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村のはずれの小さな泉にはね

 今日も今日とて、泉のほとりでアイベルと神様が言葉を交わす。



「神様は案外人間臭いもんでな」


 とは、アイベルが「なんやかんやで聞きそびれてましたけど、ずるいって何のことだったんですか」と聞いたことに対しての神様の返答第一声である。



「くさい?」

「そこだけ拾うなっつってんだろうが」



 アイベルがあははと笑って泉に浸した足を動かすと、ぱちゃりと水が跳ねて泉の中にいる神様にかかった。そんなアイベルに「大人しくしてろ」と返す神様の表情は呆れたようではあるものの、どこか愛情がにじみ出ているようなのは気のせいではない。



「神と人間は愛し合いさえすれば、結婚できる」

「愛し合うとか、改めて言われると照れますね」

「…言うな、照れるだろ…まあ、神にとって人間と結婚することは珍しいことじゃないが、人間にとっては珍しいことだし、特別なことなんだな」



 泉の水をなにやらぱちゃぱちゃともてあそびながら言う神様にアイベルが「ほう」と相槌をうつ。



「なにしろ神と結婚するんだ、そういう人間は人間といっても、少しだけ特別な存在になる」

「特別な、存在ですか?」

「まあ多少神に近くなるって言うのか、神様ってのは神聖な存在でいかなる呪いにも侵されることはない」

「はあ、便利ですね」

「そんな神の伴侶になるんだ、その人間も同様にいかなる呪いにも侵されない存在になるんだ」



 神様の言葉にアイベルが何かを察したように「…ほう?」と相槌のイントネーションを変えた。



「例えば、その人間が神と結婚する前に呪いに侵されていたとしたら、神との結婚を誓った瞬間にその呪いは消えてなくなる、ってわけだ」



 神様の意図を理解したアイベルは目を見開き、神様を凝視する。そんなアイベルに対して「な、ずるいだろ?」と言う神様の顔は少し照れくさそうで、アイベルはつられてわずかに頬を赤くした。

 それが可愛いと感じられるのだから、愛の力というのは偉大である。初めて会ったときにはあんなにもイラついて仕方がない相手だったというのに……。

 そう考え、神様は心の中で笑うと泉に浸していた手をぱちゃりと水の上に出した。その手には何かが握られており、頭の上まで持ち上げるとふわりとなびく。そうして現れたそれを、神様は優しくアイベルの頭に被せてやるのだった。



「神様が神様らしいのは、これだけですね」

「これだけ言うな」



 ふふと笑うアイベルの鼻を、まるで水を織ったようなベールの布がくすぐった。薄いベール越しに見える神様の表情は始めこそ険しいそれにしかめたものの、すぐに呆れたような笑顔に変わる。アイベルを愛しているからとか、ウエディングベールをつけたアイベルが可愛らしいからとか、神様が笑うのはそんな理由ではない。

 ただ目の前のアイベルが幸せそうに笑うから、神様も笑うのだ。




「おおーい、神様、アイベルちゃん、皆待ってるよ」



 遠くの方から神父様が呼ぶ声がした。

 その声に神様とアイベルは互いに顔を見合わせ、頷き合うと先に神様が泉からざばりと外へ出る。そうしてアイベルの傍に立った神様が手を差し出すと、アイベルは愛おしそうにその手を取るのだ。

 神様の手に支えられて立ち上がったアイベルが神様の瞳をじっと見ると、神様もまたアイベルの瞳を薄いベール越しに見つめ返した。そうして甘美な空間が漂うこと数秒、どちらともなく視線を外した二人は、ゆっくりと、同じ歩調で歩きはじめるのだった。



 どこからともなく吹いた風が神様の髪をなびかせ、アイベルの着るウエディングドレスのすそをふわりとはためかせた。









――村のはずれにある小さな泉、そこには女神様が住んでいて、毎日お供え物を続けると、女神さまが願いを叶えてくれるんだよ。



 今となればアイベルが小さい頃教会のお兄ちゃんに教えてもらったこの話は大半がウソになっていた。泉に住んでいるのは神様で、お供え物をしたって願い事を叶えてくれることはないのだ。しかもその神様は、無駄に偉そうで、やけに腹の立つ、思っているよりずっと無能。

 けれど、でも。



――村のはずれにある小さな泉、そこには神様が住んでいて、毎日お供え物を続けても、願いを叶えてくれるわけではないけれど、話ぐらいは聞いてくれるから、辛いときや寂しいときにはお供え物を持って来てみてね。



 女神様の石像が見下ろす教会で、村の小さな子供たちにそう話して聞かせるアイベルの姿があった。興味津々に身を乗り出して聞いている子供もいれば、疑わしいというような目を向けてくる子供もいる。アイベルはどちらの子供にも平等に優しく笑いかけ、続きを話すために口を開いた。



「でも、無能だからって神様をバカにしちゃダメだよ、だって神様をバカにしていいのは、神様の奥さんである、わたしだけだからね」




 いやそもそもバカにするんじゃねえよ、という神様のツッコミが聞こえた気がして、アイベルはふふと笑った。


――悪戯っぽく笑うその表情は、以前よりもずっと、大人びている。








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