5話 男爵令嬢と“じゃない方”
双子の姉・ルリアほど魅力的な女性を、私はこれまでに見たことがない。
亜麻色の髪は絹糸のように艶やかで、いつもふんわりと薔薇の花のような香りがした。
滑らかな肌は透けるように白く、シミやソバカスになんてきっと一生縁がない。まるで陶磁器のようなあの肌が羨ましいと、私は何度思ったことか。
一番のチャームポイントは大きくて愛嬌のある青い瞳。じっと見つめられるだけで、女の、しかも双子の相方である私でさえ胸が高鳴るくらいだもの。
ああ、でも、品のいい形の唇も捨てがたい。あの桃色珊瑚の色は、どんな口紅よりも魅力的だった。
そして、魅力的なのは容姿だけじゃない。
ルリアは優しく穏やかな性格で、とにかく気立てがいい。柔らかい物腰でどんな相手にでも分け隔てなく接するルリアは、ばあやの言う『淑女』を体現するような人だった。
そんな非の打ちどころのない姉は、どこへ行っても憧れの眼差しを向けられていた。
実家が抱えた多額の負債も、金勘定に必死になる男爵夫妻……つまりは私達の両親の悪い噂も、少しもマイナスにはならなかった。
落ちぶれた男爵家の令嬢であっても、姉への求婚が絶えることはなかったのだ。それはもう、同年代の子女達がこぞって羨むくらいに……。
◇
私はと言うと、双子と言わなければ分からないほどルリアとは対照的だった。
いいえ。言ってもまともに取り合ってもらえないのが常で、大体が冗談だと思われた。
顔や体のパーツは同じでも、まず目につくのが癖の強いくしゃくしゃの赤毛。それから、顔中を大胆に飾るソバカスとホクロだ。
この強烈すぎる二つの特徴のおかげで、私は陰で“美女じゃない方”と呼ばれていた。
おまけに私は、我が強くはっきりとした性格。つむじ曲がりで可愛げの欠片もない私、もとい“淑女じゃない方”は、いつもルリアの引き立て役だった。
『妹さんは、ルリアさんにはあまり似ていませんね』
『お二人で並んでいると、ルリアさんの美しさが際立ちますね』
『妹のあなたから見たルリアさんのお話を聞かせていただけませんか?』
私に向けられる言葉は、いつもルリアのことばかり。「他にレパートリーはないのですか?」と嫌味を言いたくなるくらい、定型文のオンパレードだった。
大昔の話だけれど、私にも気になる男性がいた。とある舞踏会で見かけた、品のいい青年だった。
後に子爵令息だと判明した彼が、ダンスフロアでこちらに駆け寄って来た時は心が弾んだわ。当然でしょう、私だって女の子だもの。
でも彼は、私を素通りしてルリアにダンスを申し込んだ。
私達の顔を交互に見て、「ご友人でいらっしゃいますか。ルリアさんをお借りしますよ」と、そう言ったのだった。
誰も、“ルリアじゃない方”には関心がないのだ。
でも、それも悪くはない。
なぜなら、17歳になっても私のベッドにこっそり潜り込んで、「シュカと一緒だといい夢が見られるの」「この世で一番シュカが大好きよ」なんて言って照れ笑いをする、ルリアのことが大好きだったから。
◇
お母様はルリアを美しく着飾らせることが趣味で、「双子なのにどうしてこうも違うのかしら?」と言うのが密かな口癖だった。
逆に、お父様はルリアに対して劣等感を抱き、出来損ないの私を溺愛した。あれは多分、私と自分の姿を重ねていたから。お爺様に……お父様にとっては父親に、「お前は商才がない」と責められ続けていたからだわ。
だから私は素直に受け取れず、言い方は悪いけれど少し窮屈に感じた。
新事業に行き詰ったお父様は、かねてからの取引先でもあった隣国の宰相・ハリドに取引を持ち掛けた。
娘と引き換えに、家を立て直すための融資を得る算段だ。
宰相は『稀代の美女』と名高いルリアを望み、お父様はそれを快諾した。
最愛の娘を遠方にやることを最初は渋っていたお母様も、送られてきた婚礼衣装を見るなりコロッと態度を変えた。数分前には「老人の12番目の妃なんて無礼にもほどがありますよ」と怒鳴っていた口で、恥ずかしげもなく「娘のように愛してくださるわね」などと言うものだから、私達は閉口してしまったのだった。
私達は知った。
お金は人を変えてしまうものだと言うことを。
お金目当てで正体不明の盗賊に誘拐され、投獄されている今だからこそ、声を大にして言いたい。
貧しくても、家があり家族がいる。それ以上の幸せは、この世ではきっと見つからないと言うことを。
そして、出立の日が迫ったある日。
ルリアは私に……私だけに、悶えるほどに苦しい胸の内を打ち明けてくれた。
私の運命は、あの時に決まったのだった。
読んでくださってありがとうございます!
今日はあともう一話公開しますので、読んでくださると嬉しいです♪