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システム・サクラメント  作者: Kesuyu
第4部 日常と非日常
33/71

3【K】空がひび割れて落ちてきました




「急患です。タンカがとおります。道を開けてください」

「いてえ、いてえよ」

 ハンター・ウルフは街に帰還すると、タンカに乗せられて、大至急リン先生の診療所に運ばれた。診療所に入ると手術室の手術台に移され、リン先生と二人の看護師は緊張した面持ちで手術着に着替えてマスクをし、手袋をはめた。そして部屋の入口の表示灯は、薄暗い廊下に血のように赤く、禍々しく灯った。

 夕刻になると手術室の入口の表示灯の明かりが消えた。扉が開き、リン先生が廊下に姿を現した。ベンチに座っていた管理者Ⅹとハンターたちは思わず立ち上がる。

「リン先生、ウルフの具合は?」と管理者Ⅹは尋ねた。

 リン先生は手術帽を外し小さく首を振った。「とてもひどい。弾丸が4発撃ち込まれていました。肩、左腕、みぞおち、脇腹。できる限りの処置は施しましたが、今夜が峠だと思います」

 ハンターのあいだでどよめきが起こる。

「マジか」

「〈ウロボロス〉め。舐めやがって」

「ぜってえ、許さねえ」

「これは報復すべきですぞ」

 多くのハンターたちが戦意を高揚させる中、Kはその様子を壁にもたれて黙って見ていた。気持ちは痛いほどよくわかるが、不味い状況になった。皆怒りに任せて周りが見えていない。もし争えば我々が数的に圧倒的に不利な上、見境なくハンターを攻撃してくるのは、相手もそれなりの勝算があるからだろう。

 Kは隣で同じく事態を静観しているオルカに声をかけた。

「オルカ、〈ウロボロス〉とまともにやりあったとして勝ち筋は見えるか?」

「今のところ見えないね」とオルカは静かに言った。「山梨に来ている連中もおそらく下っ端だろうね。かといって連中の東京の拠点がどこにあるのかもわからないから、こちらからは攻めようがない。相手の出方をうかがう上でも、もっと〈ウロボロス〉の情報を集める必要があるよ。それまでは決して先走ってはいけないな。せめて奴らのボスが誰なのかわかれば勝機も見えるかもしれないんだけれど」

「まあ、そうだな」、Kは天井を見上げた。見解は概ね一致している。

「どのみちあとは司令のご決断次第かな」とオルカが言った。

「ああ」、Kは頷いた。「ツカマタダシはオルカのことを知らなかった。これは大きなアドバンテージになる」

「僕は殆ど外の世界に出る機会がないからね」

「先輩」と横にいたバイパーが口を挟んだ。「ツカマタダシは僕のことも知りませんでした。司令がツカマタダシにハンターを全員面通しさせたんです」

「意外だな。でもそれならバイパーも動けるな。俺の面が割れているのが痛いところだけど」

「静粛に」と管理者Ⅹはどなった。「とりあえずうちは司令室に戻る。残りたいやつはリン先生の邪魔せんようにな」

 場にいる半数足らずのハンターが診療所に残ると志願した。

「K、うちも少し疲れた」と彼女は言った。「司令室まで送ってくれ」

「承知しました」とKは言った。

 秋風の吹き荒ぶ中、Kと管理者Ⅹは診療所を後にして、〈システム〉本部まで並んで歩いた。道中、足下には枯葉が散っていて、踏みしめると、その度に枯葉は乾いた音を立てた。彼女は何も言わなかったし、彼も何も言わなかった。お互いが言葉にできない感情を胸の奥に抱きながら黙々と歩いていた。

 しばらくすると管理者Ⅹの姿が彼の隣から消えた。振り返ると彼女は歩を止め、佇んでいた。震える手を必死に握りしめている。やがて彼女は言った。

「K、うちはこの街を守りたい。そのためには〈ウロボロス〉を潰す覚悟や」

 Kは深く首肯した。「司令がそういうのならば、俺はどこまでもお供します」

「絶対やな?」

「絶対です」

 管理者ⅩはKにそっと歩み寄り、そして彼の胸にしがみついた。それは今まで知っている彼女ではなかった。その小さな身体に尋常ならざる責任やら意志を秘め、きっと心が弱っているのだろう。組織のトップとしてずっと気を張っているんだ。仕方ない。Kは立場を忘れてそれを優しく抱きとめた。いつしかKの胸もとは雫で淡く滲んでいた。

 司令室に行くと管理者ⅩはKに黒い眼鏡ケースを手渡した。

「プレゼント」と彼女はぶっきらぼうに言った。

 開けると黒縁の眼鏡が入っていた。

「司令、これって?」

「伊達眼鏡や。あんたは面が割れとるから、気休めでも外の世界に行くときはそれをかけるとええ」

「ありがとうございます」とKは言った。そして付け加えた。「大切にします」

 管理者Ⅹは満更でもない様子だった。それから彼女は言った。

「んで、頼みたい仕事があるんやけど」

「なんでしょうか?」

 彼女はフフンと少しもったいぶった。その姿はもういつもの司令官だった。

「ひさしぶりの暗殺の依頼や」


 Kが家に帰るとアウルはリビングのソファに座ってフランツ・カフカの「城」を読んでいた。

「今日は大変だったな」とKは言った。「樹海でウルフを先導してくれたんだろ?」

「ハンター・ウルフさんは大丈夫でしたか? 大分重症だったみたいですけど」とアウルは尋ねた。

「わからない。たぶん内臓を損傷している。今夜が峠だってリン先生は言っていたけど」

「そうなんですね。無事だといいんですが」

「飯は食べたのか?」とKは尋ねた。「まだなら今からでも作るけど」

「ペペロンチーノを作りました」とアウルは言った。「しゃばしゃばで味が薄かったですけど、醤油をかけて食べました」

「最初はそんなもんだ」、Kは苦笑した。「急ぐ必要はない」

 Kはシャワーを浴びると、パジャマに着替え、歯を磨いた。それから自室に入り、ゲーミングパソコンを開く。電源を入れると今日のことを振り返りながら、パソコンが起動するのを待った。やがてパソコンにはホーム画面が表示される。Kは取引をするために〈システム・サクラメント〉にログインした。

 時計を見ると午後9時だった。フレンド欄を確認するとゴーストもログインしている。Kはさっそく合言葉をゴーストに投げかけた。


シャノワール『空がひび割れて落ちてきました。そちらはいかがですか?』

 2分後。

ゴースト『前回言いそびれたのですが、あなたは本当にシャノワールさんですか?』

シャノワール『それはどういう意味でしょうか?』

ゴースト『他のプレイヤーからもその〈空がひび割れて落ちてきました。そちらはいかがですか?〉という合言葉が届きました。先の文言は出回っているんでしょうか?』

シャノワール『いえ、そんなはずはないと思います』

 15秒後。

ゴースト『その言葉を証明できますか?』

シャノワール『どうだろう? 証明か』

ゴースト『証明できないのであれば、依頼はお断りさせていただきます』


 参ったなとKは思った。依頼が断られれば、うちの本業に支障が出る。何より同じ合言葉が出回っているという話が気になった。Kは仕方なく自身の個人情報を一部公開することにした。


シャノワール『僕は23歳の男です。普段は山梨県に住んでいます。趣味は特にありません。たまに読書をしたり、音楽を聴くくらいです』


 やれやれ、これじゃお見合いじゃないか、とKは思う。それにこんなのは何とでも言える。悪魔の証明じゃあるまいし。


 15秒後。

ゴースト『お仕事は? 何をされてらっしゃる?』

 5秒後。

シャノワール『家畜の世話です』

ゴースト『農業ですか?』

シャノワール『いえ、我々は外の世界から隔離された特殊な環境に身を置いています』

 5秒後。

ゴースト『特殊な環境というのは?』

シャノワール『ひとことで言えば、地図にも載っていない森の奥の街です』

 8秒後。

ゴースト『それってどういうことでしょうか?』

シャノワール『端的にいうとコミューンみたいなところです』

ゴースト『なるほど』

シャノワール『疑いは晴れましたか?』

 5秒後。

ゴースト『本当はシャノワールさんのことは最初から信じています。ただ、ちょっと不安だったので、つい色々とふっかけてしまいました』


 やれやれとKは思い胸をなでおろした。


シャノワール『ところでさっきおっしゃっていた合言葉が出回っているというのはどういうことですか?』

ゴースト『その人はシャノワールさんの仕事の依頼の合言葉を知っていたようです。それを使って私に接触を図ってきました』

シャノワール『依頼は受けたのですか?』

ゴースト『話は聞きましたが受けていません』

シャノワール『差支えなければ、どういった依頼内容だったのですか?』

ゴースト『〈K〉と名乗る男を抹殺してほしいとのことでした。それも報酬は1億7000万円です』


 それをパソコンの画面で見て、Kは一瞬戦慄した。俺を始末した場合の懸賞金が1億7000万円? どうなっているんだ、いったい?




バイパー「先輩、最近の僕、モブみたいな扱いじゃないですか?」

K「そ、そんなことないさ」

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