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つむろぐふたごのものがたり  作者: 燈真
第六章 兄と家族と院と歌人、その再会
58/73

6-3

「君は“つむろぎ”でも何でもない。だからこれは、お守り代わりだ」

そう言って清原先生が貸してくれたペンダントを首にかける。机の上で開かれた本の、頁はもちろん、九十九番目の歌が載っているはずの場所。促されるままその上に手を置くと、何故か女性用ではなく男性用の着物を着ているおばさんの、少し冷やりとした手がそこに重なった。一番上に先生の手が乗って、準備完了。

「慧一君は、とにかく佳乃と孝己のことを思ってくれれば良いからねぇ。今までも孝己と一緒に入ってきたこともあって、君は完全に許された存在だからさぁ」

 始めるよぅ、とやっぱり緊張感のない声を合図に、目を閉じる。

 佳乃、孝己、今行くから。

 お前たちを迎えに行くから。

 お前たちの力に、なれないかもしれないけど、でも、なりに行くから。

 今度こそ、ちゃんと間に合ってみせるから。

 だからどうか、無事で、待っててくれ。

「―開け」

 馴染んだ圧迫感が、体を包んだ。収まるのを待って目を開けると、途端に視界いっぱいに光が差し込んで、加えて強烈な寒さが襲ってきて、反射的に瞼を閉じてしまった。足の裏からも冷たさがじわじわと這い上がってくる。薄眼を開けて足元を見てみると真っ白だった。驚いて前を向けば、この少し小高い丘から見下ろせる京は一面の雪景色。その向こうにそびえる山々の間から、太陽が顔を出して屋根屋根をキラキラと輝かせていた。空の雰囲気からして朝だろうか。さっきまで晩春の夕方の室内にいたので、そのギャップが目に辛い。

「良い天気だねぇ」

 細めた目で隣を見ると、いつもは孝己と定家がいる場所で、こちらも眉のあたりに手で庇を作ったおばさんが街並みを見下ろしている。と思うと、視線だけをこちらに寄越した。

「さぁて、二手に分かれようか」

「へ?」

「慧一君はねぇ、あそこ」

 指さした先は、一際大きなスペースが確保された京の真ん中……から、少しずれたところ。見覚えがあるような気がしないでもない。

「孝己から聞く限りじゃぁ今までに何回か行っているはずから、大丈夫大丈夫」

 じゃぁ後程。さくりとそう言い放って踵を返した彼女の袖を、慌ててはっしと掴む。孝己も定家もいないのにここで放り出されてはたまらない。

「ちょ、どこに行けっていうんですか!」

 しょうがないなぁと真っ白なため息をつかれたけれど、正直こちらがつきたい。

「だぁから、何回も行っているところ。わたしじゃぁ行った瞬間追い出されちゃうから、慧一君が行って時間稼ぎしてきてねぇ」

 開いた方の手でひらひらと手を振ると、どうやってか掴んでいたはずの袖を翻して、さくさくと雪を踏みしめながら降りて行く。冗談じゃない。

「別行動って、おばさんはどこに行くんですか!」

 追いすがって横に並ぶと、まるで近所に散歩に出かけるかのように言う。

「決まっているじゃぁないか。私の家族に会いに行くんだよ」

「家族って、え、どこにいるか、わかるんですか!?」

「うん、孝己が“守り葉”持って入ってくれたからねぇ、すぐわかるよ」

 あっちの方、と指さした先は、先ほど指した場所から少し右に離れている。

「なら、俺も一緒に!」

「だぁめだってば」

 器用に歩きながら腕を組んで、斜からこちらを見上げてくる。ぴんと伸ばされた人差し指が、隠し短刀のような鋭さでこちらを向いていた。

「良―い? 慧一君が何のためにここに来たのか、その意味をしっかり考えなくちゃぁ。私にはできなくて君にはできること。さっきから言っているでしょ?」

 おばさんにはできなくて俺にできること。

 孝己に会うこと以外で。

 孝己と一緒に定家もいるはずだ。ということは、もしかしたらこの世界で定家として過ごしてきた、おじさんも。

 じゃぁ、佳乃はどこにいる?

 そこまできて、わかった。さっきおばさんが最初に指さした場所。俺たちが何度も行ったことのあるというその場所は。

しばらく無言で歩いて、丘を降りて通りに出たところで、堪えかねて尋ねた。

「おばさんは、佳乃が嫌いですか」

「嫌いじゃぁないよ?」

 何をおかしなことを、と言わんばかりに目をぱちくりさせるから、余計訳が分からなくなる。

「じゃあ、何で佳乃にはあんなに厳しかったんですか」

 父親の話はよくしても、母親の話はあまりしたがらなかった佳乃。おじさんは結構家を空けることが多かったから、おばさんと一緒にいた時間の方が多かったはずなのに。

『あの人、私のこと嫌いだから』

 冷めた顔でそう言う佳乃を、何度か見ている。だから、わからない。

「そうだねぇ」

 軽く首を傾げながら通りの向こうを見るおばさんは、答えに窮すというよりも、どう伝えるべきか考えているようだった。

「強いて簡潔にいうなら、嫌いなんじゃぁなくて、気に入らないんだよ。あの子はこのままじゃぁ絶対にこうなるなぁっていうのが、わかってたから」

あの子は本の世界を偏愛し過ぎるから。本に縋ることを覚えてしまったから。

「親としてはさぁ、現実で、自分のいるべき世界で生きてほしいんだよねぇ。せっかく孝己も、慧一君もいるんだからさぁ」


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