8【Ⅼ】照れますね
シャノワールからのDMの返信を見て、リリィは一瞬返事に迷った。無視しようかとも思った。なぜ今さらになって? 無視され続けて気乗りはしなかったが、やはり彼女は律儀にも返事をしないわけにもいかなかった。
ゴースト『お忙しかったんですね。体調は大丈夫ですか?』
5秒後。
シャノワール『お心遣いありがとうございます。実は身内の不幸があったものですから、あまりログインできませんでした。とりあえず僕は元気です』、話としては筋がとおっている。
8秒後。
ゴースト『まあ、そうだったんですね。謹んでお悔やみ申し上げます』
シャノワール『いえいえ、そんなにかしこまらなくていいですよ』
ゴースト『いえ、そういうわけには』
シャノワール『あれから高難度ミッションの方は少しくらい進みましたか?』
ゴースト『恥ずかしながら、まったくです』
シャノワール『僕も同じです。よければまた共闘しませんか?』
シャノワールを信じていいのかリリィは疑った。それでもその提案に乗っかることにした。
ゴースト『是非』
シャノワール『では次は難易度15の〈怠惰〉のミッションでいいですね?』
ゴースト『はい』
シャノワール『日時はどうしましょうか?』
4秒後。
ゴースト『今からいけます』
シャノワール『こっちもです。ではまたナインス・シティーの宿屋で落ち合いましょう』
ゴースト『わかりました』
ゴーストは荷馬車をつかまえてナインス・シティーに向かった。そのあいだリリィは湯を沸かし、熱いほうじ茶を急須に入れた。湯呑も取り出してテーブルにつく。荷馬車はナインス・シティーに到着していた。
シャノワールは宿屋の前で待っていた。相変わらず赤毛をポニーテイルにした、黒いドレスの女の子。可愛い。アバターを交換してほしいとすら思う。だってこっちのアバターは男性なのだから。
ゴースト「待たせてごめんなさい」
シャノワール「いえ、僕もついさっき来たところです。とりあえず前回同様に宿に泊まってセーブをしましょうか」
ゴースト「はい」
セーブを終えると宿屋の前にシャノワールはいた。
シャノワール「ではさっそく」
シャノワールはゴーストをパーティに招待した。ゴーストはそれを承認する。
シャノワール「ミッションを受注します。いいですね?」
ゴースト「はい、かまいません」
画面は繁華街に飛ばされた。緑が多く、街並みも綺麗である。そこは自由が丘を模したマップだった。
シャノワール「来ます。僕が前に出るので、ゴーストさんはまた後方支援をお願いします」
暗殺者が建物の陰から銃撃をはじめた。数は20人ほどだ。シャノワールが前に出て囮になりつつ、次から次へと仕留めていく。ゴーストも後ろの方から邪魔な暗殺者を確実に潰していった。前回と同じ連携でなんとかなりそうだ。スムーズに画面が奥へと流れていく。しばらくすると上空から弾が飛んでくる。見上げると建物の上にライフルを持った狙撃手がいた。
シャノワール「不味い。暗殺者は僕に任せて、ゴーストさんはスナイパーを攻撃してください」
ゴースト「は、はい」
狙撃手は全部で8人。ゴーストは建物の上にいる狙撃手を狙って撃った。見事命中する。いける、と思う。攻撃はシャノワールさんが引きつけてくれている。急いで次のターゲットを射撃する。狙撃手は残り6名だ。ゴーストは焦らず丁寧に一人ひとりに照準を向けていった。
狙撃手を全員撃ち落とすと、シャノワールも暗殺者を全員始末していた。すると上空からヘリコプターが飛んできた。旋回すると今度は彼女らの前で滞空して、機関銃を連射してきた——雨あられのように。
シャノワール「物陰に隠れて」
ゴースト「はい」
シャノワールが建物の陰から弾丸をはなつと、ヘリコプターの体力ゲージが微かに減った。
シャノワール「全然効いてない」
ゴースト「こいつがボスってことですかね?」
シャノワール「いや、ミッションが七つの大罪になぞらえているならば、こいつはボスじゃない」
ゴースト「操縦席の人を狙っても意味ないですかね?」
ゴーストはヘリコプターのパイロットを狙って撃った。とたんにヘリコプターは制御を失い、地面に激突して爆発した。
シャノワール「ゴーストさんお手柄」
ゴースト「照れますね」
さらに進むと大きな寺院が現れた。二人はその山門の前にいる。暗殺者の影はない。この奥が決戦の舞台のようだ。
シャノワール「準備はいいですか?」
ゴースト「いけます」
二人は山門をくぐった。中の敷地はだだっ広かった。沿道は緑豊かで、奥に本堂がある。
一番開けた場所にでると警告音とともに画面全体が赤く明滅した。画面中央に「WARNING」という文字が浮かび上がる。
シャノワール「来ますよ」
ゴースト「はい」
空から異形の魔物が降ってきて地面を揺らす。ねじれた二本の角、牛の尾、あごには髭を蓄えて醜悪な面をしている。頭の上には「ベルフェゴール」と名前が表示され、足もとには体力ゲージが表示される。
シャノワール「僕が引きつけます。隙あらば迎撃をお願いします」
ゴースト「承知しました」
ベルフェゴールは雄叫びを上げると一気に襲い掛かってきた。近くにいたシャノワール目がけて走り込み怒涛のラッシュをはなつ。それをシャノワールが華麗にかわす。ゴーストはその隙をついて銃弾を連射した。だが、ベルフェゴールの体力ゲージはほとんど減らない。
ゴースト「こいつ、前のアスモデウスより硬いです」
シャノワールはチャットする暇もなく、ベルフェゴールの攻撃をかわしては迎撃している。ゴーストもそれにならって銃を撃ち続けた。シャノワールさんと代わってあげたいけれど、今の私ではあの攻撃を搔い潜るのは到底無理だろう。せめて一発でも多く銃弾を——
ベルフェゴールが間合いを取って空に舞い上がった。そして画面がひび割れそうなほどの咆哮とともに髭を鋭い針のようにして周囲にまき散らした。彼女らはそれによって体力を削られた。地味な威力だけれど、逃げ場がないのだ。
シャノワール「これだと時間との闘いですね」
ゴースト「一発でも多く弾を撃ちます」
シャノワール「頼もしい」
着々とベルフェゴールの体力ゲージも減っていた。今では半分くらいだ。するとベルフェゴールは尻尾を鞭のように使って攻撃しはじめた。シャノワールはさらに絶妙なコントロールで相手を手玉に取った。そのあいだリリィは無心に銃を撃ち続けた。地味にシャノワールのスキル「ブラスター」が効いていて、ベルフェゴールの体力は残る4分の1程度だ。
するとベルフェゴールがまた空を舞って「ZZZ」というマークを拡散した。シャノワールは敵のそばにいたのでその攻撃をもろにくらった。シャノワールの頭部に吹き出しが出て「ZZZ」と書いてある。睡眠の状態異常だ。
シャノワール「申し訳ない。動けません」
ゴースト「そんな」
ゴーストは今回こそ失敗だと思った。でもシャノワールさんがここまでがんばってくれたんだ。繫げないと。そして覚悟を決めた。ゴーストは果敢にも——シャノワールを守るために——前線に走り込んでいった。
「あああああ!」とリリィは叫んだ。
ベルフェゴールもゴーストに狙いを定めた。飛んできて拳のラッシュを加える。だが、ずっとシャノワールの動きを見ていたせいか、その動きは遅く感じられた。それに今回は「クイックモーション」のスキルもある。相手の体力ゲージがじりじりと下がっていく。自分の体力ゲージも確実に減っていく。ベルフェゴールの尻尾の攻撃でゴーストは打ちつけられた。そして宙に舞って、また髭を針のようにして飛ばそうとした。ゴーストの体力ゲージは残りわずかだった。負ける、と彼女は思った。せっかくここまでがんばったのになあ。そう思った矢先、火球がベルフェゴールの胴を貫いた。ベルフェゴールは地に落ち、そのあと霧のようになって空に消え行った。
火球をはなったのはシャノワールだった。
ゴースト「シャノワールさん、今のって?」
シャノワール「『キャノンボール』というスキルです。前の持ち主がゲットしていました。攻撃の溜めが長ければ長いほど次の一撃が飛躍的に強くなります。睡眠の効果が切れるまでずっと溜めていました。この技がうまくいったのも、敵を引きつけてくれたゴーストさんのおかげです」
ゴースト「そんな、私はただ無我夢中だっただけです」
シャノワール「いえ、ご謙遜を。助かりました。ありがとう」
ゴースト「こちらこそありがとう」
彼らは握手のモーションをした。
シャノワール「スキルポイントがまた増えましたね。850ポイント」
ゴースト「ほんとだ。何に使おう」
シャノワール「慎重に考えた方がよさそうですね」
ゴースト「ええ、そうします。ところでアバターって性別を変えたりできないんですか?」
シャノワール「できますよ。あまりお勧めしませんが」
ゴースト「教えてください。このアバター気に入っていないんです。本当はシャノワールさんみたいな可愛いアバターにしたいんです」
シャノワール「うーん、一応ショップのアバター欄にありますよ」
ゴースト「そうなんですね。さっそく変更してきます」
ショップのアバター欄を巡ると服やアクセサリーなどが売っていた。性能が良くて可愛いものもある。その一覧の下に「性別変更」という商品は確かにあった。価格は4800万円だった。
「買えるか!」
その夜リリィの怒号が深夜の修道院にこだました。
ゴースト「評判の悪い糞ゲーなの忘れてた。ぐすん」
シャノワール(だからお勧めできないって言ったのに)




