護り屋と魔導士と呪術師
すみません、あと一、二話で本格的異世界物になると書きましたが急遽思い浮かんだ王女の設定を書いたので王女視点の話も入れます。
その後に今度こそ異世界物の話にします。失礼いたしました。
顔を蝋で固めたのかと思う程に、城に入る時と全く同じ無駄に威嚇した目を向けてくる門番を無視して、そのまま城門を後にする。
軽く息を吐いてから葉巻を口にする。色々あったからか、どうも吸うペースが早くなっている。葉巻専用のシガーマッチの箱を振った時に聞こえる音が、自身の終わりが近いことを物語っていた。これからは葉巻を一度に吸う時間を長くする必要がある。シガーケースもマッチも槍に貫かれずに済んだのは幸いだった。
貴重なマッチの一本を減らして葉巻を味わうと、改めてこれからどうしようかと考える。フォーリナーの存在は世界中でも広く知られているから、この格好で何処に行っても問題は無いだろう。一先ずはあの愚王が治めるこの国を離れることと、何かしらの情報を集めるのが最優先だ。
この世界の仕組み、生活する上での衣食住、金を稼ぐ方法。国臣達が言っていた単語も気になる。数え上げればキリがない。無知を無知のままにするのは愚かだが、知とするにも時間と手間が大いにかかる。
「ア………イ…」
それ以前に、俺は元いた世界に帰れるのかどうかも分からない。ここに招いた用件がただの嘘だった以上、この国にもこの世界にも用は無い。だが馬車の中でアーソンが言っていた話から察するに、おそらくこの世界に連れて来ることが出来る人間は限られている。そうなると元の世界の戻れたとしても、それが出来る人間もまた限られてくるのは容易に想像がつく。
「ア……レ…、…こ……?」
だとしたらそいつは、ルイーナのように王に仕えるような立場…もしくはそれに近い立場の人間かもしれない。関わろうにも愚王の件を考えると、他の国の王もここと同じ、もしくはそれより質の悪い可能性がある。迂闊に関わる訳にはいかない。そもそもそう簡単に関われるような物でも無いだろうしな。
ああ、あとはスーツの修繕か。槍によって開けられた穴を直しておきたいが、ケブラーやアラミド繊維が混ざった服の修繕がこの世界で出来るかどうか…。
「アンドレイ!」
大きな女の声と同時に背中を叩かれたので後ろを振り向く。そこにはこの世界で一番見慣れた女が息を切らして立っていた。
「…どうした」
「どうしたじゃないわよ、もう…。あのまま出ていくなんて」
ルイーナは息も絶え絶えに、前に垂れた長い赤髪をかきあげる。
「もうここには用は無いからな」
「それでどうするの? これから」
「適当な奴に話を聞いて情報を集める」
「それで?」
「当面の生活が出来るような状態にするのが、当面の目的だな」
この女もこの国に仕える人間である為、あまり必要以上に情報を与えないように答えた。あの愚王から何か言われてきたかもしれない。ルイーナが小さく溜息を吐く。
「言われて来たのよ、貴方の所へ行くように」
心でも読んだのかと思ったが、「でも国王陛下からでは無いわ」と俺の思考を遮る。
「命令を受けたのは王女様からよ。段上に陛下と王妃様と一緒におられた方ね」
煙を口の中で転がしながら、俺が刺された時に顔を覆っていた若い娘を思い出した。視界に入れる程度だったから顔は覚えていない。
「…貴方の言った通りよ。この国は攻め込まれてなんかいない。それどころか領地を広げようと積極的に攻め入るようになって、前国王が築かれた信頼関係を一気に崩してしまった。それに国に攻め入る以上お金がかかるから国民に重税を課す。巻き上げた税で兵力を上げ、自分達も豊かに暮らし、負担は全て国民に丸投げしている…」
やはりか…。立ち振る舞いや着ている物があれだけ分かりやすかったら誰でも疑うだろうに、それも気付かないとは流石愚王と言うべきか。
「王妃様や殆どの国臣も、自分達の使えるお金が増えたことで今では見ての通り、陛下を完全に擁護し国民を見下し、税だの罰金だの色々と画策して金銭を少しでも得ようとしている。…城に仕えている以上、私も言えたことでは無いけれど」
そう自嘲して俯き、かきあげた前髪がまた垂れ下がる。少なくとも今見ている限りではこの女はその「殆どの臣」に当てはまらないようだ。今の所は、だが。
「それで、その娘がアンタに何を命じたんだ」
ここに来て出てきた思わぬ存在の情報を得る為、俺はルイーナに話を促す。
「王女様…クラリス様は、今の状況を憂いておられるの。そして私を含めた一部の臣だけが、クラリス様と同じでこの国の先に不安に感じている。国民の命も、心も、国から離れ消えて行ってしまう。このままでは国が国でなくなってしまうと陛下や王妃様に何度進言しても、聞く耳を持ってくれなかったと仰っていたわ」
成程…鳶が見事に鷹を生んた訳か。愚王と王妃が娘の話をろくに聞かず怒鳴り散らしている様子が目に浮かぶ。葉巻の火が消えない程度の間隔で吸いながら、そのまま話を聞いた。
「そこに貴方が現れて、さっきの騒動。それをご覧になって今一度奮い立たれたそうよ。せめて国民だけでも助けないと、と…。王女様は「あの方はおそらくこの国から離れて他の国へ行く、だから貴女はあの方がこの世界で生きられるように教え、導き、そして他の国に今この国がどうなっているか、国民がどれだけ苦しんでいるかを伝えて来て欲しい。それまでの間、あの方に護って頂くように依頼すれば良い」と。貴方を連れてきたのもあるし、陛下からの処罰を逃れさせるのもあって私に頼まれたのよ」
煙を吐きもう一度吸おうと葉巻を口に近づけながらルイーナに顔を向けると、真剣な表情で俺を見ていた。口に近づけていた葉巻を下ろしたのを見て、目の前の宮廷魔導士は改まって口を開く。
「護り屋、牧島アンドレイ。クライムハイン王国王女クラリス・クライムハイン様のお言葉を伝えます。クライムハイン王国宮廷魔導士ルイーナ・エヴェリーが他の国へ向かい我が国の状況を伝え、現状況を打開するまで、ルイーナの護衛を依頼します」
これは前金ですと、ルイーナが自分の手のひら位の大きさもある麻袋を見せる。それが動く度に金属がぶつかり合う音が聞こえ、元いた世界の硬貨の音と似ていた為に金だというのが分かる。
数秒の間を置いてから、考えをまとめる為に今一度葉巻を口にする。この国に来て初めて感心していたからだ。
ぬるま湯に慣れること無く、それを否として嘆き、国と民を思い、こちらの動きを予想し、父親とのやり取りを見て依頼する為の正式な手順を学び、依頼による報酬は勿論、情報というこちらが今最も必要としている物を提供すると同時に、臣の身を守ってもらう。
おそらく今現在の状況においては最善手だろう。まだ年端も行かぬであろうその鷹は、既に大空へと飛べるだけの翼と目を持っていた。
この国に来て初めての依頼が、王女からの依頼。その王女がここまで聡明だとは思わなかった。
正直な話、これは依頼というより取引に近い。「貴方に必要な情報とお金をあげる代わりに、今の状況が何とかなるまで自分の使いを護って欲しい」という、互いに利益のある話を持ち掛けてきた。こちらとしてはまだ色々と疑いのある段階なのは変わりない。
だが確かにこちらが求めている物が早急に手に入るのは有難い。それに手順を踏み、前金まで出し、内容も不備が感じられない以上、何であれこれは正式な依頼になる。もし不備があればその時点でこちらが契約を打ち切れるし、短い間でここまで考えられる王女のことだ。おそらくそれも把握しているだろうから不備は出さないだろう。
現状では俺が断る理由は無かった。
「……引き受けよう」
「…ありがとう」
宮廷魔導士を護る依頼を、俺は引き受けた。
「…その依頼…ちょっと変更して…もらえる…?」
その直後、ルイーナの後ろから眠気と艶を帯びた女の声が響いた。ルイーナと一緒に声のした方を向くと、そこには謁見の間で見た顔があった。俺に手を振った眼帯の女だ。
「…アミルダ! どうして…?」
「あぁ…ごめんねぇ…ルイーナ…おどろかせて…」
アミルダと呼ばれた眼帯女はルイーナの驚きを気にもせずに眠そうな艶のある声で返してくる。今眠いのか、それともいつもこうなのか…。俺の視線に気付いたアミルダは、また俺に軽く手を振る。
「さっきぶりだけど…改めて…初めまして…牧島アンドレイ…この国の宮廷魔導士兼【呪術師】の…アミルダ・スウィーブ…よろしくねぇ…」
ルイーナと同じ宮廷魔導士。国に二人以上いるものなのか…加えて呪術師か。確かにそう言われて納得する外見はしていた。
「わたしも…行ったほうがいいから…王女様に頼んで…来させてもらったわ…」
王女はどういう意図があって国臣の宮廷魔導士を二人も俺に預けたのだろう。監視役か、それとも…。
「訳は…あとで話すわ…だから…ね?」
そう付け足したアミルダから視線を外して葉巻を吸おうと咥えたが、吸っていない時間が長かったせいか火が消えていた。仕方無いとシガーケースにしまいながら、一旦考えをまとめる時間が欲しい。何よりいつもの仕事以上に疲れる展開だ。腰を落ち着けたい。話もするなら尚更だ。俺が座れればの話だが…。
「…取り敢えず話せる場所が欲しい。何処か無いか」
「じゃあ折角だし、冒険者ギルドに行きましょう。他にも説明することがあるし」
ルイーナは俺の前に立ち、「こっちよ」と言いながら歩き出した。依頼の内容やこの世界のことを知る必要もあり、ただ付いて行くしかなかった。
違う世界から来た護り屋と宮廷魔導士二人。奇妙な組み合わせだと思いながら、俺は二人と共にその冒険者ギルドとやらに向かった。




