九【K】鍛錬あるのみだよ
「こうしてハサミで昆布を適当な大きさにカットしたら、汚れていたら濡れ布巾かなんかで表面を軽くふきとり、グラムを計る」
「こうですか?」
とアウルがそれを真似しながら訊いた。
「うまいじゃないか」
とKは褒め、
「それを一リットルの水につけて乾燥しているのを戻す。できれば三十分以上。そうすれば、うまみを引き出しやすくなる」
そう説明をつけくわえた。
Kは台所でアウルに料理を教えていた。まずは出汁の取り方だ。出汁の取り方を覚えないことには、和食の基礎は身に着かないという考えからだった。
一時間、台所で格闘したのち、完成したのは豆腐とワカメの味噌汁だった。
「飲んでごらん」
とKは言った。
アウルは頷いて味噌汁を飲み、それから顔を上げ、目を輝かせた。
「美味しい。ほんとに」
「ほとんど君が作ったんだ。自信持っていいぞ。やはりアウルは呑み込みが早いな」
Kが紅鮭も焼いていたので、それとさっきの味噌汁、あと白米に梅干と漬物で簡単に朝食は済ませた。
食後にKが人差し指を立てる。
「洗い物も肝心だぞ。食器や調理器具のコンディションの管理までして料理だからね」
「はい」
とアウルは意気込んだ。
開発区に行きリン先生の診療所を訪ねた。軒先の花壇には以前にも増してマーガレットが旺盛に咲き乱れている。そろそろ旬を迎えつつあるのだ。医務室に行くとリン先生が笑顔で出迎えてくれた。
「あら、Kくん、よく来たわね」
Kが軽く手を上げて、
「あれからデジタル家畜の様子はどうかな?」
と訊くと、リン先生は腰に手を当て、
「みんなよく眠ってる。でも瘴気はそれほど放っていないわ。元気になった人も多くて、みんな退院していったから、おかげでベッドも半数空いたわよ。仕事も一旦は落ち着いたかな」
とほっとした様子で言った。
「それは何よりだね」
「そうね。……ところでKくん、肩の傷は治ったのかしら?」
以前ハンター・ゲッコーとの戦闘で肩を負傷していたのをKは思い出した。
「忘れていたな。ほんのかすり傷だし、もうなんともないよ」
「ならよかった」
リン先生は微笑み、
「でも病院で強がりは駄目よ。一応見せなさい」
と少し訝し気な目つきで言った。
「大丈夫だよ」
「いいから」
仕方なくKは椅子に座って上着を脱いだ。リン先生はその向かいに座り、傷を診る。
「やっぱり……。痕になってるじゃない。だから顔を出すようにって言っておいたのに」
「仕事で忙しかったんだよ」
彼女は傷痕を触って確かめる。
「どう、痛い?」
Kは首を振る。
「うん、確かに大丈夫そうね。ただ痕は残るかもだけど」
「かまわないさ」
「言うと思った」
とリン先生は口に拳を当てて笑った。
診療所を後にすると、〈システム〉本部に向かった。暗証キーで扉を開き、エレベーターに乗る。司令室に着くと、管理者Ⅹが子供みたいに椅子に浅く座り、背凭れに凭れていた。
「おお、K、そろそろ来るころやと思っとったわ」
「何か情報は摑めましたか?」
「モニター見てみィ」
Kは正面のモニターを見た。モニターは細かく分割されて、街の中の光景がいくつも映し出されている。
「山梨市の防犯カメラの映像や」
と彼女は言い、さらに、
「ここ見てくれ。拡大するから」
そう言って画面の一角を指差した。
モニターの画面がひとつに集約され拡大される。ひとりの歩行者の顔が大きく映し出された。さらに首を拡大させる。首筋には〈ウロボロス〉を示す蛇のタトゥーがあった。
管理者Ⅹは顎を上げ、腕を組んだ。
「フロッグが逃走する際、連中に追跡されてたんや。うちらの拠点が山梨あたりというところまでは目星つけたらしい。まんまとやられたな」
「頭の痛い話ですね」
言ってKは実際手で頭を押さえた。
「せやろ? 今後の活動は当分控えたいとこやけど、それやと弱腰やと受け取られて、方々の強硬派も黙ってへん。うちらを支援してるある政治団体からも〈ウロボロス〉を潰せと圧力がかかっとる始末や」
「そんな……。数ではうちが圧倒的に不利ですよ」
「外部はべつにうちらが潰しあってもええって思てんねん。〈システム〉が崩壊しても、また新たな管理者を担いで、ハンターも雇えばいいって簡単に思とる。結局は使い捨てやな。舐められたもんやで」
そう言うと管理者Ⅹはいつものように親指を噛んだ。
「それで司令はどうする気なんですか?」
「とりあえず山梨市付近に血気盛んなハンター数名を放った。ハンター・ウルフ、ハンター・シャーク、ハンター・ウォルラス、ハンター・プードル」
「どういうことですか?」
「とりあえず様子をうかがう。捕虜として連中を引っ張ってこられたら、情報も手に入るかもしれんし、それにフロッグの仇もとってやりたいからな」
Kは口もとを手で押さえた。
「なるほど」
「このままやとやられっぱなしや」
彼女はしゃちほこばり、
「フロッグを拷問した落とし前つけさせんとな。K、あんたもいずれ戦闘に参加するかもしれへん。いつでも出撃できるようにちゃんとスタンバイしとけ」
そう力強く言ってKを顎でしゃくった。
「承知しました」
とKは言って敬礼した。
家に帰って昼食をとったあと、射撃場に行くと、すでに訓練は始まっていた。一同熱心に距離十メートルのターゲットシューティングに励んでいる。フロッグが非業の死をとげ、ハンター・ウルフらが山梨市近辺に駆り出されて、抗争の気運が高まっているのだ。
Kには射撃場で試してみたいことがあった。それはナキリナキから預かったブローニング・ハイパワーを試し撃ちすることだ。昨晩、自宅で解体してみたが、構造がシンプルで理にかなっている。ジョン・M・ブローニングが設計した最後の作品。二〇一八年にFN社での製造は終了している。
Kはブローニング・ハイパワーをかまえて、ターゲットを撃った。命中はしたものの、的の中央をわずかに外した。なるほど、と彼は思う。一見、見た目も洗練されていて完璧な自動拳銃に思えたが、トリガープルが重くて、どうにも粘り気がある。今度はそれを踏まえてもう一度ターゲットを撃つ。今度は的の中心に当たった。使えなくはないが、やはり旧式だな。扱い馴れているせいでグロック17の方が自分には合っているように思えた。それから片手で全弾を的のど真ん中に当てると、彼はブローニング・ハイパワーをしまった。
うしろから拍手と歓声が起きたのでKは振り返った。
ハンター・ホースが興奮したように、
「さすがKさんだ。連射しても狙いがまったくぶれない。格好いいです」
と言い、その横でハンター・モモンガも、
「すごかったっす。ぼくもそれぐらい銃の扱いが上手くなりたいっす」
とKを褒め称えた。
「いや何、まぐれだよ」
とKは謙遜した。
「コツとかあるんすか?」
とモモンガが訊いた。
「鍛錬あるのみだよ」
「いくら鍛錬してもKさんみたいになれる気がしませんが」
とホースが言った。
「とにかく基本が大事」
とKはきっぱりと言い、
「それを体で覚えるまで反復すること。そうしているうちに様々な気づきに出逢えるはずだよ。そこからまた修正する。その繰り返しだ」
そう説明を付け足した。
「いまのメモっていいっすか?」
とモモンガは訊いた。
「それくらい頭で覚えろよ」
とKは苦笑した。
そのあともいくらか質問に答え、二人は満足すると射撃訓練に戻って行った。
卵を菜箸でしっかり溶きほぐしたら、塩と胡椒を加えて、さらによく混ぜた。フライパンにバターを入れたら中火にかけて、溶かしたら卵液を流し込む。ゴムべらで混ぜながら半熟状になるまで火をとおしたら、濡れ布巾の上でフライパンを叩き卵の温度を下げ、卵の厚みを均一にする。あとは卵を包み、奥に寄せて成型すると、強火にかけて表面を固める。皿に綺麗に盛ったらできあがり。
Kはアウルにオムレツの作り方を教えていた。オムレツが作れたら、野菜を入れたり、きのこをいれたり、チーズを入れたりと、いろんなバリエーションが愉しめる。しかし、さすがのアウルもオムレツには四苦八苦していた。
「焦げちゃいました」
とアウルはどんよりとして言った。
「形になっているだけすごいよ」
とKは慰め、
「毎日練習するといい」
そう促した。
「はい……」
そういうアルルはまだ落ち込んでいる。
「美味しい」
アウルのオムレツを食べてKは言った。
「アウルも食べてごらん」
と促す。
「はい」
アウルはスプーンでオムレツを食べる。
「味は悪くないですね」
と少しほっとした様子だった。
Kはオムレツに合うようにジャーマンポテトを作って食事の主菜にした。アウルは箸でジャガイモを摘まみながら、
「やっぱりKさんの作る料理は美味しいです。どこで料理を覚えたんですか?」
と言った。
「物心ついたときからやっていたからな。野菜の切り方や包丁の研ぎ方など、基本的には料理本で学んだ」
「なるほど」
「なァ、アウル」
とKは声をかける。
「料理だけじゃなく、洗濯も覚えてみないか? きみが自立したときのために」
「……Kさん、どこか行っちゃうんですか?」
「そういう意味じゃないけど、自分のことは自分でした方がいいと思うんだ」
「わかりました」
そう言ってアウルは頷き、
「是非、洗濯も教えてください」
と畏まってお辞儀をした。
「オーケー」
その夜は〈システム・サクラメント〉に動きがないか調べてからKはひさしぶりにぐっすり寝た。
翌朝、ハンター・プードルが〈ウロボロス〉の一員を捕まえて帰って来た。
K「洗濯物は干す前に軽く叩き、振りさばいてハンガーに吊るしたら、軽く引っ張ってしわを伸ばす」
アウル(もはや主夫だ)




