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つむろぐふたごのものがたり  作者: 燈真
第五章 兄と妹と真実
52/73

5-8

 佳乃がいなくなったのは、年が明け三学期が始まった、寒い日のことだった。

 行事もあらかた終わったこの学期は、中一中二にとっては比較的余裕がある。言い換えれば、力を持て余している。加えて思春期に突入する上に次の学年での人間関係も気になってくる頃で、そういった力や不安定さの矛先が、多分運悪く佳乃に向かってしまったのだろう。

 放課後、いつも通りに迎えに来ると、いつもの学習スペースに佳乃の姿はなかった。一通り室内を回ってはみたが、影すら見えない。

「先生、佳乃はいないんですか?」

 司書室に声をかけると、先生はそういえばと首を傾げてた。

「今日は見ていないわねぇ……」

 孝己と二人、首を傾げる。

「先に帰ったかな」

「校門出たら家に電話してみる」

 先生に挨拶をして、下駄箱に向かう。靴を履いて孝己と合流した時、「あれ~?」と高い声が横から聞こえてきた。

「今日は二人なんだね~」

 出てきたのは女子生徒三人。俺は見たことのない顔だけれど、孝己は知っているらしい。

「……何?」

 愛想の欠片すら見せることがない辺り、多分歓迎すべき相手ではない。やだなぁ、とにっこり笑ったのは、佳乃と違い明らかに染めている茶髪の女子だった。

「何って、姿が見えたから一緒に帰ろうかなーって思って」

「ほら、いっつも三人で帰ってるでしょ? だから誘いにくくてさー」

「……悪いけど、急いでるから」

 さっさと背を向けようとする孝己に追いすがるように、えぇぇ、と声があがる。

「いいじゃん。片割れ今日はいないんでしょ? 帰りくらいゆっくり話そうよ」

 さり気なく隣に並んで歩こうとするのを、孝己が心底鬱陶しそうに見下ろす。大変だなぁと他人事のように見ていると、隣にももう一人が並んだ。

「先輩も、良いでしょう? 私、陸上部の子に先輩のこと聞いてから、ずっとお話したいなーって思ってたんです」

 にっこり笑顔を向けてくる彼女に何となく背筋が寒くなって、「ごめん」と言いながらさり気なく距離をとった。

「ごめん、孝己も言っていたけど、俺達今急いでいるんだ。こいつの片割れを探してる」

「えぇぇ、彼女ならさっき一人で帰ってましたよ?」

 ん? 違和感が頭を掠めた。今の、何か、おかしかった。

「……ねぇ」

 先にその正体に気づいたのは孝己だった。く、と首だけを傾けてこちらを振り返る。

「知っているなら、何でさっき、二人でいることに驚いたの」

 それだ、と得心がいったその横から、驚くほどの素早さで彼女たちが離れていく。

「もしかして」

 一転、孝己の方が二人に向かって歩いていく。

「うちの姉に、何かした?」

 ゆっくりと牙をむきながら獲物を追い詰めていくような、後ろ姿。耐えかねたのは女子生徒の方だった。

「だって、ずるいじゃない!」

「ずるい……?」

 足を止めて胡乱げに問い返す。

「そうよ! 家族だ幼馴染だって言ってあなたたちを独り占めするあの子はずるい! 自分勝手すぎる!」

「クラスの子も部活の子も、先輩だって言ってた! 本当はもっと二人と一緒に帰りたいのに、放課後もっと一緒に遊びたいのに、あの子がいるからできないって! あんな子に付き合わされている二人が可哀想だって!」

「あんな、」

 吐き捨てるように叫ぶ。

「あんな子、いつまでも本とだけイチャイチャしてたら良いのよ!」

「待て!」

 静止も空しく、二人は走ってその場から逃げだした。おいかけようと思えばできるし、余裕で追いつける速さだったが、それをしなかったのは孝己が動かなかったからだ。

「大丈夫か」

「それはこっちの台詞」

 ゆっくりと振り返った孝己の表情は、最近の彼にしては珍しく、こちらの機嫌をうかがうようなもので。

「思ってた? 俺たちと一緒に帰らないで部活の仲間や同級生と帰ったり遊んだりしたいって」

 ぽつり、とそう聞くので、初めて自分が先ほどの彼女たちの言葉に微塵も動揺していないことに気づいた。そう、全然、ダメージを受けていないのだ。確かに付き合いは良い方ではないと自覚している。放課後どこかに寄って夕飯を一緒に食べるなんて、行事の打ち上げくらいだ。でも、大事にしていないわけではない。休日は誘いあって遊びに行くし、土日の部活後は孝己と別々に帰ることだってある。ただ、平日の放課後は三人で帰ることが、当たり前なだけだ。

「何とも思ってないよ。だって俺は、お前らの兄貴分だからな。兄妹弟が一緒に帰るのに、ずるいもへったくれもあるかよ」

 そんなよりも、問題はその妹だ。

「訳を話して校内を探させてもらおう。考えたくないけど、もしかしたら、どこかに」

 履いたばかりの靴を脱いで脱いだばかりの上履きを履く。孝己は一階から、俺は職員室に、校則そっちのけで駆け出した。


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