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2話 ここはわたしの戦場


「さあ、何なりとどうぞ? 貴族らしくまずは挨拶から始めましょうか、レディ?」


 男は鼻に付くほど丁寧な口調でそう言い、せせら笑った。


 その瞬間、私の怒りのボルテージが一気に跳ね上がる。


 ばあやからは口癖のように「淑女たれ」「貞淑たれ」と諭されて来たけれど、そんなものはとうに吹っ飛んでいた。

 頭の奥が沸騰しそうになるのを感じ、「結構です!」と私は怒鳴った。


 すると、




「……へえ、あんたは金糸雀(カナリア)だな」


 激高した私とは逆に、男は感心したように言った。




「は?」

「金糸雀は綺麗な声で鳴く鳥だ。あんたのその小綺麗な容姿に、美しい声……若い娘を寝所に侍らせたがる変態共は大喜びするだろうよ」

「なっ」


 なんて下劣なの。想像しただけでゾッとするわ。

 目隠しのせいで真っ暗だった視界が、更に暗く濁った気がした。


 でも、だめよ。反応してはだめ。悔しいけれど、この人の良心に訴え掛けるしか助かる道はないのだから。


 私はゆっくりと呼吸を整えて、縋るように言葉を絞り出す。


「……お願い。お願いです、私を帰してください。婚家の援助がなければ私の家はもう保たないの。それに、私が嫁がなければルリアがっ……」

「ルリア? 誰だ?」

「あ……いえ、こちらの話です。それよりも、お金が必要なら工面します。今は無理ですが、婚儀がすみ次第必ず……。ですから、手足の縄を解いて。ここから出してください! お願い!!」


 私が声を張り上げると、男は大きくこれ見よがしに溜息を吐いた。


 そして、次の瞬間、何か生暖かいものが私の口を覆った。正体は、どうやら男の手らしい。

 首元にスルリと這わされた腕はまるで蛇だ。気持ち悪くて、触れられたところから腐っていくような錯覚に陥る。



「い、やっ……!!」


 私は上半身を反らし、男の腕から必死で逃れた。

 すると、バランスを保てなくなった体は呆気なく地面に崩れた。思いきり額を打ち、私は「うっ」と一言短い悲鳴を上げる。


「ははは! 額を付けて土下座とはいい格好だな」



 私を嘲笑った男の顔は見えない。


 でもきっと、悪魔のような顔をしているに違いない。



「……な、によ……二度と私に触れないで! 次はその手を嚙み千切るわよ!」

「馬鹿か。大事な商品に手を出すかよ。あんまりグダグダ騒ぐから、黙らせようとしただけだ」

「どうだか。だって、首を絞めたじゃないの!」

「違うってのに。信用されてねえな」


 自業自得よ。あなたの言葉なんか一つだって信用するものですか。


 どうしたらこの短時間で、ここまで人を憎めるようになるのか不思議だわ。頭が煮えくり返りそう。

 今なら私、あなたと刺し違えて死んだって後悔しないわよ。


「しっかし、囚われの身だってのに威勢がいいな。自分の立場を分かっているのか?」

「ええ、もちろん分かっているわ。悪逆非道の盗賊に使用人を惨殺され、拘束され、恫喝されているのよ。あとは、人身売買なんて言う卑しい犯罪に加担するよう強要されているってところかしら?」

「……」

「どう、間違っていないでしょう? 何か反論できて?」

「……こんな状況下で、命乞いどころか泣きもしないとは。まったく強情な女だ。その気になりゃ俺はあんたの喉を掻き切ることもできるんだぞ?」


 男は「こんな風に」と言って、私の喉元に何かを押し当てた。

 目隠しのせいで見えないけれど、おそらく短剣か何かだろうそれはとてつもなく固く、この世のどんな物よりも冷たかった。


 私は唇を引き結んで、悲鳴を上げずにいるのが精一杯だった。



「チッ、怖がりもしねえ。興覚めだ」


 あなたの目は節穴ね。


 本当は怖いわよ、怖いに決まっているでしょう。膝がガクガク震えているし、脂汗で顔も髪もギトギトだし、今にも意識が飛んでいきそうだわ。



 でも、泣かないわ。絶対に。


 私にはこんな所で泣いている暇なんかないんだもの。



「……泣いて喚いたって、どうせあなたは面白がるだけで、情けをかけたりしないのでしょう? それなら、命乞いをするだけ労力の無駄だわ。やるならさっさとやりなさいよ!」


 私はなけなしの意地をかき集めてそう言い、歯を食いしばった。


 すると男は、小さく笑った。

 そして、その次に私の耳に飛び込んできたのは、予想もしていない言葉だった。


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