1【K】とにかくひとつでも多くの仮説を立てることだよ
〈システム〉本部、地下1階の駐車場に一台のジープが乗り入れると、それを管理者Ⅹとハンター・Kとハンター・オルカは待ち受けていた。広間にジープが停車するとハンター・プードルが車の運転席から降り、まわりこんでトランクを開けると、中には両手両足を縛られ、口にガムテープを貼られた屈強な男が芋虫みたいにうねうねともがいていた。その口のガムテープをプードルがはがすと、とたんに男は怒声を放った。
「てめえら、こんなことしてただで済むと思うなよ。絶対に報復してやる」
プードルはナイフを取り出して男の頬にあてた。
「大人しくしやがれ、三下。目ん玉くりぬくぞ」
管理者Ⅹがプードルに尋ねた。「どうやって捕獲した?」
「いやー、町中で見かけて、後をつけてたら、人気のない道路を横断したのでジープで轢きました」、プードルは意気揚揚とした。
「そうか」、管理者Ⅹは羽織っていたローブを翻した。「とりあえずさっそく尋問に取り掛かる。Kとオルカはそいつを地下牢に入れてくれ。プードルは帰ってええ」
「承知しました」、三人は敬礼したが、プードルは褒めてもらえなくてしょんぼりしていた。
捕虜の名前はツカマタダシといった。尋問は難航するかに思えたが、拷問の影をちらつかせると、威勢の良かった態度が急に萎縮して、知っていることは何でも進んで話しだした。要はただの末端の構成員であり、組織への忠誠心なぞ微塵もないのだ。
ツカマタダシ曰く〈ウロボロス〉は拠点をいくつも持っていて、幹部クラスは索敵されぬように、その拠点を定期的に転々としているらしい。それに応じて構成員の配置も流動するようだ。
ただ、いくら脅しても、幹部の名前はひとりも摑めなかった。どうやら末端の構成員には幹部の情報は知らされていないらしい。拠点の場所も知らない。拷問しようとすると、彼はひどくわめいた。「本当に何も知らないんだ。嘘じゃない。信じてくれ」
管理者Ⅹはさらに言及した。「うちらのことをなんで知っとる?」
「わからない。ただ国家転覆を目論む悪の組織だと聞かされている」
「悪の組織?」、彼女は眉を一瞬しかめた。「舐めとんか。どっちが悪の組織やねん」
「あんたらは見るからに悪者じゃないか。車で轢いてくるし」
「むう」、管理者Ⅹは言葉に詰まった。「せめて義賊と言え」
「わかった」
管理者Ⅹはハンター・フロッグの写真を見せた。
「この写真の男に見覚えはあるか?」
ツカマタダシは写真をまじまじと見つめたあとに答えた。
「いや、覚えがないな」
「ちょっと痛い目見るか?」
「ほんとだ。〈ウロボロス〉は寄せ集めの集団だが、情報に関しては堅いんだ。末端の俺らは指示されて動いているだけだ」とツカマタダシは言った。
「ならどうやってうちらを判別して襲撃しとる?」
「まず車だ。山梨ナンバーのモスグリーンのジープは敵のものだと知らされている。あとあんたらはいつも黒いスーツを着ているから——誰が言い出したかは知らないが——便宜上『鴉』と呼ばれている。そして襲撃に向かう際にターゲットの写真が配られ作戦が伝えられる」
「ターゲットの写真?」、管理者Ⅹは一瞬眉をしかめた。「それはどこにある?」
「今は持っていない。来る前に暗記させられた」
「この中で見覚えのある奴はおるか?」と言って彼女は部屋を見渡した。
ツカマタダシはうつむいて迷った挙句、尻込みした。やがてゆっくりとKを指差した。
「やっぱりか」、管理者Ⅹは溜息をついた。「参ったわ」
「これで知っていることは洗いざらい話した」とツカマタダシはすがるように言った。「釈放してくれるよな?」
「あほ」、管理者Ⅹは冷たい目をした。「寝言は寝て言え。まだまだこってり搾ったる」
司令室に行くと管理者Xは椅子に座って意見を求めた。
「どう思う?」
「嘘をついているようには見えませんでしたね」とオルカが答えた。
「右に同じです」とKも言った。「何かを隠している素振りもない。たぶんあれ以上は本当に何も知らないんだと思います」
「そうやな」、管理者Ⅹは腕を組んだ。
「司令、とりあえずジープの色は塗り替えたほうがいいかと」とオルカが言った。「山梨ナンバーはともかく、車の色は変えられます」
「確かにな」、管理者Ⅹは頷いた。「何色にしよう。黄色とかどうやろ?」
「かえって目立ちますって」、Kが制した。「白が無難かと」
「業務用みたいで可愛くないやん」
「業務用みたいだから目立たなくていいんですって」
「じゃああいだ取って水色で」
「どことどこのあいだを取ったらそうなるんですか?」とKが指摘する。
「むう」、管理者Ⅹは難色を示した。「せめて赤」
「オルカはどう思う?」とKがオルカに尋ねた。
「ジープの色を統一するのはリスクがあるね。色がばれたらすべての車が危険に晒される恐れがある。配色はバラバラにしたほうがいいよ」
「なるほど」
「ピンクも熱いな」
Kとオルカはその言葉を無視した。
その日の午後はよく晴れていた。まさに塗装にうってつけだ。残っているハンターが集まって本部の地下駐車場に停めてあるジープを外に出して塗装をしていた。Kとバイパーは協力して自分たちの車にマスキングテープを貼り、やすりがけを行うと、粉や油分を拭き取り、刷毛とローラーでベージュに外観を塗り替えた。新しく色を塗り替えるだけで、まるで雰囲気も変わったし、新車のように見える。
「お前もハンターみたいなもんだからな」とバイパーがジープをなでながら言った。「この前の襲撃の傷も消えて、綺麗になってよかったなあ、シャロン」
「シャロンって誰だ?」、後ろでそれを聞いていたKが尋ねた。
バイパーが振り返って照れ臭そうにした。「ああ、この車の名前です。勝手にそう呼んでいるんです」
そうしているとハンター・オルカとハンター・スクワロルが様子を見に来た。
「もう塗装が終わったの?」、オルカが言った。「仕事が早いね」
「ああ、そっちは何色にしたんだ?」とKが聞き返す。
「ベタだけどうちは黒にしたよ」
「それが一番無難かもな」、Kは苦笑した。「そっちも作業は終わったのか?」
「うん、あとは塗料が渇くのを待つだけかな」、オルカは空を見上げた。「K、このあと夕食でもどうかな?」
アウルは樹海に駆り出されているので家にはいない。特に断る理由もなかった。
「バイパーが一緒でもいいか?」とKは尋ねた。
「まあ、こちらもバディと一緒だからよろしく頼むよ」
「よ、よろしくお願いします」とスクワロルが言った。
4人は居住区の食堂で談義した。Kとオルカは〈システム〉の中でも一貫して中立の姿勢を保持している少数派なので、意外と気が合うのだ。おまけにどちらも腕が立つ。だからお互い敬意を持って認め合っていた。
サンマの塩焼きを食べながらオルカは言った。「Kは我々の今後の動向をどう読むの?」
「わからないな」とKは栗ご飯を食べながら率直に述べた。「ただし、あまり受けにまわるのはよくないだろうな」
「それは〈ウロボロス〉を潰せるとでも?」
「まさか、奴らは名前のとおりなんでも——有象無象を取り込んでいく集団だ。しぶとく生き残るさ」
「こういった事態は今までにもあったんですか?」とバイパーが尋ねた。
「前例がないね」とオルカは断言した。「それに我々は別にプロの殺し屋集団ではないから。〈システム〉の雑用係みたいなものだよ」
「〈ウロボロス〉はなぜ僕らを目の敵にするんでしょう?」とスクワロルがおずおずと言った。
「確かに」とKは言った。「なんでだろうな?」
「おそらくは裏で莫大な金が動いているんだよ」とオルカは言った。「〈システム〉を疎ましく思っているから潰すことに利益があるんだよ。それしか説明がつかない」
バイパーはサンマの塩焼きの身を骨だけ残して綺麗に食べていた。そして魚の骨をはがすと皿の端に寄せた。
「ということは〈ウロボロス〉側の資金の流れを絶てばいいわけですね?」
「理論上はそうなるね」とオルカが言った。「可能かどうかは別にして。〈ウロボロス〉のトップは誰なのか、またバックには誰がいるのか——もしかするととんでもない大物が飛び出してくるかもしれない」
「政争に巻き込まれたと言うのか?」とKはサンマの塩焼きをつつきながら言った。
オルカは人差し指を立てる。「あくまで可能性の話だよ」
「政治はあまり好きじゃありません」、スクワロルが意気消沈した。
「僕はいつだって先輩についていきますよ」とバイパーは誇らしげに言った。「なんたってバディですから」
「とにかくひとつでも多くの仮説を立てることだよ」とオルカは言った。「それが身を助けることもあるからね」
食事を終えると四人はあっさり解散した。
Kが自宅に戻るとアウルはすでに帰宅して、リビングで本を読んでいた。
「また明日も樹海に駆り出されます」とアウルは言った。
「ご苦労さま」とKは言った。「夕飯は食べたのか?」
「ゴートさんとレーションを食べました。ストロベリークリーム味の」
「あれか」、Kは苦笑した。「甘くて苦手なんだよな」
「美味しかったですよ?」とアウルが言う。
「まだ腹が減っていたら今から何か作ろうか?」
「いえ、大丈夫です。Kさんも休んでいてください」
「そうか」
Kは自室に入り、〈システム・サクラメント〉にログインしたが、特に異変は見つからなかった。ショップ画面の品物が値上げされているくらいだ。高難度ミッションを受注したいところだが、今の切迫した状況がそれを許してくれそうにはない。Kは〈システム・サクラメント〉をログアウトして、寝支度をして寝た。
翌日、山梨市に出向いていたハンター・ウルフが負傷して帰ってきた。
K「いきなりしれっと登場して誰っ?」
オルカ「以後お見知りおきを……」




