3話 美しき悪魔
後ろ手に縛られ、頭を付いて土下座をしているような格好の私を見下ろしながら、男は鼻先で笑う。
斬首を覚悟した私の気なんて知らず、なんとも楽しそうだ。
そして、
「気に入った」
ゆったりとした調子でそう告げた。
は……?
「何が?」と尋ねようとしたところで、突然体が引き起こされた。
乱暴な手付きではあったものの、無理な体勢で転がされているよりはずっといい。口にこそ出さないまでも、私は内心ホッとした。
でも、男の奇行はこれで終わりではなかった。
何を考えたのか、私の目隠しを勢いよく取り払ったのだ。
「!?」
あまりの眩しさに私は小さく唸り、目を瞑る。
地下牢に閉じ込められたとばかり思っていたのに、どうしてこんなに明るいの?
でもそれよりも、男の狙いの方が気に掛かる。この悪党のことだもの、絶対に何かを企んでいるはずよ。
「ふ、不意打ちで油断させる魂胆でしょうけど、そうはいかないわよ!」
意を決して目を開け、私はぎょっとした。
もしかしたら、花嫁行列が襲われた時以上の衝撃かもしれない。
「……嘘みたい」
何故かと言うと、しま模様のターバンを頭に巻いた褐色肌の青年が、優しい眼差しで私を見下ろしていたからだ。
目鼻立ちがくっきりした端正な顔付きは、瞼の裏の“親玉”とは似ても似つかない。長い睫毛に縁どられた瞳は、深い海の色。雑に束ねた長い金髪は透けるように綺麗だ。
日焼けした肌に刻まれた深い傷跡の数々は、男性にとっては勲章なのかもしれないけれど、どう見ても彼の中性的な顔には合っていなかった。
今まで会話していたのは、本当にこの人……?
舞踏会や園遊会で見たどの男の人よりも綺麗だわ。まあ、身なりを整えるのも苦労するくらい困窮していたし、社交界では肩身が狭かったから、数えるくらいしか出席したことがないのだけれど。
「どうした?」
「……い、いえ。凶悪な盗賊のイメージと随分かけ離れていたので、少し驚いて」
「はは、それはそれはどうも。光栄だな」
男は口の端を上げて笑った。
ああ、勿体ない。黙っていればこれほど絵になる人はいないのに。
……なんて、馬鹿なことを考えている場合じゃないわ! 重視すべきは見た目より人間性だって、ばあやに散々言われたでしょう。この人は、人を陥れることも殺すことも厭わない残忍な盗賊なのよ?
「そんなことよりも、さっきの」
「そうだな。話の続きだが、あんたに選択肢を与えよう」
「?」
「あんたの道は二つ。俺のものになるか、奴隷として変態共の慰み者になるか、だ」
呆気に取られて、またも私は黙った。
心臓の音が一気に強くなる。額にじわりと汗が滲む。小刻みに唇が震える。体が、心が、警鐘を鳴らしている。
「選べ」
男は長い指先で私の顎をグイッと持ち上げ、お互いの唇が触れそうなほど顔を寄せてから、そう告げた。
たった三音のそれは、全身が総毛立つくらい深い重低音。
冷酷で残忍な盗賊が浮かべていたのは、息を呑むほどに美しい、妖艶な微笑だった。
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