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顔が強張るのが分かる。やばい。最悪だ。何の策も考えていない。
院はこちらを居心地が悪くなるくらいジロジロと見た挙句、指をさして佳乃に尋ねた。
「何だぁ、この男は。お前の旦那か? それとも付狙いか」
ちょっと待て、この時代の人は口を開けばそれなのか。
「あ、兄です!」
思わず口を挟むとじろりと睨まれた。
「佳乃に兄がいるたぁ初耳だな。双子の弟しかいねぇって聞いてたんだが」
「兄、のようなもんです!」
「つってるが、佳乃、合ってんのか」
佳乃が俯いたまま黙って頷く。ふぅん、と顎を撫でながら、それでも隙なくこちらを見下ろす。少しでも変な顔をしていないと良いんだが。自分の表情が仇となりかねないことを、過去散々学んだ。
「で、その兄もどきが俺の姪っ子に何をしに来た」
その断定っぷりに、カチンと来た。
「別に貴方の姪ではないでしょう」
「そのうち本当にそうなるんだ、問題ねぇだろう」
「大アリです。佳乃はこの世界の人間じゃない。ちゃんと帰る場所がある」
「帰る場所だぁ? そんなもんないっていう、あれは嘘か佳乃」
胡乱げに眉をひそめた院が佳乃に目をやる。その眼光をまともに受けた彼女は、慌てたように大きく首を振った。
「本当です!」
「佳乃!」
「だから小父様にお願いしたし、約束もしたもの! 私はここにいたいの! だからちゃんと守る!」
それは院に言うというより、まるで自分自身に言い聞かせて確かめるような口調だった。本当に、気に食わない。あんまりに気に食わなかったから、つい口が出た。
「それなら俺だってここに居据わるからな」
「……へ?」
佳乃の目も口も丸く開く。それを見て少し気が収まった。そうだ、帰らないというなら、こっちが居据わるだけだ。
「高校中退になるけど知るか。孝己には申し訳ないけど帰ってもらって、佳乃の気が済むまでこの世界にいる」
「ちょ、ちょっと待って!」
事態を把握したらしい佳乃が泡を食ってこちらに責め寄る。
「だめ、慧一はだめ!」
「何が駄目なんだよ。別に構わないでしょう? 俺、体力だけはあるし足も速い方だから、雑用くらいならいくらでもできますよ」
後半はもちろん、院に向けての言葉だ。その院はというと、一考の後不意に腰に手をやった。かと思えば、鋭い音と共に勢いよくこちらへと振り抜く。
キィィィン、と澄んだ音がした。口元を覆う佳乃の目の前、俺の眉間のすぐ上で、院が振り下ろした刀が止まっていた。よく見れば小刻みに震えている。まるで、何かにこれ以上近づけさせんと阻まれているように。胸元が温かくて手をやれば、先生が貸してくれた葉型のペンダントが淡い光を放っている。……護り葉の名前は、伊達ではないらしい。
そうと認識した途端、ドッと冷や汗が流れた。どうして今、俺、切られそうになったんだ?
「……皇族って、帯刀できるんですね」
口から出た言葉は全く別のことで、我ながら混乱していることがまるわかりなのだが、阻まれたことに対してもその質問に対しても何の動揺も感じさせないまま、院は空いている方の手で顎を撫でた。
「……最近物騒だからなぁ、自分でも差しとかねえと安心できねぇんだよ」
そのまま何事もなかったかのように元の鞘に納めると、くるり、と背を向けた。
「鈍いのか肝が据わってんのか知らねぇが、まぁ良い。こっちも人手が足りてるとは言えねぇからな。使える奴なら良いんじゃねぇか。テイカにでも任せときゃなんとかなるだろ」
そのまま側仕えを呼びながら部屋を出ていってしまった院を茫然と見送って、袖の端が見えなくなったところでようやく我に返ったらしく、佳乃が俺の襟元を引っ掴んだ。




