聡明な鷹は願いを乗せる 01
…重ね重ねすみません。王女視点の話が思いの外長くなってしまい、二話に分けました。つまりもう一話あります。
王女視点の話の後に次こそは…次こそは。申し訳ありませんが、お付き合い下さい。
一人称→別の人物の一人称に切り替わる際も、一人称用の記号を入れることにしました。
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…私は生まれて初めて、今自分が現実にいるのか夢の中にいるのか分からなくなっていました。
宮廷魔導士のルイーナ・エヴェリーが連れてきたフォーリナー…その方は私達とも、今まで見たことのある他のフォーリナーの方々と似ても似つきませんでした。
段上からでも分かる大きな体格、顔や手にある無数の傷。発した言葉は静かでいて重く、茶色い筒のようなものを咥えて火を着けては煙を吐くを何度かされておりました。アーソンや何人かの国臣は、煙と共に出される香りを嗅いでお顔が緩んでいました。私の鼻にもほんの僅かに香りが届き、少し刺激が強く思えましたが、それでも素敵な香りだと漠然ですが感じていました。
それに、父…国王に対してのあの振る舞いは、今まで私が見てきた中では初めての物でした。
父とこの謁見の間で話をした方々は、私の知る限り、皆決まった顔と言葉を発するばかりでした。
ある方は歪んだ笑顔を張り付けて父を褒めたたえる言葉を並べ、
ある方は涙で塗れた顔のまますがりつくように懇願し、
ある方は青白い顔をして震えた声で必死に何かを訴えていました。
臣でも何人かがそういった顔をして、この例に当てはまらなかったのはルイーナとアミルダだけでした。先の二人は、私と同じように国を思い、民を思って下さいます。特にルイーナは父や母にもそれとなく意見を伝えていましたが、寧ろ反感を買ってしまっておりました。
おそらくはそれが原因なのでしょう。フォーリナーの方が仰っていたチョーカーが着けられていたことも、その時初めて知りました。
アーソンも…例に当てはまらないかもしれません。どちらかと言えば自身満々の表情で成果を伝えている様子ばかりが思い浮かびますね。
…話が逸れましたが、あの方は父に、国王に対しても全く怯まず、純粋にご自分が今までされてきたことをここでも貫こうとしておられました。それは国王だから、国民だからという理由で差別することも無く、人と人、あの方の仰る「依頼する側とされる側」…でしたか。その目線で相手を見て、話を聞いておられました。
当然、それに対して父は怒り、あろうことか兵士の手にかけようとしました。こんなことがあってはいけないのに…あの時私は、情けなくも声が出ませんでした。元々利己的な父でしたが、ご自分の都合でそこまで人を虐げることを信じられなかった、そして、自分の目の前で人が人に手をかけてしまうことに、恐怖を感じたからです。
ですが、あのフォーリナーは槍を受けても倒れることはありませんでした。
それだけでも驚きでしたが、その直後、彼は自分を刺した兵士達を右手だけで吹き飛ばしたではありませんか。兵士達は全員、壁や柱に飛ばされてしまいました。
あまりの出来事に父も怯えてしまい、そのままあの方は立ち去り、そして今に至ります。
――やっと自分の意識が現実の物だと分かると、私はすぐに考えました。
臣の誰かが仰っていました通り、【アビリティ】の影響かもしれません。ただ彼の様子を見るに、まだご自身の【アビリティ】が何なのか、それどころか【アビリティ】そのものを知らないと思えました。第一、父の急な命令でこちらに来られたのですから、ルイーナも十分に説明する時間は無いと考えるのが自然です。
そのような状態で、あの方が外に出てしまうのは危険でした。自分の【アビリティ】も知らないということは、何かが起きた時に防げる物も防げない。必要以上に誰かを傷つけてしまうかもしれない。あの方の為にも、何より国民の為にも、それはあってはならないことです。
――誰かが教えなくては。彼にこの世界についてを。でもそれをどう行えばよいのでしょう。先の父とのやり取りで、おそらくあの方は私達を信じてはくれないかもしれません。それに彼は、自分を手にかけようとした王が治める国などいたくないでしょう。間違い無く別の国へ行かれる筈。ただ何も知らない状態で遠くは難しい…となると、必然的に隣国のいずれかに向かう可能性が高い。ただでさえ父の侵攻によって隣国とは関係が悪くなっている為、もしそうなってしまえば私達でも対処出来ないかもしれません。
隣国…依頼…護る…。先の出来事から今までに出てきた言葉を断片的に思い浮かべました。状況を整理したい時、私は敢えて単語として一つ一つを切り離し、頭の中でそれらを一通り並べます。そうすることで、直接繋がっていなかった単語同士が思わぬ結びつきを見せるからです。
こうしている間にも、彼は城を、国を離れてしまいます。覚えている限り出てきた単語を全て並べ、そこからどう結びつけるべきかを考えました。
……………………。
点と点が結ばれ線となり、線が結ばれ面となり、面が結ばれ体となる。バラバラに分けられた無数の単語は、私の中で結びつき、文として生まれ変わり、連なり、論となっていきます。それが出来上がる時、私はいつも楽しみに感じてしまいます。今この時においては、些か不謹慎でしょうか。
――熟考の末、やっと納得出来るだけの考えがまとまりました。といっても不安の方が大きいのが正直な所ですけど。
フゥと一つ息を吐いた途端、私のすぐ横から怒鳴り声が聞こえました。
「あのフォーリナーめ! 余に恥をかかせるとは何たる奴だ! 必ずだ! 必ず余があの者を亡き者にしてくれるぅ…!!」
「貴方、落ち着いて下さいまし。確かにあの蛮族風情は不愉快ですが、もうここにいない輩のことに息を荒げるよりも、これからの他国へどのように攻め入るか、ひいてはいかにして民から税を徴収し、兵力とするかを考える必要がありますわ」
そこにはあの方への怒りがまだ収まっていない父と、それを宥め遠回しに自分にお金が入るよう画策する母の姿がありました。
段下には、回復魔法を使える臣の何人かが、あの方に飛ばされた兵士達に駆け寄り回復魔法をかけていました。その中で、私の考えに必要な人物を見つけると、急いで段上から降りてその方の近くに駆け寄りました。
「ルイーナ、お取込み中すみませんが、急ぎ折り入ってお話があります。回復は他の方に任せて、こちらに来ていただけませんか?」
「え…! ク、クラリス様! 分かりました、すぐに!」
引き続き回復魔法をかけているアーソン達に一言告げ、私は段上で我欲を露わにしている父母を横目にして、急いで謁見の間を出て私の部屋に向かいました。
ほんの少しだけ青味がかったシルバーブロンドの髪がこんなに激しく揺れるのはいつぶりでしょうか。すれ違う兵士も、私が珍しく走る姿に驚いておりました。ちょうど良いと、その方にあるお願いをしておきました。走りながらでしたが返事をして下さったので、おそらく大丈夫でしょう。