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システム・サクラメント  作者: ミナミミナト
第三部 桜と蛇
29/71

九【K】鍛錬あるのみだよ


「こうしてハサミで昆布を適当な大きさにカットしたら、汚れていたら濡れ布巾かなんかで表面を軽くふきとり、グラムを計る」

「こうですか?」

 とアウルがそれを真似しながら訊いた。

「うまいじゃないか」

 とKは褒め、

「それを一リットルの水につけて乾燥しているのを戻す。できれば三十分以上。そうすれば、うまみを引き出しやすくなる」

 そう説明をつけくわえた。

 Kは台所でアウルに料理を教えていた。まずは出汁の取り方だ。出汁の取り方を覚えないことには、和食の基礎は身に着かないという考えからだった。

 一時間、台所で格闘したのち、完成したのは豆腐とワカメの味噌汁だった。

「飲んでごらん」

 とKは言った。

 アウルは頷いて味噌汁を飲み、それから顔を上げ、目を輝かせた。

「美味しい。ほんとに」

「ほとんど君が作ったんだ。自信持っていいぞ。やはりアウルは呑み込みが早いな」

 Kが紅鮭も焼いていたので、それとさっきの味噌汁、あと白米に梅干と漬物で簡単に朝食は済ませた。

 食後にKが人差し指を立てる。

「洗い物も肝心だぞ。食器や調理器具のコンディションの管理までして料理だからね」

「はい」

 とアウルは意気込んだ。


 開発区に行きリン先生の診療所を訪ねた。軒先の花壇には以前にも増してマーガレットが旺盛に咲き乱れている。そろそろ旬を迎えつつあるのだ。医務室に行くとリン先生が笑顔で出迎えてくれた。

「あら、Kくん、よく来たわね」

 Kが軽く手を上げて、

「あれからデジタル家畜の様子はどうかな?」

 と訊くと、リン先生は腰に手を当て、

「みんなよく眠ってる。でも瘴気はそれほど放っていないわ。元気になった人も多くて、みんな退院していったから、おかげでベッドも半数空いたわよ。仕事も一旦は落ち着いたかな」

 とほっとした様子で言った。

「それは何よりだね」

「そうね。……ところでKくん、肩の傷は治ったのかしら?」

 以前ハンター・ゲッコーとの戦闘で肩を負傷していたのをKは思い出した。

「忘れていたな。ほんのかすり傷だし、もうなんともないよ」

「ならよかった」

 リン先生は微笑み、

「でも病院で強がりは駄目よ。一応見せなさい」

 と少し訝し気な目つきで言った。

「大丈夫だよ」

「いいから」

 仕方なくKは椅子に座って上着を脱いだ。リン先生はその向かいに座り、傷を診る。

「やっぱり……。痕になってるじゃない。だから顔を出すようにって言っておいたのに」

「仕事で忙しかったんだよ」

 彼女は傷痕を触って確かめる。

「どう、痛い?」

 Kは首を振る。

「うん、確かに大丈夫そうね。ただ痕は残るかもだけど」

「かまわないさ」

「言うと思った」

 とリン先生は口に拳を当てて笑った。


 診療所を後にすると、〈システム〉本部に向かった。暗証キーで扉を開き、エレベーターに乗る。司令室に着くと、管理者Ⅹが子供みたいに椅子に浅く座り、背(もた)れに凭れていた。

「おお、K、そろそろ来るころやと思っとったわ」

「何か情報は摑めましたか?」

「モニター見てみィ」

 Kは正面のモニターを見た。モニターは細かく分割されて、街の中の光景がいくつも映し出されている。

「山梨市の防犯カメラの映像や」

 と彼女は言い、さらに、

「ここ見てくれ。拡大するから」

 そう言って画面の一角を指差した。

 モニターの画面がひとつに集約され拡大される。ひとりの歩行者の顔が大きく映し出された。さらに首を拡大させる。首筋には〈ウロボロス〉を示す蛇のタトゥーがあった。

 管理者Ⅹは顎を上げ、腕を組んだ。

「フロッグが逃走する際、連中に追跡されてたんや。うちらの拠点が山梨あたりというところまでは目星つけたらしい。まんまとやられたな」

「頭の痛い話ですね」

 言ってKは実際手で頭を押さえた。

「せやろ? 今後の活動は当分控えたいとこやけど、それやと弱腰やと受け取られて、方々の強硬派も黙ってへん。うちらを支援してるある政治団体からも〈ウロボロス〉を潰せと圧力がかかっとる始末や」

「そんな……。数ではうちが圧倒的に不利ですよ」

「外部はべつにうちらが潰しあってもええって思てんねん。〈システム〉が崩壊しても、また新たな管理者を担いで、ハンターも雇えばいいって簡単に思とる。結局は使い捨てやな。舐められたもんやで」

 そう言うと管理者Ⅹはいつものように親指を噛んだ。

「それで司令はどうする気なんですか?」

「とりあえず山梨市付近に血気盛んなハンター数名を放った。ハンター・ウルフ、ハンター・シャーク、ハンター・ウォルラス、ハンター・プードル」

「どういうことですか?」

「とりあえず様子をうかがう。捕虜として連中を引っ張ってこられたら、情報も手に入るかもしれんし、それにフロッグの(かたき)もとってやりたいからな」

 Kは口もとを手で押さえた。

「なるほど」

「このままやとやられっぱなしや」

 彼女はしゃちほこばり、

「フロッグを拷問した落とし前つけさせんとな。K、あんたもいずれ戦闘に参加するかもしれへん。いつでも出撃できるようにちゃんとスタンバイしとけ」

 そう力強く言ってKを顎でしゃくった。

「承知しました」

 とKは言って敬礼した。


 家に帰って昼食をとったあと、射撃場に行くと、すでに訓練は始まっていた。一同熱心に距離十メートルのターゲットシューティングに励んでいる。フロッグが非業の死をとげ、ハンター・ウルフらが山梨市近辺に駆り出されて、抗争の気運が高まっているのだ。

 Kには射撃場で試してみたいことがあった。それはナキリナキから預かったブローニング・ハイパワーを試し撃ちすることだ。昨晩、自宅で解体してみたが、構造がシンプルで理にかなっている。ジョン・M・ブローニングが設計した最後の作品。二〇一八年にFN社での製造は終了している。

 Kはブローニング・ハイパワーをかまえて、ターゲットを撃った。命中はしたものの、的の中央をわずかに外した。なるほど、と彼は思う。一見、見た目も洗練されていて完璧な自動拳銃に思えたが、トリガープルが重くて、どうにも粘り気がある。今度はそれを踏まえてもう一度ターゲットを撃つ。今度は的の中心に当たった。使えなくはないが、やはり旧式だな。扱い馴れているせいでグロック17の方が自分には合っているように思えた。それから片手で全弾を的のど真ん中に当てると、彼はブローニング・ハイパワーをしまった。

 うしろから拍手と歓声が起きたのでKは振り返った。

 ハンター・ホースが興奮したように、

「さすがKさんだ。連射しても狙いがまったくぶれない。格好いいです」

 と言い、その横でハンター・モモンガも、

「すごかったっす。ぼくもそれぐらい銃の扱いが上手くなりたいっす」

 とKを褒め称えた。

「いや何、まぐれだよ」

 とKは謙遜した。

「コツとかあるんすか?」

 とモモンガが訊いた。

「鍛錬あるのみだよ」

「いくら鍛錬してもKさんみたいになれる気がしませんが」

 とホースが言った。

「とにかく基本が大事」

 とKはきっぱりと言い、

「それを体で覚えるまで反復すること。そうしているうちに様々な気づきに出逢えるはずだよ。そこからまた修正する。その繰り返しだ」

 そう説明を付け足した。

「いまのメモっていいっすか?」

 とモモンガは訊いた。

「それくらい頭で覚えろよ」

 とKは苦笑した。

 そのあともいくらか質問に答え、二人は満足すると射撃訓練に戻って行った。


 卵を菜箸でしっかり溶きほぐしたら、塩と胡椒を加えて、さらによく混ぜた。フライパンにバターを入れたら中火にかけて、溶かしたら卵液を流し込む。ゴムべらで混ぜながら半熟状になるまで火をとおしたら、濡れ布巾の上でフライパンを叩き卵の温度を下げ、卵の厚みを均一にする。あとは卵を包み、奥に寄せて成型すると、強火にかけて表面を固める。皿に綺麗に盛ったらできあがり。

 Kはアウルにオムレツの作り方を教えていた。オムレツが作れたら、野菜を入れたり、きのこをいれたり、チーズを入れたりと、いろんなバリエーションが愉しめる。しかし、さすがのアウルもオムレツには四苦八苦していた。

「焦げちゃいました」

 とアウルはどんよりとして言った。

「形になっているだけすごいよ」

 とKは慰め、

「毎日練習するといい」

 そう促した。

「はい……」

 そういうアルルはまだ落ち込んでいる。

「美味しい」

 アウルのオムレツを食べてKは言った。

「アウルも食べてごらん」

 と促す。

「はい」

 アウルはスプーンでオムレツを食べる。

「味は悪くないですね」

 と少しほっとした様子だった。

 Kはオムレツに合うようにジャーマンポテトを作って食事の主菜にした。アウルは箸でジャガイモを摘まみながら、

「やっぱりKさんの作る料理は美味しいです。どこで料理を覚えたんですか?」

 と言った。

「物心ついたときからやっていたからな。野菜の切り方や包丁の研ぎ方など、基本的には料理本で学んだ」

「なるほど」

「なァ、アウル」

 とKは声をかける。

「料理だけじゃなく、洗濯も覚えてみないか? きみが自立したときのために」

「……Kさん、どこか行っちゃうんですか?」

「そういう意味じゃないけど、自分のことは自分でした方がいいと思うんだ」

「わかりました」

 そう言ってアウルは頷き、

「是非、洗濯も教えてください」

 と(かしこ)まってお辞儀をした。

「オーケー」

 その夜は〈システム・サクラメント〉に動きがないか調べてからKはひさしぶりにぐっすり寝た。


 翌朝、ハンター・プードルが〈ウロボロス〉の一員を捕まえて帰って来た。


K「洗濯物は干す前に軽く叩き、振りさばいてハンガーに吊るしたら、軽く引っ張ってしわを伸ばす」

アウル(もはや主夫だ)

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