6-10
「ばか! 慧一のばか!」
そのまま思い切り胸元を殴られた。ポカポカなんて可愛らしい打撃音じゃない。結構本気だ。
「いた、痛い、佳乃、痛い」
「ばか! ばかばかばかー! 慧一なんてその辺に埋まっちゃえば良いんだ!」
「い、今埋まったら雪で冷たいから嫌だ」
我ながら見当違いと自覚している抗議は、当然のごとく睥睨によって黙殺された。こちらを見上げてきた顔はよく見れば青白くて、目は涙で潤んでいる。
「す、すごくびっくりしたんだから! 慧一護り葉持ってるなんて知らなくて、ほんとに、もしあのまま切られてたらって、本当に、怖くなったんだから!」
そのままボロボロと零れだした涙を、よしよしと袖で拭ってやる。大人しくされるがままになっているかと思いきや、止まった頃にもう一発胸元に来た。
「な、なんだよ痛いな」
「なんであんなこと言ったの」
「あんなこと」
「残るって」
「あぁ」
院の抜刀に気を取られていたが、そもそもそれを招いたのは俺の発言だったっけ。
「別に、言ったままだよ。佳乃が残るから」
「だからどうして!」
さて、どうしたものか。佳乃がいるから俺も残る。俺としては割と当然と言えば当然の選択ではあるんだが。なんで当然なのかを説明することほど難しいものはない。
「俺はさ」
確かめるように話す。俺の中にある理屈。こいつらと一緒にいたい理屈。
「俺にとっては、お前たちは本当に家族のようなものなんだよ。いて当り前、会って当然の家族。そりゃ友達とも一緒に遊ぶし、クラスの連中とも仲良くやっていきたいし実際それなりにやれてるけどさ、でも家族って、そことは別枠だろ。何かあったら真っ先に飛んでいきたいし、落ち込んでいたら傍にいてやりたい」
三カ月前は、ニ年前は、それが上手くいかなかったけれど。間に合わなかったけれど。
頭を軽く叩いてやると、驚いたような顔でこちらを見上げるから、つい笑ってしまった。
「別に、いつまでも一緒にいられるとは思ってないよ。大人になってもずっとこのまま何も変わらずにってことは有り得ないだろうし」
力が入ったのか、服を掴む手が白くなっている。そうだよな、まだ中一のお前には、少しだけ寂しい話かもしれないけれど。首を振って、聞きたくないって言うような、そんな話かもしれないけれど。でも、まぁ、最後まで聞けって。
「でもさ、それでも、どんなに進む方向が違っても、多分ずっと、家族なんだよ。特に俺は幼馴染ってだけで赤の他人だけど、本当にお前や孝己にのっぴきならない何かが起こった時には、どっからでも誰のところからでも駆けつけるだけの想いと覚悟を持っているよ。それで多少人生ずれたとしてもさ、覚悟の上なんだから、なんてことないんだよ」
後悔なんてしない。するわけない。だって俺は、こいつらの兄貴分だから。
「だからさ、佳乃が今どうしようもない状態で、俺たちのところに帰ってきたくないっていうなら、俺がこっちで一緒にいてやるのは、本当に、当り前だってこと」
わかったか、と顔を覗き込もうとすると、膝を抱えたままくるり、と後ろを向いてしまった。拗ねたのか受け入れられないのかはわからないが、こうなってしまったら仕方がない。佳乃の小さく丸まった背中に背中を預けて、わざとらしく体重をかけてみると、後ろ手に脇腹を殴られた。器用なやつだ。それでも振り向かないので、軽く背中を預けたまま、院が手配した結果を誰かが持ってくるまで待っていた。
そして数刻後。
院に呼び出された藤原定家が、参内した。
当然その場には俺も、それから佳乃も集められる。
院の前でゆっくりと面を上げた定家は、ちらり、とこちらに目をやり、わずかに微笑した。
三年ぶりに見る、穏やかな表情に、胸が詰まる。
藤原定家として参上した佳乃の父親は、しっかりと院と対面して問うた。
「それで、今度は何の用です?」




