6-8
「やだ」
「佳乃」
途端、キ、と睨まれた。
「だって、帰ってどうするの? 学校だってもういけないし、慧一と孝己は高校生になっちゃったし、友達なんていないし、それなのに、なんで帰らなくちゃいけないの?」
投げかけられた問いは冬の空気で一層冷やされて、目の前に飛んでくる。どう受け取って返すか、悩んだその一瞬の間に、爆弾が投げ込まれた。
「それに、慧一も孝己も、私がいない方が楽しかったでしょ?」
「!」
眩暈がした。ニ年前のあの日が、一気に蘇る。
「……お前、やっぱり、それを気にしていたのか」
佳乃がいるせいで、俺や孝己がクラスメイトや部活仲間と遊べないでいる。佳乃のことが気に食わなかった女子たちが吹聴したそんな出鱈目を、信じたのか。
「当たり前でしょ? 私には二人しかいなくても、二人には仲良しがたくさんいるんだもん。あぁ、私はお荷物だったんだな、二人とも、しょうがないから私に付き合ってくれてたんだなって、だからいなくなった方が良いなって」
「馬鹿野郎!」
思わず怒鳴った。佳乃が怯えたように硬直したが構わない。情けなすぎて涙が出そうだった。何もわかっていない。こいつ、本当に何もわかっていない!
「お前がいなくなって! どれだけ孝己が落ち込んだと思ってるんだ! 必死に修行して“つむろぎ”になって、何回もぶっ倒れながらお前を連れ戻そうと奮闘してきたんだぞ! 俺だってなぁ!」
思い出すのは司書室から項垂れて出てきた孝己の姿だ。駄目だった、と一言そう言って黙り込んでしまった彼を前に、事情が分からないながらも俺のせいだ、と漠然と思っていた。俺が、もっとうまくやっていたら。兄弟である孝己はともかくも、俺が周りを見ながらうまく立ち回れていたら。ずっと、お前たちが楽しく過ごせるように守っていこうって、思っていたのに。
「何回も思ったさ! 死ぬほど思ったさ! 嘘であってくれって! 間違いであってくれって! 楽しめるかよ!」
人の気も知らないで。あぁ、本当にその通りだ。それでも一番腹立たしいのは、佳乃のこの態度だ。長年一緒にいた二人を勘違いであっさり切り捨てて、本の中で生き生きとしやがって。
「お前何年俺らと一緒にいるんだよ! 何でそこいらのよくわからん女子の言うことに勝手に納得すんだよ! 俺らにちゃんと聞けよ馬鹿!」
「聞けるわけないでしょ!?」
初めて佳乃が叫んだ。俺の勢いが削がれたところで、顔を歪めて負けず劣らずわめきたてる。
「聞いたら二人ともそんなことないって言うに決まってるもん! それで、怒ってくれるし気を使ってくれるって分かってるもん! 『ホントにホント?』って聞いても絶対『ホント』って言ってくれるって! でも! それが嘘じゃないって、どうして思えるの! 私がショック受けたり嫌な気持ちになったりしないために、優しい嘘をついてくれてるんだって、思ったって仕方ないじゃん! だって、私ずっと、甘えてた!」
「そ……こまでわかってて何で疑うんだよ! 兄弟に甘えて何が悪いんだよ! そこいらの女子の言葉を鵜呑みにする前に俺らの言葉の方を鵜呑みにしろよ! 余計な方向に頭回すな!」
「無理!」
その時。
「昼間っから何の騒ぎだ、佳乃」
聞き覚えのある声と共に、どろりとした空気が溢れて冬の鋭い空気の上に覆いかぶさってくる。思わず空いた方の口元を抑えて絶句する。今までで一番濃い、この空気の主は。
「! 小父様!」
驚いた顔で振り返った佳乃の前に、煩わしげな表情の後鳥羽院が現れた。




