから、整理して考えなくてはいけない!

とその時強く思ったのだった。


そしてこんなこともあろうかと

トヨの占いの書を持参していたことを思い出した。


自分の考えに迷いや悩みがある時に、

目を閉じてページを開くと

そこには、

まるで私の心を見透かすような言葉達が書かれているからだった。


私はバックから本を取り出し、

目を閉じてページを開いてみた。


そこには

・・・為すこと全て楽しみましょう・・・


解説には・・怖がらないで感じたまま、

全てお任せしてみましょう・・・とあった。


そうか、悩んでみたところで

簡単に答えは出てきそうにないし、

全てお任せが一番ということか・・。


だとしたら私は、

たっちゃんが教えてくれたように、

ハヤチネノカミサマの仲間だと云うなら、

むしろ、その証を見せてほしいと願うことにして、

次第に遠くなる早池峰山に向かい、手を合わせた。

「どうかハヤチネノカミサマ、私を導いてください。お願いします。」


「銀河の中を進んでいるみたいだね」

窓の外の景色を見て福ちゃんが言った。


宿のある市街地までは

一面田んぼが広がっている。

田植え間近の田圃にはたっぷりと水が蓄えられていて、

辺り一面湖のように見える。


「それじゃあ俺は銀河鉄道の機関士かな?」

一人が弾んだ声で答えた。

「では機関士様。安全運転でお願いします」


気になることは沢山あるけれど、

占いの言葉のように全てを楽しみに変える。

そう考えることも大切なことだと思った。


「次は民宿パハヤチニカ。パハヤチニカでございます。

皆様お降りの際はお忘れ物にご注意くださいませ、

本日は誠にありがとうございます。」


福ちゃんも一人も、

心の中には沢山の悩みを抱えていると思う、

けれどいつも楽しい雰囲気を忘れない。


窓の外には銀河のような景色が広がっていて、

街の灯りがまるで、

銀河ステーションのように私たちを迎えてくれた。


その日の夕食時には、

座敷かっぱのたっちゃんの姿はなく、

あのかっぱ淵で見た、

たっちゃんの悲しそうな表情が、

心に引っかかったままだったから、

現れてくれることを願っていた。


一人もどうやら同じ気持ちのようで、

たっちゃんに会いたいと、

仕切りに何度もカメラを構えてその姿を探していた。


けれどたっちゃんは

遂に現れなかった。

明日はいよいよ・・千葉家・・

そして続石の辺りを取材するという。


やっとあの石に逢える、

そう思っただけで

私はなかなか眠りにつくことができなかった。



誰かが歌っている。一人、二人の声じゃない。

大勢の人が歌っている。

それもかなりの大きな声で、いったい誰?

アー


オー


ウー


エー


イー


大きな石の周りを大勢の人々が等間隔に並び、

円を描くように座っている。

二重、三重の大きな和だ!

声を整え、

体を左右へ大きく振りながら、

時に高く、時に低く。



アーカー


アーマー


単純な言葉の連続ではあるが、何処か酷く懐かしい。


モートハモトヘ


ハジーマリハ


ハジーマリへ


ヒラクウタ


ツヅクウタ


アー


オー


どうやら繰り返し、繰り返し、

この歌は時を超えて歌われているらしい。

まるで神の出現を待っているように、

そう何かの儀式のように。


私はその様子を大きな石を正面として、

左側の一番後ろの高い位置から見守っていた。


大きな石の前には光に包まれている光輝く女性が居て、

まず初めにその女性が歌い、

それを円を描くように座っている

大勢の人々がこだまのように追いかけ、

次第に歌声は大きくなっていく。


そしてまるでその声に応えるかのように、

どこからか光の粒子たちが集まり、

光り輝く女性の周りで歌声に合わせて

ダンスをしているようにリズミカルな動きをしている。


車座に座っているひとりひとりの腰には、

一本の赤い糸があり、

その糸を隣り合わせたもの達がお互いに結び合い、

光り輝く女性を取り囲むように全員がつながっていた。


・・・キズナ・・・


と誰かが私の耳元で囁く、

その赤い糸はそう呼ばれているらしい。


人々の着ている服装から、

古代の日本なのかもしれないと思いながら、

振り向いた光り輝く女性の顔を見て私は驚いた、

私にそっくりな女性がそこにいたのである。


教科書に古代の女性たちの服装が掲載されているが、

目の前いる私にそっくりな女性の服装は、

まさに教科書どおりで、

生成りの直線断ちの衣装を身に纏っていた。


更にその衣装の周りにはスパンコールのように

光の粒子が纏わり付き、

更には私にそっくりな女性は、

光の粒子を独特の声で操っているのがわかった。


アー


と言う声の時は光の粒子たちは左に周り。


カー


という声の時は螺旋を描く。


ハッとして目が覚めた。


しばらく呆然としながら、

夢だと理解するまでに少し時間が必要だった。


今のはなに?


私がいた。

確かに私そっくりな女性がいた。


そして、やけに懐かしい歌だった。


さらに私の頬が濡れていることに気が付いた。

何故泣くのだろう

そして私は、無性に夢の中に帰りたいと思った。


カーテンの隙間から朝の光が差し込んでいる。

今日も遠野の郷の神々たちは私たちを

歓迎してくれていると思った。





お読みいただきありがとうございます。

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この世界観がとっても好きです。 自然と神さまが、そこに違和感なくいらっしゃるよう。風の音まで聞こえてきそう。 読んでいると、繊細なこの世界の情景が、心に広がってきます。 また岩手県のこと、色々知れて嬉…
感謝してます。へ 笑った〜。会社員の3人がふざけたり笑ったりのシーンが好き。 淡路島、神社、ワーク、思い出されました〜。 歌声、天龍花女神あわのうた、みたい〜。 美しすぎる〜。感動しました。続きが楽し…
面白いです。 この世界に、どんどん引き込まれていきます。 一緒に旅をしている感覚になってます。 続きが楽しみです。
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