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異世界に於ける護り屋の表稼業と裏稼業  作者: 塵無
一章 護り屋、異世界へ
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愚王との対立

 葉巻を吸い、煙と香りを楽しむ。一分程度のことだったが、城に来てこれ以上楽しめる一分は無かった。落ち着きたいのもあって()えてゆっくり吸っていたが、そろそろ良いか。口の中に溜まっていた煙を吐き出してから、ゆっくりと王に顔を向ける。


「断る」


 その言葉を聞いて、王妃や王女、国臣達は目を見開いて俺の方を見ていた。返答を受けた本人だけ断られるのが予想外だったのか、聞こえなかったような顔をしている。葉巻を吹いて火を消してから、更に言葉を続ける。


「どちらもだ」


 補足が入ってから(ようや)く「国を守ること」と「葉巻をよこすこと」両方の命令を断られたと理解した愚王が吠える。


「き、きっさまあぁぁ! 余に歯向かうだと! 何の為に貴様を呼んだと思っておる!!」


 好き好んで呼ばれた覚えは無いが、今言っても無駄だろう。同じく鬼のような形相になっている王妃や慌てている様子を見せる国臣達に構わず、シガーケースに葉巻をしまいながら答えた。


「攻められているのに誰一人焦ってもいない、疲れている様子もない。豪華な服で自分を着飾るだけの経済的、精神的余裕もある」


「なんっ…!」


 何か言いかけて愚王の口が止まる。それがどういうことか流石に分かったようだ。


「俺に嘘をついているな」


 その言葉にルイーナが顔を向ける。自分が言われたのもあって流石に覚えているか。


 俺に限らず、裏の人間を雇う時に決してしてはいけないことの一つ。隠しごとと嘘。大半の同業者は嘘をつかれる方を圧倒的に嫌うが、それは俺も例外では無い。


「う、うるさい! 余は王だぞ! 貴様ごときにそんなことを」


「俺達にとっては依頼する側とされる側の関係でしかない。相手が誰だろうがそれは変わらん」


「なんたる無礼を…」


「フォーリナーというのは蛮族(ばんぞく)の集まりか」


「そもそもこんな化け物みたいな男を…」


 愚王の発言に勢いづいたか、困惑しながら様子を見ていた国臣達も不満を口にし始めた。ここまで来たらもう用は無い。


「次に連れてくる人間にはもう少し言葉を選べ」


 入ってきた扉から出ようと思い後ろを振り返った瞬間、再び多重の鎧の音が聞こえた。


「余に無礼な口をきくだけでなく…そのような態度を取るか! もう貴様に用は無い、兵よ、こやつを串刺しにしてしまえ!」


「! 陛下、お待ちください! 彼はまだこの世界の道理が分かっておりません!」


 俺を殺そうと兵に命令を出した愚王に対しルイーナが申し立てをするが、怒りを露わにした愚王は聞く耳を持たない。


「黙れルイーナ! この様な男を連れてきた上に、ろくに道理も伝えてない貴様にも責がある!貴様も後に処分を下す! まずはこのフォーリナーからだ!」


 自分の我儘で急いで連れてきた挙句に人のせいか。やれやれ…。


「やはり愚王は愚王か…」


 つい思ったことが口から出てしまったらしく、愚王は更に激昂(げきこう)した。品質の悪いトマトの様な顔色をした愚王を見ている間に、兵士が七、八人俺の周りを囲んでいた。構えているのは純粋に突くことのみを目的とした円錐状の素槍で、剣を受けられる太刀打ちの部分には簡単な装飾が施されている。


 槍か…着ているスーツには防刃効果もあるが、刺突での攻撃、いわゆる「点」の攻撃には少し不安が残る。あとは無防備な頭にも当たらないようにしないといけない。何しろ槍は初めて受ける。


 俺には「避ける」という選択肢は無かった。避ける訳にはいかなかった。


 まだ兵が構えている内に位置取りをし、どうにか全員を視界内に収める。


「やれぃ! そいつを刺し殺せっ!!」


 その直後に赤黒いトマトがそう吠えると、兵士の槍が一斉に俺の体に突き刺さった。


「!!」


 槍は俺の体に幾つか刺さり、S区で受けたナイフや鉄パイプなど比では無い激しい痛みが体を駆け巡る。顔に向かってきていた槍も左腕でどうにか防ぐ。


 防刃効果は思った以上に槍を防いではくれたが、やはり完全に防ぐには無理があったようだ。穂先の数本は確実にスーツを突き破り俺の体に刺さる。


「アンドレイ!」


 顔を防いだ左腕の横から、俺を呼ぶルイーナが見える。また初めて人が殺されるであろう場所を目にしたのか、王女が両手で顔を覆う様子も見えた。


 全員が俺に注目した状態で、微かな音すら煩わしくなるような静けさが謁見の間を満たす。


 この状況に、当事者である俺は異様に冷静だった。目下の問題としては、俺自身これだけの槍を一度に刺された状態でまともに動けるかどうかという不安が大きかった。


 ――そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、致命傷にもなっていない。


 それどころか、何故か体の奥から何かが湧き上がるような感覚さえ覚える。俺を刺している兵士達の顔を一々確認する余裕もあれば、全員揃って驚愕の表情を浮かべていることがよく分かる。


 どういうことかは分からなかったが、反撃用に空けていた右手に力を入れ、横一文字に大きく振った。俺から見て一番右にいた兵士の左頬に右手があたった状態で、一気に振りぬいた。


「ぎゃっ!」


「うわあぁぁぁ!」


「あああぁぁっ!」


 すると、俺に槍を刺し、位置的にちょうど横並びになっていた兵士全員が、俺から見て左側に吹き飛んだ。S区で同じように払った奴もいたが、その時とは違い本当に「吹き飛んだ」のだ。


 兵士が全員、10メートル程あるだろう距離を地面に着くこと無く吹き飛び、そのまま壁や柱に激突した。右手を直に喰らった兵士に至っては、首がおかしな方向に曲がったまま、自分の(へそ)を中心に風車の様に激しく回転し、壁にぶつかった。


 この様子を見ていた段上の三人や国臣達が目を見開き、口を開けたまま、俺の方を凝視していた。皆驚いているようだが、何より一番俺が驚いていた。


「……なんだこれは」


 つい右手を見てしまうが、特に体におかしな様子はない。だが兵士達を薙ぎ払う前にあった湧き上がるような感覚が、今ではすっかり鳴りを潜めていた。


「【アビリティ】か…」


「ストレングス強化の…あれはランク【エンジェル】、いや…【ゴッデス】かもしれん…」



「それにディフェンス強化も…攻防一体であの力とは…」


 国臣達がよく分からない言葉を呟いているのが聞こえる。幸いにもそれが右手を見ていた俺にやることを思い出させた。


 すっかり赤みが抜けている愚王を「おい」と睨むと、さっきまでの態度が打って変わって怯えに変わっている。


「俺に関わるな。あと…」


 全員驚いている中でも若干その色が浅いルイーナを見てから言葉を続ける。


「その女には何もするな」


「あ…」


 俺の言葉にルイーナは、一瞬遅れて愚王が怒号と共に発していた処分を下すという発言を思い出したらしい。


 何だか知らんが、致命傷にもならず今まで以上に力が出た理由を調べないと後々面倒なことになる。俺はそれから何も言わず、謁見の間を後にした。その間、誰一人言葉を発せず、俺に攻撃をしてくる人間はいなかった。

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