3【K】お守りとして
「は、はじめまして。えっと、チェリーブロッサム社のCEO、ナキリナキです」、そう言うと、管理者Ⅹにそっくりな風貌の少女はフロント係の女性の陰に隠れた。
「司令ですよね?」とバイパーが声をかける「何してるんですか、こんなところで?」
少女はフロント係の女性の後ろから言い分を述べた。「し、司令じゃありません、ナキリナキです。いえ、その、ナキリナキも偽名で、実は本名は別にあるのですが、えっと、その、つまりはそういうことです」
何が言いたいのかがよくわからなかった。
「一旦問題を整理しましょう」とKが言った。「あなたは我々の司令官、つまり管理者Ⅹに瓜二つです――実際に見間違えたほど。でもご自身では司令ではないとおっしゃる。そしてナキリナキだと名乗っておられる。管理者Ⅹとあなたはどういったご関係なのでしょうか?」
「メイ」、ナキリナキはもじもじしたあと顔を上げ、フロント係の女性を呼んで、顔をかたむけさせた。手で口もとを覆い、耳もとでごにょごにょと何事か囁いている。メイと呼ばれた女性はそれに対し感慨深げにうんうんと頷いていた。やがてメイは頭を上げてKとバイパーを見た。
「ナキさまは極度の人見知りゆえ、ここからは私が代わりに答弁いたします」とメイは顔に笑みを浮かべて言った。「先ほどおっしゃられた管理者Ⅹという方はナキさまの姉君にございます」
「姉君?」とバイパーは声を上げた。「お姉さんってことですか?」
「左様でございます」とメイは答えた。「ちなみにナキさまとお姉さまとは年齢は二つはなれているそうです」
なるほど、とKは思った。よく見ると(いやメイさんの後ろに隠れていてよく見えないのだが)、ナキリナキさんの方が、司令より目もともすこし穏やかだ。しかしこんなにも姉妹が似ているだなんて、遺伝ってすごい。怖い。それにしても司令も人が悪い。そんな事情があるのなら、事前に話しておいてくれてもいいのに。ドッキリか何かのつもりなのだろうか?
「事情はわかりました」とKは切り出した。「ところで本題の武器と弾薬の補給をお願いしたいのですが」
ナキリナキはメイのジャケットを引っ張り、また耳打ちをした。メイもまるで有能な通訳のように話を聞いている。そしてこちらを向いた。
「地下2階の格納庫にて用意してございます。確認のため、ご同行願えますか?」
「もちろんです」、Kは頷いた。「ところで代金ってどうすればいいのですか?」
ナキリナキがまた耳打ちをし、メイが笑顔を崩さずに答える。
「すでに管理者Ⅹさまより、前払いにていただいております」
司令もそういうところは抜かりがないのだ。
ビルディングの最上階から今度は地下2階まで降りる。CEO専用のエレベーターということで目的地まで一直線だ。エレベーターの室内には先ほどの4人が黙って乗っていて、メイがエレベーターガールよろしく出入口のそばのボタンの前に立って微笑んでいる。ナキリナキは窓にへばりついて外の景色を眺め、それとは対照的にバイパーは壁にへばりついて何も見まいとしていた。
Kは出入口の前でフロアパネルに表示される数字が下がっていくのを眺めながら言った。
「失礼ですが、メイさん、でよろしかったでしょうか?」
メイは笑顔で頷いた。「はい、申し遅れました。私はオオクボ・メイ・ミスズと申します」
「ミドルネームだったのですね。外国の方とのハーフなのですか?」
「いえ、純粋な日本人です。ただイギリス生まれなので両親がミドルネームを与えてくださいました。でも赤子のときに2年ほどいただけなので英語はそれほど流暢ではございません」
「そうだったんですね」とKは言った。それからちょっと気になったので尋ねてみた。「そういえば受付で騒いでいた二人組はどうなりましたか?」
メイは口の端を釣り上げた。「お帰りになられました」
「なるほど。ああいうのはよくあることなのですか?」
「さあ」、メイは顎に手をかけ、虚空に目をやった。「そういわれればこれまでに経験がないですね」
そこでエレベーターのランプが灯り、チンと鳴った。
「到着いたしました」とメイが言った。「地下格納庫にございます」
だだっ広い空間にはたくさんの車が並んでいて、まさに整備工場のようになっていた。乗用車だけでなく、リムジンやバスなんかもある。そしてどの車も頑強そうだった。メイの案内で鍵のかかった倉庫にとおされる。そこには武器と弾薬がきちんと整理されて置かれていた。拳銃が20挺と弾倉が100個、弾薬が1500発あった。拳銃はすべてグロック17で、弾倉もそれのもの、弾薬はすべて9×19mmパラベラム弾だ。
「間違いないです」とKは言った。
「でしたら車を回してきてくださいますか?」とメイは言った。「地下に入れる通路がございますので」
「わかりました」
バイパーがジープを運転して地下格納庫に車を乗り入れた。そして倉庫の前に車を停めると、Kとバイパーは協力して荷物をトランクに積み込んだ。そのあいだナキリナキとメイは懸命に様子を見守っていた。トランクを閉めるとKは言った。
「積み込み作業完了しました。それではこれで私たちは出発します」
するとナキリナキがとことことKの方に歩み寄ってきた。
「あ、あなたに、これを託します」
受け取ると古いハンドガンだった。だがしっかりと手入れはされている。
「これは?」、Kはグリップを握り、ハンドガンを眺めながら訊いた。
「ブ、ブローニング・ハイパワーです。わ、私が一番好きな拳銃。コ、コルトM1900などの数々の傑作銃を設計した、ジョン・M・ブローニングの技術の集大成ともいえる自動拳銃です。えっと、弾は9×19mmパラベラム弾です。わ、私の愛銃、その、お守りとして、持っていてください」
「そんなに大切なものを、本当にいいんですか?」
「は、はい」、おどおどしてはいるが、その眼差しは強かった。
「お心遣い、感謝します」とKは礼を述べた。「大切に預からせてもらいます」
「じ、事情は、お姉ちゃんから聞いています。その、お気をつけて」
「ええ、何とかやってみます」
「ど、どうぞ、お姉ちゃんを、くれぐれも、よ、よろしくお願いします」、ナキリナキはそう言うと頭を下げた。
「こちらこそ」、Kも頭を下げた。
Kとバイパーは二人に別れを告げ、チェリーブロッサム社を後にした。辺りはすっかり宵闇に包まれている。道路上は車がごった返し、あと少しの高速道路のインターチェンジまでが酷く遠くに感じられた。
「襲撃」とバイパーがジープのブレーキを踏みながら言った。「来ますかね?」
「おそらくは」とKは助手席で答えた。
「でもこの人ごみで騒ぎなんて起こせるんですかね?」
「やつらは地下組織だ。法や常識は通用しないと思え」
「そうですね」、バイパーが頷く。「うちらのいる樹海の街も治外法権みたいなもんですしね」
ピリピリと緊張感が張り詰める中、神田橋のインターチェンジから高速道路に乗ると、河口湖を目指してさらに車を走らせた。20分ほど経つと調布の辺りで不穏な気配がした。2台の車がジープの両サイドをぴったりと並走している。どちらもボルボの黒いXC60だ。
「不味い、挟まれました」とバイパーが声を上げた。
「頑丈さでおなじみのボルボか」とKは窓の外を見ながら言った。「まるで熊だな。幅寄せしてくるぞ」
Kの言ったとおり、2台のXC60は両側からゆっくりと幅寄せしてきた。ジープのボディが挟まれ、鉄が擦れる甲高いうめきのような音が車内に響き渡る。
「ハンドルを持っていかれそうです」、バイパーは必死に車を制御していた。
「大丈夫、圧し潰されやしない」とKは言って微笑した。「このジープも意外に頑丈なんだ」
「気休めにもなりませんよ」
「窓を開ける。銃撃に気をつけろ」
「ええ?」
Kはピストルを取り出して、ウィンドウを開け、隣のXC60の運転席目がけて発砲した。弾丸は運転席の窓に小さなひびを入れるのみだった。
「やはり防弾ガラスか」
Kはすぐにジープのウィンドウを閉じた。お返しとばかりに、2台のXC60も窓を開けて銃を乱射してくる。
「マジかよ!」、バイパーはどなった。
「こっちも防弾ガラスだ。問題ない」とKは言った。
「だとしても心臓に悪いですよ」
「とりあえずお前はハンドルを握っていろ」
Kはウィンドウを少しだけ開け、その隙間から、窓の空いた隣の車の運転手を撃った。一撃だった。左手のXC60が後退していく。そうすると右手のXC60はすぐにウィンドウを閉めた。そしてがんがんと車体をぶつけてくる。
「強気だな」とKは言った。「いい車に乗っていると気持ちも大きくなる」、そこでバイパーに尋ねた。「ブレーキはかけられるか?」
「難しいですね。さすがに高速道路上ですから、追突される可能性もありますし」
「だろうな」
「待ってください」とバイパーは叫んだ。「カーブに差し掛かりましたよ。このままじゃ圧し飛ばされる」
依然、XC60は右手から車体をぶつけてきていた。前方には右に大きくうねるカーブがある。バイパーが速度を上げても落としてもXC60はひしと並走してくる。
そしてジープはそのままカーブに差し掛かった。
ナキリナキは極度の人見知りですが、技術者としては国内随一の腕前です。
メイさんはフロントにも立ちますが基本CEOの秘書です。




