第十九話・・卯子酉様・・
第十九話・・・卯子酉様・・・
案内板の横に東屋があり、中で老女が昼寝をしていた。
遠野の郷では人間と神様が
まるでお隣さんのように一緒に生活している。
これまでも普通の民家の脇に、由緒ある神社があったりした。
本来の信仰とはもしかして、こうして生活の中にいつも神仏がいて、
共に生きる事なのかもしれない。
「はなちゃん見てごらん」
福ちゃんが指差した先には、
大きな木がまるで地面から両手を広げているような、
不思議な形をしてそびえたっていた。
しめ縄に紙垂がある事で(御神木)だということがわかる。
更に二つに分かれた幹の部分に小さな祠が祀られていた。
「ヒバの木だね。そしてこれが桂の木。こっちはイチイだね」
一人が一本一本の樹を指差しながら教えてくれた。
ヒバの木は一番太く大きい、
それが地面から1メートルくらいのところで二つに分かれていて、
一方の幹は、隣の桂の木とまるでダンスを踊っているかのように絡み合い、
もう一方の幹はイチイ木と絡み合っている。
イチイの枝は卯子酉様の祠のすぐそばまで伸びていて、
参拝者の手の届く範囲にはほぼ隙間なく、
赤い布が結び付けられている。
卯子酉様は縁結びの神様。
東屋から卯子酉様へ向かう間に朱色の小さな鳥居があり、
愛宕様の里宮が祀られている。
愛宕様を脇に見ながら丁度正面に縁結びの神様、
卯子酉様のお社がある。
言い伝えによると卯子酉様の始まりは、
昔ここに大きな沼があり、
その沼の主が美しい娘に恋をして、
自分の想いを伝えようと、
一匹の白蛇を娘の父親に遣わしたところ、
誤って父親に殺されてしまう。
すると家人たちが次々に病に罹り、
巫女様に伺いを立てていただくと、
神の遣いを殺した祟りだとわかり、
お堂を建てて祀ったのが始まりとされている。
その後も沼の主は娘を嫁に欲しいと何度か言ってきたが、
遂には娘が死んでしまい家人たちは沼の主を不憫に思い
せめて亡骸を沼の辺に埋めたと伝えられる。
主の想いは片思いに終わり、
その思いからかこの地には片葉の葦が生えることとなり、
お堂は娘をもらいに行った
遣いの白蛇を祀り縁結びの神社となった。
願い事をする時は、自分の名前と相手の名前を左手で左字を書き、
左手で結ぶとその願いは叶い、縁が結ばれると言い伝えられている。
今では大沼もその姿はなく、この御神木と祠だけが残った。
(参考資料鈴木サツ自選50話遠野むかしばなし)
「よし!俺は書くぞ!」
一人が張り切っている
祠の前には小さな箱の中に赤い布が入っていて、
100円を払い一枚いただく、サインペンもちゃんと用意されていて
一人は早速しゃがみ込んで言い伝え通り左手で書き始めた。
「あのさ・・・左字ってなんだ?」
「鏡文字の事だよ」
福ちゃんが言った。
「うそだろ・・・難しいな・・・・」
「恋の成就にはそのくらいの苦労は必要だろうってことかな」
福ちゃんはそう言いながら笑っている。
一人はぶつぶつ独り言を言いながら悪戦苦闘していた。
「縁結び以外のお願いはダメなのかな?」
「え・・・・福ちゃんは何をお願いしたいの?」
「決まっているだろう!今回の企画の成功だよ。
はなちゃんは、書かないのかい?」
「ナ・イ・ショ」
私も一枚赤い布をいただき、左字にチャレンジすることにした
「誰の名前を書くの?」
後ろから一人が声を掛けてきた。
「おしえない!」
と言いながら咄嗟に手の中に赤い布を握りしめた。
さっき博物館で感じたままの気持ちを、素直に書くつもりでいたからだった。
一人は何か言いたげであったがくるりと背を向けた。
左手で書く左字はなかなか難しく、
それでもなんとか書き終えて、
私は二人が車に戻ってから結び付けることにした。
一人は遥か上の枝に、
福ちゃんは縁結びではないので右手で結びつけている。
二人が車に戻るのを確認してから、
なるべく人目につかないような枝を見つけて、左手で結びつけ私も車に戻った。
(どうか想いが伝わりますように)
車に戻ると福ちゃんが「まち散策マップ」を見ていた。
「あれ?一人は?」
運転席にいるはずの一人の姿が見えない
「二番」
我が社では番号で行動を表すことになっていて、
一番は食事、二番はトイレを表す。
来客の折など「一番に行ってきます」と告げると先に食事を済ませてきます。
という意味になる。
この場合一人はトイレに行ったという意味になる。
この駐車場は「さわやかトイレ」という名前の公衆トイレになっている。
遠野の観光地のトイレはどんな場所でもとても綺麗で気持ちがいい、
宿の御主人の話では
(遠野の町を好きになってもらいたい)
と言う願いから、郷の女性たちが毎日綺麗に磨いているとのことだった。
「このマップによると町の中にもたくさんの物語があるんだね」
そう言いながら福ちゃんが散策マップを渡してくれた。
「本当ね。街角を曲がるたびに昔話の世界が広がるって素敵ね」
散策マップの中には十九の物語が紹介されていて
どれも実在の建物や神社にまつわるものである。
「ここから一番近いのは、石こ鍛治の話ね」
夜になると石が降ってくることから、
石こ鍛治と呼ばれるようになり、
尻尾が二本分かれている古狐を退治してから止んだという。
「愛宕様の話もあるわね」
「この村兵屋敷の話だね」
貧しかった村兵の先祖が愛宕山に向かう坂道で、
背負って行けという一体の仏像に出逢い、
愛宕山に祀ってからは大金持ちになったという、
またこの家の女房が畑にきゅうりを取りにいき神隠しにあった。
それからこの家ではきゅうりは作らないことになった。
「へ〜そういえば私の田舎でも特定の作物を作らない家ってあるわよ」
「本当にそんな事があるのかい?」
福ちゃんが不思議そうに言った。
「ええ。よく母があそこの家では瓜は植えてはいけないとか、
ナスがダメとか言っていたわよ。
その土地の土の質が合わないのが理由らしいけどね」
「土の質か!それなら話はわかるね」
「そうそう、凄いのを見つけたよ!この十一番の話。ちょっと読んでみて」
福ちゃんが興奮気味に指し示した。
「えっ!よみがえり・・・生き返った話・・ホラーみたいになってきたね。
確か虫の知らせみたいな話もあったわよね」
「そうそう、シルマシだろう」
その時一人が二番から鼻歌を歌いながら戻ってきた。
「二人で何を仲良くみてるんですか〜」
「お帰り。珍しいな鼻歌なんか歌って、いいことでもあったのかい?
この散策マップを見ていたんだよ」
福ちゃんの問いに
「いや別に」と一人が答えた。
「町の中にも沢山の昔話があるのよ」
そう言いながら、私は散策マップを一人に渡した、
すると
「おっ!これお笑いタレントみたいな名前だな、
ウンナンサマだってよ!」
と一人がいつになくはしゃいだ声で言った。
こんなに上機嫌な一人を見たのは初めてのような気がする。
何かいいことでもあったのだろうか
「本当ね、本人たちが知ったら驚くわよね」
ウンナンサマは正式には宇迦御魂神と言い、
水とウナギにまつわる神様で、
かつて境内には湧水があり、
神の遣いの片目のウナギが棲んでいた。
そのためウンナンサマの氏子は鰻を食べないと云われている。
「なになにを食べないって話は、さっき博物館でオシラサマの説明にも書いてあったよ」
福ちゃんがおしえてくれた。
「もしかして、オシラサマを祀ってある家では四つ足は食べないとか?」
「はなちゃん、どうしてわかるの」
「えっ!そうなの」
「厳密には四つ足だけじゃなくて、
獣と鳥も含まれていて、食べる口が曲がるって言われていたらしいよ。
当時は栄養不足が深刻でかなりのありがた迷惑だったみたいだね」
「私の母方の祖母の家がそうだったの、
でも祖母の家は四つ足だけで、
鳥は大丈夫なことにしていたみたいよ
祖母は鶏肉は食べていたから」
「はなちゃんのお婆さまの家にもオシラサマは祀られていたの?」
「その辺は聞いたことはないけど、
そういえば母が昔はお蚕様を飼っていたって話していたわ」
「オシラサマは女性にやさしい神様でね、
祟りはその家の男性に現れたらしいよ、
他家に譲りたいけど神罰が恐ろしくて譲れない、
そんな男たちの困り顔が見えるようだね。」
私の祖母は一昨年九十六歳の天寿を全うした。
遠野に来てからというもの、どうしたわけか祖母のことをよく思い出す。
「二月、三月花盛り
うぐいす鳴いた春の日に
楽しい時も夢のうち
五月、六月実が成れば
枝からふるい落とされて
近所の町へ持ち出され
何升何合量り売り
もとより酸っぱいこのからだ
塩につかってからくなり
紫蘇に染まって赤くなり
七月、八月暑いころ
三日三晩の土用干し
思えば辛い事ばかり
それも世のため人のため
しわがよっても若い気で
小さな君らの仲間入り
運動会にもついていく
ましていくさのその時にゃ
なくてはならないこの私
今日は赤く染まって
愛しいあなたの元へお嫁入り」
祖母が教えてくれた(梅干しの歌)を気がついたら口ずさんでいた。
家事をしながら独特の節回しで楽しそうに歌っていたのを思い出す。
「はなちゃん、それなんの歌?」
助手席に座る福ちゃんがそう言いながら振り向いた。
「梅干しの歌って言うのよ」
「へえ、梅干しの歌か、優しくて良い歌だね」
「でしょう。おばあちゃんが教えてくれた歌なんだけど、
すっかり忘れていたのに遠野にきたら不思議ね、
すらすら歌えたから自分でも驚いちゃった」
「都会に住んでいると、
自分が何処にいるのかわからなくなる時があるよね」
「ええ、確かに」
「遠野というか東北全体の時間の流れが都会とは何処か違って、
ゆったりとしているように感じるよ、
だからなのかな、心の奥のほうにしまい込んでいたものが
ふとした拍子に顔を出すのかもしれないね」
福ちゃんが言った。
「そうかも知れないわね。
遠野には忘れていた記憶まで思い出させてくれる
不思議な力があるのかも知れないわね」
「はなちゃんのおばあちゃまは、魔法を使わなかったのかい?」
「えっ・・・・・なんで?」
福ちゃんの突然の問いに私は驚いた。
「佐々木喜善氏の祖母の姉様も、
魔法に長けていたという話が遠野物語にあったなと思って
まじないで蛇を殺したり、木に止まっている鳥を落としたり、
はなちゃんのおばあちゃまのイメージと重なってね」
「まじないは使わなかったけど、
なんでも知っていて、よくお天気は当てていたわね。
雲の流れ方や日の入りの仕方、そうそう地震で天気予報をしていたわ」
「地震で?」
「そう、五・七の雨に、四つ日照り。六つ八つに九の病」
「へぇ〜凄いね、で意味は?」
「はっきり覚えていないのだけど、
今の時間で五は八時の事、
七は七時、六は六時、
四は十時から前後二時間、
九は十二時を現すらしくて、
その時間に地震が起きると雨になったり日照りが続いたりするらしいの」
「昔の人達の知恵の素晴らしさだね」
「祖母が元気な時は、
どっちかというと口やかましと思っていだけど、
今はいろんな話をもう一度聞きたいと思うことが多くなってきて
・・今更遅いんだけどね」
「居なくなって初めて、その人のいた位置がわかるものだよね」
福ちゃんは大きなため息をついた。
「さて、そろそろ昼飯にしようか」
一人が待ってましたとばかりに車を走らせた。
感謝しています。
お読みいただきありがとうございます。
面白かったら、
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