聡明な鷹は願いを乗せる 02
長かったですが、漸く異世界冒険になる手前となる章が終わりました。時間を見て一章、二章と着けていこうと思います。
時間が限られておりましたので、私は羊皮紙に文字を刻みながら、私の考えを簡潔に伝えました。思った通り、ルイーナは小さな驚きの声をあげました。
「私が、彼と旅を?」
「ええ、貴女が彼に、この世界のことや彼に今起きていることを教えて差し上げてください。それに彼の体格や先程の様子を見るに、間違いなく冒険者となった方がよいでしょう。そこで依頼を受け報酬を貰い、貴女では伝えられない、冒険者であればこそ得られる情報を得て、彼にこの世界を知り、生きて頂きたいのです」
一通り書き終わった羊皮紙を机の端に置き、新たな羊皮紙に文字を書き込みます。当面はあと二枚あれば良いですね。
「でも…私が行っても良いのでしょうか。確かに連れてきたのは私ですから、この世界について教えるべきではあると思いますが…」
ルイーナは彼に付いて行くことにではなく、自分が城から離れることに躊躇しているようでした。自分でも狡いとは思いますが、ちょっとだけ意地悪に、ツンと背中を押します。
「いえ、先程お父様の仰っていた言葉から、貴女にも何らかの処分を与える可能性が大きいです。今はお母様と話しておられますが、それが済めばすぐにでも貴女を探すでしょう。寧ろ、ここから離れるべきかと思います」
「! …確かに、陛下は私にも責任があると仰っていました…」
三枚目の羊皮紙に移るタイミングでルイーナを見ると、苦虫を噛み潰した顔をしていました。申し訳なくもそんな彼女の顔がおかしく見え、内心クスリとしながら、「あと、貴女には大事なお願いをしたいのです」と前置きをして話を続けます。
「今のこの国の状況は、貴女も当然ご存知の通りです。このままでは国も、また国の宝でもある国民の方々も壊れてしまう。お父様やお母様は、私の意見にすら耳を傾けてはくれませんでした。だからせめて、国民だけでも助けたいのです…ああ、すみません、その左にある棚から蝋と封蝋印を取って頂けませんか?」
ルイーナの立っている近くにある棚から、手紙を送る際に封をする為の赤い蝋燭と封蝋印を取ってもらい、机に置いてもらいます。話をしながら書いているから当然でしょう、ルイーナが訪ねてきます。
「……もしかして、今書かれている文が、国民を助ける為の?」
「そうです。そして、これが貴女にお願いしたいことです」
三枚目の羊皮紙に文字を書き終わると、一枚ずつ手に取り綺麗に丸めます。インクがにじんで文字が読めなくならないよう、ちゃんとインクが乾いているか確認も忘れずに。
「貴方には、この国の隣国…即ちベルトレイン王国、ディルムゲイン王国、ファルテノン商業国に向かい、各国の国王及び会頭に、これらの書簡を届けて頂きたいのです」
綺麗に丸めた一枚目の羊皮紙に赤いリボンを括り付けると、そこに火を点けた蝋燭から蝋を垂らし、素早く封蝋印を押します。一通目はこれで完了したので、すぐに二通目に取り掛かります。
「そしてあの方には、その間の貴女の護衛を依頼します。勿論お父様のようなやり方ではなく、書面にした上で前金もお渡しします。謁見の間での御詫びとして、少し多くお渡しするつもりです」
前金で金貨50枚、そこに色を付けて80枚。先程の兵士にお願いしたのは、その前金を入れた麻袋を持ってきてもらうことでした。
二通目の封も終わり。三通目をすぐに丸めます。今のお話で、彼にお渡しする依頼の契約書を書いていないことを思い出しました。こちらも急いで書かないと…。
「依頼……! もしかして、クラリス様…」
意図が読めたルイーナに、私は肯定の意味で微笑みを返しました。急いでいたのできちんと説明できているか不安でしたが、やはりルイーナは分かって下さいました。流石です。
「ええ。彼は貴女という情報源を得てこの世界のことを知り、生きていく為の術を得る。そして私という依頼主からも、依頼の前金としてお金を得る…」
三通目の封蝋も終わり、また羊皮紙を取り出してペンを走らせます。急がないといけません。
「貴女は私の依頼によって、彼という素晴らしい護衛をつけて国を周り、私が書いた書簡を国主にお渡しする…」
依頼内容を一通り記載すると、机から小さなナイフを取り出して、右手の親指に当てます。小さな鋭い痛みの後、そこから血がぷっくりと膨らむように出てきました。「クラリス様…!」とルイーナが声を上げましたが、契約書に血判をすると分かり口を閉じました。
「そうすることで、各国主に対しての書簡を届けるという大義名分の下、お父様の処分を堂々と逃れることが出来る…これが、私が今考えられる限り、最も互いに利益となる方法です」
契約書の一番下に書いた自分の名前の右横に指を押し付け、血判をします。本来血判までは必要無いのですが、少しでも彼が依頼を受けて下さるように願いを込めてというのと、それだけ本気でお願いをしたいという、思いの表れでした。
契約書が完成したと同時に部屋のドアをノックする音が響きました。先程お願いをした兵士が訪ねてきたようです。急いで羊皮紙の上に適当な布を被せ隠しました。あと心配されないように、傷付けた親指をそっと握りこみます。
「クラリス様、先程頼まれました金貨80枚、ご用意いたしました」
「ありがとうございます。そこの棚の上に置いて頂けますか?」
金貨の入った麻袋を棚に置くと、兵士は一礼して部屋を出ていきました。足音が遠くなることを確認して、すぐに布をどかして書簡と契約書を渡します。
「さあ、出来ました。これらを全て【ディメンションボックス】に。契約書はすぐお渡し出来るように、あの方にお会いする直前にでも取り出して下さい」
「クラリス様…」
何か言いたげな顔をしていましたが、もうそんな時間はありません。すぐにでも出てもらわないと。書簡や契約書を【ディメンションボックス】にしまったルイーナを更に急がせます。
「さ、急がないとお父様も貴女を探し出すかもしれません。すぐに旅支度をして、彼の下へ。お父様へは私から説明しておきますから」
また少し微笑みながらそう言うと、ルイーナも口をつぐんでくれました。ちょっと狡いかもしれませんが、それだけ急いでもらいたいというのを分かってくれたと思います。
「畏まりました。宮廷魔導士ルイーナ・エヴェリー。フォーリナー、牧島アンドレイにクラリス様からの護衛依頼を伝えた後、各隣国に向かい書簡を届けに行って参ります」
兵士のそれとは違い緩やかな一礼をすると、ルイーナはすぐさま部屋を出て行きました。走っているのでしょう、短い間隔で足音が鳴り、遠くなっていきます。
「マキシマ…アンドレイ…。そう、アンドレイ様というのね…」
一人しかいない部屋でフォーリナーの名前を呟くと、部屋にある窓へ向かい、戸を開けて景色を眺めました。北側に面した窓からは、草木に覆われた緑色の大地と山が風に揺られて音を奏でます。
髪を風に撫でられるのを受け入れながら、私はあの大きく、静かで強いフォーリナーが、彼女と共にこの国を、世界を歩んでくれることを、強く願いました。
どうか…どうか、私の願いに、彼が答えて下さいますように――。