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つむろぐふたごのものがたり  作者: 燈真
第六章 兄と家族と院と歌人、その再会
69/73

6-14

 打ち合わせがあるから、と“つむろぎ”三人が別室に移り、念のためと言っておじさんがそれに同行し、尾張局が帰ってきた時のためにと院が席を外し、結局定家と二人で部屋に残った。先ほどの賭けの話が頭を占めて離れない。

「……佳乃は、哀れよの」

 ぽつり、と呟いた声が隣から聞こえて、はっとする。

「気づいてたのか」

「当然であろう。我がどのくらい孝己と母君と、そして主と共にいたと思う。どのくらい“つむろぎ”に立ち会ってきたと思う。気づかぬわけがあるまい」

“つむろぎ”は異世界の存在。本来その世界の人間が知るはずのない存在。歪みを消せば知っているという過去ごと消える。決して記憶に残らない。むろん、約束すらも。

佳乃はもしかしたら、今まで何度も本に入ってはきたけれど、小さな歪みくらいは直してきたけれど、今回ほどの大きなものは、正したことがなかったのかもしれない。もしくは正したあとで、登場人物たちと関わってきたか。いずれにせよ、今回の賭けの結果は、見えている。

「……佳乃は、どうあっても、帰るほかないのであろう」

「……そうだな」

 肩を叩かれて、強張っていることを知る。ゆるゆると開いた掌は、爪の跡がくっきりと残っていた。

「初めて会った時、佳乃もそうやって全身が強張っておった」

 遥か昔を懐かしむような声音だった。

「あの院が妖呼ばわりするからかと思えばそうでもない。異界から来たからかと思えばそれとも異なる。あの娘はあの時おそらく、絶望から逃げ切ろうと必死だったのであろう」

 ここに置かせてほしいと、佳乃は懇願したのだという。何でもするから、と。その時ちょうど整理していた尾張局の手紙を、戯れに院が見せたことがきっかけで、彼女は受け入れられた。気持ち悪いと言われない世界を見つけた。

「院が決めたこと故我が口出しすることもない。娘に引き合わせた後の事は、主たちと共におったが故わからぬが……認められることに、あの娘もまた縋っておったのであろう」

「……いくらでも、認めてやったのに」

 あの時の自分は、あまりにも無知だった。知ろうとしなかった。

「“つむろぎ”であることを教えてくれていたら、いくらでも、話に付き合ってやったのに」

 聞いていたら、孝己の時と同じように、少しは力になれたかもしれないのに。

「遅くは、なかろう。聞けば共にある決意を固めたようではないか」

「……あぁ。いつか佳乃が一人立ちする時まで、傍にいてやるよ。もちろん、孝己も」

 何やら話し声が聞こえてくる。定家がゆっくりと立ち上がった。つられて立ち上がると、ぽん、と、後ろ頭をはたかれた。

「ではな、慧一」

 不意の挨拶に胸が跳ねた。理解は遅れてやってきて、ちくりと心を刺す。

「……あぁ。元気でな、定家」

 もう二度と会うことのない、偉大な歌人。

「我にとってはあまりに刺激が強すぎたニ年間であったが、孝己や母君や慧一との関わりは、その中でも格別であった」

「俺も、定家と孝己の漫才みたいなやりとりが聞けなくなるのは残念だよ。楽しかった。定家には苦しい思いもたくさんさせてしまったけれど」

「全くだ。歌を詠む隙すらないほどに忙しなく、濃厚で、興味深く、残酷な日々であった」

 肩を竦める定家は、しかし怖い顔をしてはいなかった。むしろ心なしさっぱりしたような、晴れやか、といえるような、そんな表情で。

「それでも、なかなかに愉快な日々であったと言えよう」

 もったいぶってそう言ったから、俺も笑って手を差し出した。このニ年で定家が知った、未来の日本での挨拶の仕方。

「息災でな」

「定家も、頑固はほどほどに」

「誰に物を言うておる」

 出した手に重ねられた、皺が刻まれ始めた手を、これでもかというくらいしっかり握って、俺たちは別れの挨拶を済ませた。


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