愚王との謁見 03
R2.7.14
一部修正
気付いたら評価Ptが入っていました。
まだ本格的に異世界物になる前の段階での評価は有難いです。
「そなたが此度、ルイーナに連れて来られたというフォーリナーか。まずは長旅ご苦労であった」
何の感情もこもっていない形だけの労いの言葉を述べると、続けてアドルフは今自分達が置かれている状況について話し始めた。
「我が国は四方を三つの国に囲まれていてなぁ。以前は良好な関係だったが、数年前に向こうからちょっかいを出してきてなぁ。そこから関係が悪くなって、今では時折その三国から攻められるようになってしまった」
数年前か…前国王が崩御した時期にあたるのかもしれない。
となると肝心なのはその後が本当か嘘のどちらになるか。
「兵も民も、心身共に疲弊してきておる。聞けばフォーリナー、お主は元の世界では人を護る仕事をしておったそうだな。それなら都合が良い、フォーリナーよ、お主に命じる。この国を守れ」
最低限なことだけ話して、その後にいきなり命令ときたか…。人に物を頼む時の手順というものが全く出来ていない上に説明が全く足りない。それ以前に初めから上からの物言いで命令とは、論外でしかない。
どうやら予想が外れたようだ。予想以上に酷いらしい。
攻め込まれている状態だというのに、その発言や態度に全く危機感が見られない。
おまけに馬車の窓越しに見た王都の人間はみすぼらしい格好ばかりだったにも関わらず、この三人の服装は薄暗い場所でも輝かんと言わんばかりに豪華な装飾がされている。
それだけじゃない。俺の前に列をなしている臣達の表情にも焦りといったものが感じられず、王同様に攻められているという言葉に対しての緊張感がまるで無い。
…いや、ルイーナと俺に手を振った眼帯の女だけ困惑の表情に変わった。だが他の奴らの様子からして、国王の言っていることが事実であるが故の物…という訳でも無さそうだ。
何かあるなと思い、俺はルイーナが言葉を濁していたチョーカーについて聞いてみることにした。
「……その前に質問がある」
「余に対していきなりそのような口を聞くか! 身の程を弁えよ!」
「王に対してなんという無礼な…! 蛮族風情の分際で何を言いますか!!」
「そうだ! フォーリナーがさっきから偉そうに、何様のつもりなんだ!」
プライドの高さも予想以上で、自分のことを棚に上げて相手を失礼呼ばわりか…。前国王のことは知らないが、少なくとも世襲制にしたのは大きな失敗のようだ。
それに便乗するように癇癪持ちなのであろう隣にいた王妃が怒鳴り出し、王女が母親の隠れた一面を初めて見るかのように驚きの顔を王妃に向けていた。
ついでにアーソンまでもがこれまでの鬱憤を晴らすかのように声を上げる。アーソン、お前は一体何なんだ…。
適当におだててしまえば喜んで木の上にでも登るだろうが、生憎それをしてやるだけの価値がこの王には全く見いだせなかった。
ここに入ってきた時にはあまり気にしていなかったが、最初から各出入口の近くに並んでいた兵士達も、王と王妃の声に反応するかのように着ている鎧を鳴らし、持っていた槍の石突が床の石畳を僅かに砕く。兵士達が臨戦態勢であることを示すが、右手を上げた王の合図で直立の姿勢に戻る。
「…フン、頭の悪い蛮族が。特別に質問に答えてやろう。フォーリナーを、何が聞きたい?」
向こうも早く話を進めたいらしく、面倒くさそうな顔をしながら質問を促す。こちらとしては都合が良いのでそのまま質問を投げた。
「俺を連れてきたルイーナに着けられていたチョーカーの呪いだが……俺を連れて来られなかった場合と自分の素性を教えた時、他に発動条件は何がある」
ルイーナは当然だと思うが、眼帯の女も僅かに顔が動いたのを視界の端で捉える。だがひとまずは国王の答えを待つことにした。
「ああ、あれか…。何、余の臣であるから余を貶すことは許さん。だが離れている以上こちらが分からない所で何を言っているかも分からん。だから余の陰口を叩こうものなら…すぐさま首が飛ぶようになっておる。あとは今話した呪いを誰かに伝えることでも同じようになる」
呆れるとはこのことだろう。この男は、何処までも自分のことしか考えられないらしい。
陰口を叩けば即座に死ぬ。どういう呪いかを話しても死ぬ。成程、ルイーナが最後まで言葉を濁らせていた訳だ。確かにこれなら言える筈がない。
馬鹿にされたら発動するか……その呪い自体が馬鹿馬鹿しいし、聞いた側は「王は陰口を叩かれただけで家臣を殺すのか」「王は陰口を言われるような人間なのか」と感じるだろう。そして国王はそう思われることすら嫌い、呪いの内容自体も外部に漏らせないようにした。
「それでフォーリナーよ、返事はどうした? この国を守れという余の命令への返事は」
悪びれもせず、自分の愚かさを悉く曝け出した王はそのまま自分がした命令への返答を訪ねてくる。俺が顔を少し下に向けているから無理も無いが、その顔が明らかな不快感に染まっていることを知りもせずに。
「…愚王が」
誰にも聞こえないように呟くと、胸ポケットに手を入れ、シガーケースから葉巻を取り出すと、ルイーナ以外の全員が、あれは何だというのを表情に表していた。口に咥えたタイミングで「それは何だ? 余に見せよ」という愚王の要望を無視し、マッチで葉巻に火を着ける。そろそろマッチが無くなってきたな。下手な物を使うと香りが壊れてしまうから、さてどうしたものか…。
煙草と違い、肺や喉を使わず、口腔内でのみ空気を行き来させ、葉巻に着けた火を強くする。
十分に火が着き、口の中に煙が溜まり、鼻で呼吸をする。煙に含まれている香りを堪能してから、葉巻を口から離す。口の中を泳いでいた煙は、出口を見つけて宙へ舞う。葉巻は本来煙が口から自然と出ていくのを目と鼻で楽しむのだが、俺は煙を吐き出すことが多い。まあそれも一つの楽しみ方だ。
そんな煙か香りが僅かに届いたか、国臣の何人かは鼻をヒクつかせては顔を緩める。俺のことを気に入らない、青と白のローブを着ている男も「おお…」と声を漏らしている。
「おい、フォーリナー。それは何だ? 余に近づくことを許す。それをよこすがいい」
国臣の緩んだ顔を見て更に気になったのか、愚王がつけあがった注文をしてきた。
あと一、二話で本格的な異世界系の話になるかと思います。
もう少しお付き合いを。