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1話 囚われの花嫁


「美しい花嫁殿。一生に一度の晴れ舞台を台無しにしちまって、あんたには気の毒なことをしたな。だが、あんたが身に着けていた婚礼衣装や宝飾類はもちろん、見たところ嫁入り道具も一級品ばかりだ。こんな極上のカモ、狙うなと言う方が無理だろう?」


 鬱血しそうなほどきつく巻かれた目隠しの向こうで、誰かが不穏なことを言っている。


 その『誰か』と言うのは明白で、私の花嫁行列を襲った盗賊の一味だ。


 声の主はハリのある若々しい声をしているけれど、さらわれてから牢に閉じ込められるまでの偉そうな口ぶりから察するに、おそらく親玉だろう。


 あの惨状は全てこの人の指示。

 主犯を前にしてそう考えると、恐怖と怒りで胸が押し潰されそうになる。



 盗賊達はまず、花嫁の輿(こし)を取り囲み、私を外へ引きずり出した。ざっと見た限りでも15人くらいはいたと思う。

 そして、私の目の前で輿の担ぎ手を殺し、御者を殺した。侍女は連れ去られて、消息どころか生死も分からない。身寄りがなく、小さい頃から一緒に過ごしてきた妹のような子だったのに……。


 馬車の積み荷を確認する姿は、野蛮そのもの。割のいい仕事に歓喜し、お祭りにも負けないほどの盛り上がりだった。


 そんな中、私だけはこうして生かされたけれど、一人だけ助かったことを喜べるはずもない。


 何故なら、私は……



「おまけに“純潔の花嫁”までセットとくりゃ、競売での商品価値は桁違いに跳ね上がるはずだ。手荒な真似をしてすまないが、こうなった以上、あんたは俺の財産だ。景気よく売らせてもらうぞ。まともな人間に買われるようせいぜい天に祈れ」




 私はこれから、奴隷市場の競売にかけられるのだから。





 私の名前は、シュカ・セラグラード。星女神様の加護を受ける国・グラドールの貴族の娘だ。

 ……とは言え、男爵家として名高かったのはお爺様の代までだけれど。


 爵位を継いだお父様は資産の活用に失敗し、商談はことごとく破談。裕福だったはずの実家は、あっと言う間に負債まみれになった。

 使用人は、ばあやと侍女が一人だけ。お父様の知人達は波が引くように離れ、邸を売った後に移り住んだ荒屋の門が叩かれることはなかった。


 僅かな家財を売ることでなんとか生計を立て、貴族とは名ばかりの貧しい生活を送って来たのだ。


 今回の縁談も、財政難に喘いだ両親に決められたもの。


 そう。私は没落した実家を救うため、輿いっぱいの金貨と引き換えに隣国・イルファハンへ嫁ぐことになっていたのだ。文化も宗教も、何もかもが違う異国にたった一人で送り込まれるはずだった。

 しかも、婚儀の相手は両親より二回りも年上の老宰相だ。

 さらに驚くべきは、宰相のハレムには既に11人もお妃やら妾やらがいると言うこと。子供の数で言えば、両手両足の指を使ってもまだ足りないらしい。


 正直言って、“売られる”と言う表現がぴったりだと思う。むしろ、それ以外の言葉が見つからない。



 でも、奴隷として実際に売り飛ばされるとなれば話は別だわ。


 本で読んで憧れていた淡い初恋も、胸が震えるようなプロポーズも、純白のドレスも、全てを諦めた。

 たった一人で遠い異国へ赴いても、もう二度と両親や友人に会えなくても、毎日小さな幸せを探していこう。この選択を後悔することだけはやめよう。

 そう誓って政略結婚に臨んだとは言え、こんな結末はあんまりだわ。



 誰も恨むまいと決めていたのに、思わずにはいられない。



 ――この人が、憎い……。




「哀れな花嫁殿。恨むなら、役立たずの護衛どもを恨め。結果論だが、人選を誤ったあんたの両親と嫁ぎ先も漏れなくな」


 男はまるで他人事のように言い、ケラケラと笑った。


 ……ああ、もう、呆れるほどに最低だわ。どうしてこう人の神経を逆撫でするのかしら。

 全部あなたが悪いくせに、責任転嫁して勝手なことばかり言わないでよ。


 悔しいわ。後ろ手に縛られてさえいなければ、平手打ちをお見舞いしてやるのに。

 それが無理なら、せめてこの猿ぐつわだけでも何とか外せないかしら……。



「……っふ……んんー! んー!」


 私は呻き、必死で身を捩った。

 その度に手足を縛っている縄が柔肌に食い込んだけれど、少しばかり傷物になったってこのまま黙って売られるよりは幾分かマシだわ。

 目の前で踏ん反り返っている犯罪者に、必ず一矢報いてやるんだから。


「何だ? 何か言いたげだな」


 そうよ、当たり前でしょう。だから早く外しなさいよ。


「俺も鬼じゃない。どれ、恨み言の一つくらいは聞いてやろう」

「……っん、はあ!」


 口から手ぬぐいが解かれた瞬間、私は大きく息を吸った。


 ああ、空気がこんなに美味しいものだとは知らなかった……。土臭くて湿った牢屋のものであろうと、新鮮な空気が全身に染み渡っていく感覚がたまらない。ずっとこの幸せに浸っていたい。


 でも、物事はそう都合よくはいかない。



「さあ、何なりとどうぞ? 貴族らしくまずは挨拶から始めましょうか、レディ?」


 男は鼻に付くほど丁寧な口調でそう言い、せせら笑った。


数ある小説の中からこの小説を選んでくださり、ありがとうございます!

最初はダークでドロドロな雰囲気ですが、作者は甘々なハッピーエンドが大好きです。どうぞ安心してお読みいただければと思います。


※本日はもう一話公開する予定です。よろしければご覧ください!

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