愚王との謁見 01
--------------------
◆◆◆
--------------------
初めて乗る馬車の乗り心地は思ったより悪くなかった。悪くないが最悪だ。
俺の体重に耐えられるかどうかという以前に、馬車が狭かった。
円柱を横にしたような形をした馬車に乗ろうにも入口が俺にとっては狭く、天井も俺には窮屈な物だった。電車のボックス席のように二人掛けが向かい合った席の片側は俺一人でスペースが埋まり、俺自身も首を少し傾けないといけない。
どうにか入ることも座れることも出来たが、これでいつ着くのか分からない城までの移動は辛い物でしかない。初めて乗る馬車にこれ程不快な思いをするとは思わなかった。
幸か不幸か…いや、不幸か。俺が乗っても馬車が悲鳴を上げることは無く、走り出しに不安があったものの馬は問題無く城へと走っている。おそらく馬車の土台がしっかりと造られているのだろう、お陰で若干無理な体勢のまま乗り続けることが確定した。王宮が使っている物だからか、乗り心地が良く尻が痛まないのが唯一の救いだった。
俺としては乗らなくても良かったというより乗らないで行きたかったが、他の二人が乗ってもらいたかったらしく、話が進まないとやむなくこちらが折れた。
到着が遅くなったところで我儘な国王など俺の知ったことでは無いが、向かいに座っている二人はそういう訳にはいかないらしい。
特に俺とルイーナを迎えに来た金髪の男…アーソンだったか、その男は不機嫌な状態を隠すことも無く、腕を組んで俺の斜め前に座っていた。
時折「何で僕がこんなことを…」とか「こんな化け物のような男が…」と、独り言なのかわざと聞こえるように言っているのか分からない文句を言っていた。仕事柄こういう人間と関わるのはよくあることだったので、取り敢えずは放っておいた。
窓の端から端に出て来ては消えていく王都に向けていた目線をルイーナに移した。
「そのチョーカーだが…さっき俺に話した部分以外にも何かあるんじゃないのか」
ルイーナの首を絞めていた金のチョーカーにかけられていた呪いが気になっていたので、他に聞く内容も思い付かなかったので聞いてみることにした。
「えっ!? え、ええ…まあ、ね…」
急に話を振られたからか、驚きの後に言葉を濁らせる。その反応に間違い無く何かあると分かったが、少し待ってみても答える様子が無い。S区で話した「裏世界の人間に最もやってはいけないこと」の隠しごとを、今の状況になっても止めようとしない。
頭が回るこの女がそれを忘れているというのは少し無理がある。ここまでの状況から、俺の中に出来ている予想が確信になった。
まだ何か呪いがかかってあるな…。
今はまだ鳴りを潜めているが、その時が来たら発動するようなタイプだろう。未だに言えないということはさっき見た時以上の物、おそらく一発で死亡する…瞬く間に首の肉と骨を潰し、切断する程の呪いである可能性が高い。
「…そうか…」
「…ごめんなさい」
俺は一言そう言って話を終わらせ、ルイーナはそれに対して謝罪した。自分が言葉を濁らせたことの意味を俺が理解して話を切りあげた。言えないことと、俺に少なからず考えさせてしまったことへの謝罪だろう。
「なんだ、ルイーナ。フォーリナーに呪いのことを知られているのか」
話を終わらせようとしていた矢先、不機嫌な様子だったアーソンが話に入ってきた。
「ええ…色々あってね。中々人が見つからなくて時間もかかったし」
「フッ、いつまでもフォーリナーを連れて来ないからだろう? 僕ならもっと早くやれるが僕は【レイジナー】ではないし、外ならぬ国王陛下直々のご命令だったからね。折角国王陛下から頂いたご命令なのに、それにお答えするのが遅れた君が悪い。」
今のやり取りで気落ちしたのであろう、ルイーナの声を少し落とした返答に対し、アーソンはそれを鼻で笑ってから、根拠の無い自信と国王の擁護を口にし、死にかけた人間に対してかける言葉とは到底思えない言葉を吐いた。初めて耳にする単語もあったが、アーソンは構わず話を続ける。
「何より王宮にいる【レイジナー】は君しかいない。だから君が行かざるを得なかったんだろうけどね。ああ…国王陛下も御可哀そうに…ろくに命令も聞けない家臣を抱えるなん」
「おい」
静かに一言だけ、アーソンに声をかけた。アーソンはルイーナから俺に顔を向けると、「ヒッ!」と小さな悲鳴を上げた。俺自身としては特に意識していなかったが、どうやら睨まれていると思ったらしい。
「……煩い」
また一言だけ言ってから、アーソンを見続けた。一瞬だけ恐怖に呑まれていたアーソンだったが、数秒経ってから俺を睨んできた。こういうことにはあまり耐性は無いらしい。
「フン、フォーリナーが口を出さないでもらおうか。君は黙って着いてくればいいんだ」
「…随分と鬱陶しく飛ぶ羽虫だ」
「何を…! 野蛮な顔をした奴が一丁前な文句を言うとはな。僕にそんな口を聞いても」
「虫を払うか俺が降りるか…どちらが良い」
敢えてゆっくりと言い放った。僅かな間の後、言葉の意味を理解したアーソンは目を見開いてから口を閉じた。払われるのは勿論のこと、やはり城への到着が遅くなることもこの男にとって良くない結果になるらしい。
喋らないことが確認出来ると、俺はアーソンから再びルイーナに顔を向ける。
「大丈夫か」
顔を俯かせていたルイーナが小さく「大丈夫」と返してきたので、それ以上は何も言わず窓の外を眺めていた。終始アーソンがこちらを睨んでいたが、相手にするだけ無駄だったので放置しておく。
馬車に無理やり体を入れてから暫く経つと、馬がゆっくりと速度を落とし、足を止めた。先に二人に出てもらってから、俺は体を捻らせてどうにか出る。解放され体を伸ばすと、ルイーナが到着した場所を告げた。
「お疲れ様。ここがクライムハイン王国国王陛下の住まわれる、クライムハイン城よ」
白い石壁と赤い屋根で造られた大きな城がそこにあった。前方には十数段の階段を登った所に10メートル以上はある高さの入口が大きく口を開けている。
後ろを振り向くと、王都に入る時に通ったのよりも大きな門が佇んでいる。橋は石橋ではなく、上部の左右が門柱から出ている鎖で繋がれた大きく厚みのある木の板が、城の門扉と王都とを繋ぐ橋の役目を兼用していた。王都の入口以上に幅が広く、深い堀に囲まれており、決められた時間になると門が閉まり、簡易的な孤島になる。
城と門を見比べると門の方が新しく建てられたのか、城の壁よりも白さが際立って見える。そのことをルイーナに聞いてみるとその通りだった。
数年前に前国王が崩御し、その時に即位したのが息子の現国王で、即位後に間もなく城全体を囲む壁と堀を改修。以前から壁や堀はあったのだが、それを更に強固にしたものが今の物になるらしい。
俺はもしやと思い、馬車の中で見えていた王都の人間のみすぼらしい服、心なしか辛そうにしている様子が見えていたのでそれも聞いてみるが、その質問にはルイーナがまた言葉を濁らせる。それが決定打になった。
葉巻を取り出しながら、俺は自分の中でこの国の王がどういった人間かを形成した。
極めて利己的で保身的。尚且つ臆病。
自分のことを最優先し、その為なら他者を貶めても何とも思わない。加えて自分の能力の無さを棚上げして陰口や否定的な発言をした人間には容赦無い罰を与える。
国王の人間像をまとめると、つい溜息が出てしまい、口の中に溜まっていた煙も出てしまった。予想する限り、この国の王は俺がさっき倒したS区の男達と何ら変わらないものだった。違いとしては、権力がある分余計に面倒だという、たった一つだが極めて大きな点だった。
器でない馬鹿が力を持つのは、詰まる所自分にも他人にも害でしかない。頭が足りなければそれも自覚せず、更に高い自尊心が加われば他者の意見になど耳を貸すことは無く、その者を排斥、排除する為に力を入れる。
そしていざ自分の目的が達成せず失敗すれば、反省するのではなく自分以外を責め立てる。そこに「貴方は正しい」と、首を縦に振るしか能の無いイエスマンを添えると、天然素材で純度の高い、表現しようの無い『屑』が出来上がる。
「……数え役満だな」
…いつの時代、どの世界であっても、人間の本質は変わらないということか。
火の消えた葉巻をしまい、先に階段下に移動したルイーナに聞こえないよう独り言つる。ゆっくりと階段に向かいながら再び吐いた溜息が、葉巻の名残を感じさせた。




