6話 見上げた空は蒼く
「……ん……んん、体が痛い」
私のベッドはこんなにも固かったかしら? ああ、そうだった。お尻の辺りのバネがおかしくなっていたせいね。
まどろみの中で、私は思った。
でも、おかしいわ。修理代がかさむからと、クッションや端切れをこれでもかと詰め込んで補強したはずだったのに……
「…………っ、じゃない!」
私が撫で回していたのはベッドのシーツではなく、ザラザラとして冷たい別の何か。その感触に不快感を覚えたところで、私はやっと飛び起きた。
まったく、なんてこと。熟睡したばかりか、悠長に夢まで見ていたなんて自分が信じられない!
……とは言え、仕方ないわよね。あんな酷い目に遭ったんだもの。どんなに強靭な精神の持ち主でも現実逃避くらいしたくなるわ。
それに、たっぷり寝たおかげか、ようやく頭がクリアになった気がする。
そう言えば、グラドールとの国境を越えてから丸二日間、一睡もしていなかった。自分では気が付かなかったけれど、周りを見る余裕がないほど疲れきっていたのね。
私は大きく息を吐いた。吸って、また吐いた。それを三度繰り返し、呼吸を整えてから周囲を見渡してみる。
ああ、シーツだと思って撫でていたのは、剥き出しの地面だったのね。どうりでザラザラして土の匂いがすると思った。おかげで、肌の露出している部分や服は全体的に薄汚れている。
もっとも、婚礼衣装はさっさとはぎ取られていたから、肌着一枚しか着ていないわけだけれど。当然のことながら、こっそり懐に忍ばせておいた懐剣も武器になりそうな簪も何も残っていない。
はぁ、まったく抜け目ないわね……。
でも、怪我はない。私が寝ている間に縄を解かれたらしい手足も、元の通りきちんと動く。あれだけきつく縛り上げられていたのに、どこにも異常がないなんて驚きだわ。
目だってこの通り、ちゃんと……
「……ああ……綺麗だわ、空」
私が閉じ込められていたのは、牢屋は牢屋でも地下牢ではなかった。建物の入り口があるらしい方向はわずかに明るいし、牢内には小さいながら窓もある。
正確には、「せめてもの情けだ」とばかりに壁をくり抜いた、細く小さな穴なのだけれど……囚人にはそれですら十分有難い。
私はあごをぐっと上げ、高い窓から差し込む光をうっとりと眺めた。
こんな空がまた見られるなんて夢にも思わなかった。昨日は死ぬことすら覚悟したのに……。
私はまだ生きている。
そして、自由だわ。
あの男は、言葉を違えなかった。
「……なんて、油断は禁物よ。シュカ。感傷に浸っている場合でもないわ」
私は気を取り直し、脱出の時に備えて牢屋の見分を始めた。そして、大きく首を傾げる。
ええと、なんと言うか……この牢はこれで大丈夫なのかしら。想像していた牢屋よりもずっと粗悪な造りみたいだけれど?
私はこれまで、日干しレンガを積み上げた建物には縁がなかった。だから、「これが正しい」と言われればそれまでだけれど、素人目に見ても壁の隙間がかなり目立つ。
屈強な男性が体当たりをすれば崩れてしまいそうだわ。
牢の格子も細身で、いかにも頼りない感じがする。
それに、見たところ、格子の素材は銅……いえ、青銅かしら? どちらにせよ、少し頭を捻れば、握力のない女囚人にだってへし折れるわ。
大丈夫。きっと、きっと逃げられる。
「ふあーー……っふ」
え!?
突然響いたマヌケなあくびの音に、私は一瞬で凍り付いた。
よりにもよって脱獄の作戦を練っている最中に、誰かが訪ねて来たらしい。
誰? 何をしに来たの……?
強い恐怖にさいなまれ、身震いをしつつも、私はキッと格子の外を睨んだ。そして、動揺を押し殺して「誰!?」と叫ぶ。
すると、
「おい、どこを見てる。こっちだ、こっち。あんたのその目は飾りか」
発信源は、向かいにある牢だった。
思わぬ場所から聞こえた返事に、私は更に打ちのめされた。
おかしい。これまで向かいの牢からは何の物音もしなかったし、何より格子戸が空いているもの。私以外、収監されている人間はいないはずよ。
なのに、どうして!?
「ご機嫌よう、囚われの花嫁殿」
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