ルイーナ先生の冒険者レッスン
R2.7.14
一部修正
シリアスな物語ですが、たまには少し砕けた感じにしたいと思い書きました。
今後もたまに挟むつもりです。
方法は何であれ、ストレス発散は大事(迷惑行為除く)
冒険者ギルドの受付は一つの大きな部屋を利用した物で、ギルドの入口側を向いている壁一辺を横向きに三分割し、中央部分をくりぬいたような造りをしていた。
部屋の中にあたる部分でギルド職員が仕事をし、くりぬいた壁を挟んだ部屋の内側にいる受付担当のギルド職員が、外側にいる冒険者等の対応をするという形になっている。
くりぬかれた部分の下一辺には木製のカウンターが設けられ、各受付の間に簡易的な仕切りが付けられている。
受付間の仕切りの内側とくりぬかれた部分の上の壁には、それぞれ分かりやすいように番号が左から若い順に1から5まで書かれており、混雑を防ぐ為にそれぞれ対応する内容が異なっている。
1番は依頼の受注、依頼達成もしくは失敗の報告。
2番は依頼の発注、発注済の依頼の変更、追加、取消の手続き。
3番は依頼中の獲得品をギルド側に買い取ってもらう為の申請と換金。
4番は冒険者の昇級審査申請、各階級昇級条件確認。
5番は冒険者登録申請、冒険者階級認証票再発行申請。
必然的に依頼の受注や買い取り、換金は人が多くなる為、1番と3番に関しては他の受付二つ分のスペースが取られていた。
細かい部分や建物の造りは別として、冒険者や職員が他の冒険者ギルドに行っても手続きや業務に支障が無いよう、大まかな間取りや受付のシステムに関しては世界で統一するようになっている。
これから冒険者登録を行うアンドレイを含む三人は、相変わらずギルド内にいる冒険者達の注目を浴びながら、受付エリアの一番右にある5番の受付に向かった。
「あら、いないわね…」
「…人が少ないものぉ…仕方ないわぁ…」
クエスト受注や換金でひっきりなしに人が行き来する1番、3番受付と比べ、昇級審査や冒険者登録をする人間の数は一日を通してもその件数は大体が片手で足りる。人が必要な受付に職員を割き、あとは中で別の業務をしていることが多く、基本的に4番5番の受付は呼び出しがあった時にその都度対応していた。
ルイーナが「すみません」とカウンターを軽く三回ノックして職員を呼び出すと、それに気付いたギルド職員が受付にやって来た。
明るい茶色のボブカットに右側の一部を三つ編みにした、まだ少女の域を出ない若い職員は呼び出した当人を見て「ルイーナ様!」と驚いたが、「彼の冒険者登録を」と紹介された大男を見て、再び驚きの声をあげた。
やってしまったと苦笑いをしながら、冒険者登録用の用紙を差し出す。ルイーナが「ありがとう」と受け取る。
「それじゃあアンドレイ、冒険者になる為のレッスン1といきましょう」
珍しく悪戯めいた笑顔で始まる授業開始の宣言に、アンドレイは怪訝な顔をした。「どうしたんだ」という言葉と視線を頭に受けたアミルダは「…たまにあるのよぉ…この娘…」と右手を頬に当てて答える。
まあ初めて会った時からここに来るまで色々あった…この女なりのストレス解消や息抜きの一種だろうと、訝し気な顔をした大きな生徒はそのまま耳を傾ける。
「この用紙に必要な内容を記入することで、それを基にした『階級認証票』が造られるの。冒険者になった証でもあり身分証としても使えるわ。大事な物だから無くさないようにすること、良い?」
正式名称はそれだが、『階級票』や『認証票』が一般的な呼称になっていると補足される。黙って聞くアンドレイに気を良くしたのか、ルイーナの声量が僅かながら大きくなっていた。
「用紙の一番上の欄にはフルネームを書くの。確か貴方のいた国だとファミリーネームが先だったと思うけど、ここでは先にファーストネーム、その後にファミリーネームを書くようにしてね」
ペンで指された空欄にはそれぞれ『名』と『姓』と書かれている。アメリカと同じかと、アンドレイは思ったが口には出さないでいた。
「その下は誕生日だけど、フォーリナーの場合はこの世界に来た日を書くの。だからここは今日の日付よ」
名前の記入欄の下を指し、続けて説明をする。ペン先に目をやったアンドレイは、その下にチェック欄があることを確認する。
「このチェック項目はどういう意味があるんだ」
用紙の一番下には『タイプ』という項目名と、上から順に『タグ』『プレート』『リスト』の三つの単語が書かれており、各単語の左側にチェックを入れるマスがあった。
反対に単語の右側には『大銅貨1枚』『銀貨1枚』『銀貨3枚』の文字が括弧書きされている。まだ説明は受けていないが、アンドレイにはこれがこの世界の貨幣だと認識出来た。価値は分からなかったが、これが発行手数料を指しているという予測はついた。
「ああ、これね。えっと…確かどの形状の認証票にするか選べるんだったと思うけど…何だったかしら…」
ルイーナがペンを顎に軽く当てて思い出そうとしているが、中々答えが頭から出てこない。アミルダに聞いても「…さぁ」といつものペースで返されるだけだった。
「あ、あの…!」
早々にレッスンが止まったと思った中で声のした方を振り向くと、ご丁寧に用紙の記入が終わるのを待っていたボブカットのギルド職員がいた。声や表情から緊張が伺えたが、自分の業務だと勇気を振り絞ったらしい。
「よ、よろしければ…それぞれの説明をさせて頂いても、よろしいでしょうか!」
まだ緊張が解けないのか、語尾が大きかった。この国の女性にとって実力も容姿も憧れとなっている宮廷魔導士二人を前に、まだうら若い少女が半ば石のように固くなるのも無理は無い。
その様子をみて、ルイーナは微笑みながら「お願いします」といつもの調子で言うと、漸くギルド職員の体から緊張が解けていった。
「…レッスン終了…」
クスクスと顎に手を当てて小さく笑うアミルダに返す言葉も無く、ルイーナは羞恥に顔を赤らめた。自分が何かしたのかと不安な顔をした職員だったが、まだ小さく笑うアミルダが「大丈夫」と余った手で合図する。
「えっと…では、まず各チェック内容の説明からさせて頂きますね。ええっと…『タグ』は首にかけたチェーンに付けられる小さなプレートに…あ、そうだ! すみません、実物をお見せした方が良いですよね。今お持ちします」
若い臨時教師は身振り手振りで説明をしていく途中に見本の存在を思い出し、急いで奥へと走っていった。
「…かわいいわねぇ…」
様子を見ていたアミルダが職員の後姿を見ながらの呟きに、ルイーナも同調する。
アンドレイは今の『タグ』の説明を受けて、軍隊で使用されているドッグタグを連想した。こちらの世界の言葉が自分の使っている言葉に変換されるのであれば、『タグ』の意味が予想通りの可能性は高い。
「お待たせしましたぁ!」
急ぎつつも、手に持っている物を落とさないよう慎重に走りながら職員が戻ってきた。両手に持っていた木のトレイをカウンターに置き、改めて説明を続ける。
「こちらの、首にかけるチェーンに取り付けられている小さなプレートが『タグ』になります。大きさも三つの中では一番小さいので、発行手数料も一番お安くなってます」
アンドレイの予想通り、ドッグタグの形状そのままのタグがあった。ただ本物のドッグタグと違い、こちらのタグは一枚だけ付けられている。
他にも二つ、カードサイズの薄い板と腕輪が置いてある。
「こちらの『プレート』は見ての通りですが、女性の手のひらにも収まる位の板状の物です。『タグ』よりも使用している素材の量が多いので手数料が少し高いですね」
実際に職員が手にプレートを乗せて「ほら!」と、言ったことが本当であると証明している。まだ職員になって間もないのだろう、色々とたどたどしくも一生懸命に説明する彼女に、宮廷魔導士二人は穏やかな気持ちになる。
「最後の『リスト』ですけど、ブレスレットの方が正しいかもしれませんね。こちらは登録者の方の手首に取り付けるタイプになります。まあ人によっては足首に着けたりもしますけど。こちらが一番手数料が高いですね」
一部が欠けた環の形をし、欠けた端の部分に丸みを持たせた腕輪を、職員は自分の手首に通す。マニュアルでもあるのだろうか、一々実物を手に取り、こうなりますよと教えてくれる。
形は違えど、これが登録を終え新たな冒険者としての証、階級認証票となる。